2007/11/25

アベンジャー再び  144連合軍

P144明けの今週は・・・
さすがにたまりまくった用事を済ませねばならず、おまけに本日
お仕事だったこともあり、模型はなんにもできず・・・。

でも妄想にふけるくらいの時間はあったので、次なる製作ターゲット
を模索。
で、なんとかしたかった「アベンジャー」。
実は今年の2月時点で工作は結構進んでいたのですが、陸軍戦闘機
に鞍替えしたあおりで、ストップしとりました。
詳しくはこちら↓(別に詳しくもないが)
http://diary.jp.aol.com/applet/144world/20070218/archive
でもこれがストップした本当の理由は内部構造がイマイチわかんなかった
ってのがホントのとこ。
で、いろいろ探して、やっとネットでトランペッターの1/32の作例
を発見。なんとかなりそうなんで再開します。

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来週からね。

2007/11/19

P144諸々  雑記

さて、昨日のproject144明けの本日、きっちりお仕事でしたがさすがにきょうは早めに帰宅しました。
せて、まずは昨日買った諸々を・・・
@となりがヘタ朗さんだったので一日中あの飛龍を眺めておりました。で、まずはYSKさんの皇軍空母整備兵を購入。
ADAMETYAさんでは「日産180型」×2両とウィリスMB×1両購入。
B次は紙コロさんへ・・・HLTの委託販売でいつでも買えると思っていたらいつの間にかなくなってたのよね。で、
まずはキー27(97戦)、96艦戦1号&2号、さらに秋水、橘花と大量買い。おまけにくろがね4起頂いちゃったうれしー。
あとはヒデ丸さんとミラージュオーシャンさんとこでデカールを・・・。
あー満足、満足。
次は展示作品からいくつか・・・。イッチョマエにデジタル一眼持ってったくせにストロボなしで撮ったやつはほとんど手ぶれ(手ぶれ補正ONなのに!)。カメラの名誉のために言い訳しときますと、被写界深度を深くとろうと思いっきり絞り込んだ状態で撮ってたのじゃった。
展示者全員の画像が揃ってませんが、きっと公式HPやIKEさん、fumiさんとこにいい画像があると思いますんでご勘弁を。
では解説・紹介なしですが・・・
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2007/11/18

P144ご来場御礼  雑記

本日、第6回project144が秋葉原で開催されました。
好天に恵まれ、今回も楽しいひとときを過ごすことができました。
ご来場下さった皆さん、本当にありがとうございました。

で、いつもなら二次会、三次会・・・と参加者による反省会が延々と
続くわけですが(今も続いているはず)、私はどうしても明日の朝は
しゃんとして出勤せねばならぬので、泣く泣く二次会であっさりと退
散しました。

今回も物販が充実していて、私も一般の方々の購入が落ち着くのを待
ってたくさーん買っちゃいました。また宿題がいっぱいできた気分で
す。

展示の方も充実したラインナップでいっぱいお勉強ができました。
写真も撮りましたが、きょうはちょっと疲れてるのでまたおいおいご
紹介したいと思います。

今回、私は展示カードを充実させようと新作の解説をA4サイズでや
ってみましたが、作品に対して大きすぎました。
次回はこの半分ぐらいにしないとあきまへんな、と今回も反省しとり
ます。ま、トライ&エラーの積み重ねですね。
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最後に参加者の皆さん、お疲れ様でした。
また、事務局の皆さん、いつもありがとうございます。
ではまた次回、お会いできるのを楽しみにしています。

2007/11/17

出陣前夜  雑記

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さて、いよいよ明日は第6回プロジェクト144開催日です。
春の静岡遠征に不参加だったので私的には1年ぶりです。
なんか遠足前日の子供のような気分です。
144スケール界でメジャーなディーラーさんたちの物販もあります。
天気もよさそうなので皆さん、是非お越し下さい。
私の展示作品は昨日まで紹介してきた8点と下記の旧作です。

では皆さん、秋葉原でお会いしましょう〜。
【着地タイプ】
@三菱零式艦上戦闘機21型(旧作) 〜ラバウルあたりでの整備風景
AVought F4U-1D Corsair(旧作) 〜with MOTO-TUG
B三菱J2M3雷電二一型 〜第352海軍航空隊分隊長青木義博中尉機
 昭和20年3月 大村基地
C愛知零式三座水上偵察機 〜with 呉式2号射出機五型(KAMEYA製)

【飛行タイププロペラアクションシリーズ】
@中島A6M2-N二式水上戦闘機(旧作) 〜第802航空隊 山崎圭三中尉機
A陸軍版キ200秋水 〜発光ギミック
B三菱J2M3雷電二一型 〜第302航空隊 斜め銃装備機 厚木基地
CBoeing B-29スーパーフォートレス 〜???
D川西N1K2-J紫電二一型[紫電改] 〜第343航空隊 戦闘301(新撰組)菅野直大尉機
E川西N1K2-J紫電二一型[紫電改] 〜第343航空隊 戦闘301滝兵曹長機(紫電改のタカ)
FノースアメリカンP51-Dムスタング 〜タイガー・モスキトン機(紫電改のタカ)

2007/11/16

P144出品予定作品そのG(ラスト)  144日本軍

川崎キ45改 二式複座戦闘機 屠龍
KAWASAKI ARMY TYPE 2 TWO-SEAT FIGHTER TORYU “Nick”
陸軍飛行第53戦隊 第3震天制空隊
昭和20年松戸飛行場

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【実機について】
昭和19年11月上旬、1万mの高高度で関東上空に相次いで侵入したB-29偵察型(F-13)に対し、高高度性能不足によって一撃もかけられなかった陸軍防空部隊は大きな衝撃を受け、ついに装備品はもとより武装まで取り外して、決死の体当たり攻撃を行うことを決定、各戦隊から4名(後に8名に増員)を選出して編成させた。
 東部軍管区の第10飛行師団内ではこの体当たり隊を”震天制空隊”と名付けた。この機体は53戦隊内に編成された“第3震天制空隊”のキ45改後期生産機。
 武装は全廃され、後席は金属板で閉塞、アンテナ支柱も短く切り詰めるなどの改修が施されている。胴体に描かれた赤/白の鏑矢(かぶらや)マークは、通常の戦隊機と区別し、かつ士気を鼓舞するためのもの。
文林堂『世界の傑作機No21〜陸軍2式複座戦闘機「屠龍」〜』より
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【作品について】
ベースにはF-Toys「双発機コレクション2」を使用しました。
 この製品はもともと斑迷彩がなかなかいい感じでしたが、厚塗り気味だったので無理やり溶剤で塗装を剥がしました。しかし、そのせいで材質が脆くなりヒビが入ったり、主翼端が折れたりしちゃいました。それをパテで埋めたりして使っています。
 ベースがWCCの場合と異なるため、結構苦労させられました。
 迷彩塗装も最初はエアブラシで挑戦しましたが上手くいかずに筆塗りになってしまいました。筆塗りが苦手な私には結構つらい作業でした。
 情景は、「日本陸軍航空部隊戦場写真集」のイラストを参考に雪の松戸基地をイメージしています。

2007/11/15

P144出品予定作品そのF  144日本軍

中島キ84 四式戦闘機 疾風
NAKAJIMA ARMY TYPE 4 FIGHTER HAYATE “Frank”
陸軍特別攻撃隊第57振武隊 高埜徳伍長機
昭和20年5月下館飛行場

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【実機について】
太平洋戦争も大詰めを迎えた昭和20年3月25日、陸軍航空隊本部は各飛行師団隷下、教導飛行団に「ト」号編成(特別攻撃隊)を命じ、これによって、隊号第48〜116振武隊の名称が与えられた。
 3月30日第57振武隊は訓練基地を茨城県下館飛行場と命ぜられ同地に移動。4月10日隊員は各自キ84を受領し、飛行訓練準備の後、演習を開始した。
 5月17日、高埜伍長を含む12機の四式戦は特攻訓練終了をもって九州方面移動を命じられ、山口県防府飛行場へ向けて発進、1週間後の5月25日、沖縄周辺海上の米軍艦艇に突入し散華する。
文林堂『世界の傑作機No19〜陸軍4式戦闘機「疾風」〜』より
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【作品について】
ベースにはバンダイ「ウイングクラブコレクションL2」を使用しました。
 コックピット内をそれらしく自作し、機体全面にリベットを打ってみました。これは「精密図面を読む」の疾風の図面をスキャナでPCに取り込み1/144に縮小したものを透明シールに印刷。直接機体に貼って、上からピンバイスに縫い針を差し込んだ治具を使ってフリーハンドで打ち込んでいきました。なかなか綺麗な直線にはならず、間隔もまばらになってしまっています。
本機の工作上のポイントはフラップを下げ状態にしてみたのと爆弾懸架器具を自作したことです。
機体色には悩みましたが、濃緑色に土地色などを混ぜたもので塗ってみました。
デカールはまずは市販品を入手してみたものの赤の発色が気に入らず、インクジェットプリンタ用のデカールシートに印刷したものを自作して使っています。

2007/11/14

P144出品予定作品そのE  144日本軍

中島 陸軍一式戦闘機U型後期 隼
NAKAJIMA ARMY TYPE 1 FIGHTER “HAYABUSA”(OSCAR)
飛行第25戦隊 坂川敏雄少佐機
1944年春 中国大陸/漢口飛行場

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【実機について】
飛行第25戦隊、坂川部隊は支那事変勃発の昭和12年以来、中国大陸で戦ってきた独立飛行第10中隊を基幹に昭和17年11月に編成された。初代戦隊長は坂川敏雄少佐。
陸軍飛行機実験部で編成された二式単戦実験部隊、独立飛行戦第47中隊の指揮官としてマレー、ビルマを転戦、同戦隊に着任した坂川少佐は、これ以降、陸軍屈指の名戦闘機隊指揮官にして、老練な戦技を持つエースとして令名を残すことになる。
坂川少佐は昭和19年12月19日夜、搭乗していた輸送機が墜落、フィリピンで戦死した。彼の個人撃墜戦果は十数機と言われている。
大日本絵画「日本陸軍航空部隊戦場写真集」より
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【作品について】
これはマイクロエースのキットから作りました。隼はT型からV型まであり、さらに細かい区分けがあり、この機体はU型の後期後型となるらしいです。後期前型との違いは同じ集合排気管でも形状が違うところらしいですが資料からの受け売りですので細かいことは解りません。
工作はいつも通りの手順で取り立てて特別なところはありません。ポイントは細かいブラウンとグリーンの迷彩塗装でしょうか。エアブラシの細吹きには自信がありませんけどこれは割合と上手くいったほうかなと。ウォッシングした遠目には迷彩がよくわからなくなったのがちょっと残念。

2007/11/12

P144出品予定作品そのD  144日本軍

中島 陸軍一式戦闘機T型後期 隼
NAKAJIMA ARMY TYPE 1 FIGHTER “HAYABUSA”(OSCAR)
飛行第1戦隊 武田金四郎少佐機
1942年10月 ベトナム/サイゴン飛行場

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【実機について】
太平洋戦争開戦当時、なおも九七式戦を装備し続け、マレー半島、蘭印(現インドネシア)を転戦した飛行第1戦隊は1942年7月になってようやく内地に帰り、一式戦T型に機種を更新し、10月仏印方面に移動した。この機体はその頃の戦隊長武田金四郎少佐乗機。
 上面は暗緑色ベタ塗り、下面は灰緑色(もしくは無塗装)。戦隊長乗機を示す標識は、主翼、水平安定板上面の白いタスキ状帯と胴体中央、後部の太・細2本の白い縦帯。方向舵の黄塗装はこの当時の1戦隊第1中隊色だが、昇降舵も同色に塗っているのが、他隊では見られないスタイル。スピナーの白塗装も戦隊長標識と思われる。
大日本絵画「日本陸軍航空部隊戦場写真集」より
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【作品について】
これはバンダイウイングクラブコレクションL1の隼を改造したものです。T型の特徴は正面から見える3重の環状滑油冷却機でしょう。これをなんとか再現しようと、極薄の真鍮板から作ってみました。ただ、きれいな環状にはなってくれず、不満の残る部分です。あとは細身の隼の胴体にはスジ彫りがあまりに太く見えたのでパテを使って目立たないようにしてみました。あまり効果はなかったようですが・・・。

2007/11/11

P144出品予定作品そのC  144日本軍

川崎 陸軍五式戦闘機
KAWASAKI ARMY TYPE 5 FIGHTER T
明野教導飛行師団第1教導飛行隊 檜興平少佐機
1945年7月 佐野飛行場

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【実機について】
檜氏は昭和15年に陸軍航空士官学校第53期を卒業し、「加藤隼戦闘隊」として名高い飛行第64戦隊に配属された。この64戦隊で隼を駆り、マレー、ビルマで活躍するが昭和18年11月27日、P-51との空戦で被弾。右脚を膝下10センチのところから切断する重症を負いながら帰還するも、前線から離れることとなる。
 この負傷で内地に帰還した檜大尉は不断の努力を持ってリハビリに励み、義足の操縦者として復帰を果たす。
 昭和20年4月から五式戦を装備する明野教導飛行師団第1教導飛行隊の第2大隊長としていよいよ第一線に復帰する。
 7月16日の朝、大阪・佐野飛行場に展開していた第1教導飛行隊はP-51約250機の大編隊を伊勢湾上空に24機で迎え撃った。少佐に昇進していた檜大隊長は被弾無しで佐野飛行場に帰還。部隊の戦果は撃墜11機(内、不確実5機)、我が方は戦死3名、落下傘降下2名となっている。これを最後に部隊は戦力温存策から空戦の機会を与えられずに終戦を迎えるのである。
ファインモールド「1:72五式戦(ファストバック型)同梱解説書」より
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【作品について】
ウイングクラブコレクション第2弾の貴重な飛燕を改造して作っています。
飛燕を@首から切断し、A垂直尾翼をパテなんかを使って大きめに変更、B主翼付け根周りのパネルラインを修正、Bカウリングはジャンクパーツから削ってそれらしく・・・。
 割と大掛かりな改造でしたが思ったよりスムーズに進みました。

2007/11/10

P144出品予定作品そのB  144日本軍

川崎 陸軍三式戦闘機 飛燕
KAWASAKI ARMY TYPE 3 FIGHTER “HIEN”(TONY)
飛行第244戦隊 小林照彦戦隊長機
1945年2月 調布飛行場

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【実機について】
「近衛飛行隊」とも呼ばれた陸軍飛行第244戦隊(東部第108部隊)は帝都防衛の主力として昭和16年8月、竣工間もない東京調布飛行場で編成を完結した。
 爾後、昭和20年春まで、一貫して帝都の空の護りに就き、大東亜戦中一度も外地に派遣されなかったことでも稀有な飛行戦隊である。
この機体は昭和19年末に満24歳で史上最年少の戦隊長として着任し、破天荒な活躍を見せた小林照彦大尉の乗機である。
 この4424号機は約5ヶ月の間、小林大尉の乗機となりその間、何度か塗り替えられているようだ。この時点で胴体の赤帯は赤だが、その後青に塗り替えられ、244戦隊に編成された特別攻撃隊「第159振武隊」の高島俊三少尉の乗機となり、昭和20年6月6日午後に知覧基地を出撃、慶良間西方の敵艦船群に突入した。
大日本絵画「飛燕戦闘機隊〜帝都防衛の華、飛行第244戦隊写真史」より
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【作品について】
飛燕自体は第3回P144に出品したものです。ウイングクラブコレクション第2弾をベースに作りました。その後、掩体壕を作って第4回P144に。
今回は陸軍戦闘機シリーズのひとつとしてまた出品する予定ですが、機体に少々手を加え、新たに給油車両を加えました。こいつはイマイの百式司偵についていたものをベースにtoroppoさんのベンツトラックからパーツを流用して仕上げました。
飛燕そのものよりもたいへんな工作でした・・・。
 この情景を作るにあたっては大日本絵画「飛燕戦闘機隊〜帝都防衛の華、飛行第244戦隊写真史」がたいへん参考になりました。



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