2006/5/16
全訳:Neil Young - Living With War
http://home.earthlink.net/〜saori
幟の人が、朝から泣けて泣けてと言う
その原因がニール・ヤングだ。
上のリンクで、全曲の日本語詞と曲も聴けるようになっている。
ニール・ヤングが公開しているのだ。
Living with war every day
毎日戦争と生きている。
まさに、その通りだ。
そのことを自覚しよう。
2006/4/22
竹薮の国家観その3です。
教育基本法の改「正」はいかがなりや?どうしても愛国心というのを教育したいらしい。国旗国歌法のあたりから、その路線はあるが、<愛する人のために><死ねますか>この二つの節の間には<国家に命じられて>と入るのだ。上手いよなあ、この省略。
この省略が隠蔽しているもの、それは共同体と統治機構の同一視だ。そのそれぞれの概念、またその同一視にも問題がある。ここに、愛国心というもの自体の問題点がある。
2006/4/21
ごめんなさい。ほんとに忙しくて、またまた再録させて頂きます。
今回は、人間はお腹の中にいる時から、すでに国家に管理されてるというお話です。
市場と国家っていうと、国家の方が先に管理し始める。
わたしは、これに気づいた時びっくり仰天しました。
街角の監視カメラどころの話じゃないのです。
2006/4/16
以前、問題主婦に書いたものの再録です。国家と憲法について。
憲法は、「Rule of Low /法治主義」という発想でできている。
法治主義と言うのは、法によらないと誰かが誰かを統治することはできないということ。
つまり、王様の気分とか、お気に入りであるか否かとか、
そういうことで勝手に政治の方針変えられちゃたまらんぜ。
これが法治主義。
つまり憲法とは基本的には統治権の制限なんだな。
まあ、産業革命や宗教改革やなんかで封建的な土地制度に縛られない新興階級がいっぱいでてきて、土地制度(王様のものだな、基本的に)に関係なく喰っていけるから、王様に楯突くというわけだ。だもんで、「国王は君臨すれども統治せず」って方向で、法治主義を打ち立てた。
王様といえども好き勝手にはできない、法律に従わないとだめよ!ということね。
統治権を制限するなら、
国民の義務なんてのはおかしいわけで、
義務を持つのは国家の方だよ。
2006/3/23
映画の中に、中国で抑留中にかかれた日本人将兵の調書が出て来る。いわゆる「鬼」に関するものだ。これらの記憶は文章として残っている。戦犯管理所に抑留中に、いわば自白調書のような位置づけでかかれたものだ。戦時における非人道的行為の告白と認罪の文章である。赤裸々な事実の告白は読むものに、戦争というものの知らせる。
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