市川崑監督が亡くなったってね。2008年2月13日午前1時55分。
作品は
『ビルマの竪琴』(1956年と1985年)とか『 犬神家の一族』(1976年と2006年)とか、テレビ時代劇の『木枯らし紋次郎』(1972〜1973年)とか、たくさんありますが、
博太郎さん出演作品というと
『どら平太』(2000年)
博太郎さんは、大河岸の灘八(菅原文太)の子分の伝吉。「夜鷹たちが必死に稼いだわずかな銭を俺が搾り取り、それを親分が搾り取る」とか
巴の太十(石倉三郎)の子分の源次(赤塚真人)や継町の才兵衛(石橋蓮司)の子分の壺平(永妻晃)といっしょに親分のあこぎさをなげいているシーンが印象的でした。
初めて見たとき、『トゥランドット』のピン、パン、ポン三人組が姫の冷酷さを嘆くシーンを思い浮かべてしまいました。
主演の役所広司は、訃報に、市川崑監督に「あんたの映画を撮るまでは死ねんからなぁ」と言われたのを思い出したそうです。さっきのニュースステーションでやってました。どら平太こと望月小平太は、役所広司がやると大体そうなるんだけど、やさしい好人物。ちょっと毒気&ワイルドさがほしかった。
『どら平太』は2000年の作品ですが、約30年前に山本周五郎の『町奉行日記』を映画化しようと四騎の会(黒沢明、木下恵介、市川崑、小林正樹)が検討しながら見送りになっていた幻のプロジェクト。
市川崑監督はタバコを手放さない人だったそうで、テレビの訃報で流される映像もタバコ片手。
月刊プレイボーイ(1994.11.01)の“大好き、身体にワルいもの/煙草が健康の助けとなるとき”や
週刊新潮(1990.06.14)の“「タバコで5億人が死ぬ」というWHOの警告は真っ赤な「嘘」”という特集に名前を連ねたりしていましたネ。
それでも、死ぬまで現役で92歳。ご冥福をお祈りします。

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