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ミュージシャン・社長〜鴻池薫の日々を綴るブログ
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鴻池薫Profile

日本を代表するハワイアン・ミュージシャン。 第4回、9回、10回ハワイ・ミュージック・アワード「インターナショナル・ハワイアン・アルバム賞」受賞。 カイノア・ミュージック・アカデミーを主宰し、東京を中心にカルチャー・スクール等でレッスン活動を展開。生徒数は200人を超える。 2005年自主レーベル SPIRIT OF J LABEL を立ち上げ、CD3枚リリース。 出身地:東京 星座:獅子座 血液型AB   好きなもの:猫、読書、格闘技、70年代ROCK, 日本酒(うそ)

SPIRIT OF J LABEL

最近買って気に入ったCD

CAT POWER ”JUKUBOX" 2008 Matador Records 70年代的な気だるさがいい!ハンク・ウイリアムス、ボブ・ディラン、ジョニ・ミッチェルのカバー曲等選曲も気に入りました。

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僕のロック芽生え編その12 高校2年の時ストラトのオールドを手に入れた! 

僕のロックな話し芽生え変その12 
4ヶ月ぶり?にこのシリーズの記事書きます。前回は高校1年の時の文化祭でしたね。
今回は高校2年の時の話。

ある日の土曜日、学校の帰りに友達とお茶の水に楽器を見に行きました。たまたま通りがかった楽器屋さんが「イシバシ楽器」。

店員さんがなにやら古そうなエレキを何本かチェックしている。
すぐ店に入って、「すいません、それ売り物ですか?」と聞いたら

「今、米軍からの払い下げで入ってきたんだよ。ちゃんと音が出るかチェックしてるんだよ。」

そこには古いがまぎれもないフェンダー・ストラトキャスターが!
「こ、これ買えるんですか?」

「そ〜だな〜、まだ決めてないけど〜7万円位かな〜」
なんと、当時は今だったら目が飛び出るようなバカ高い値がつく「ビンテージギター」という認識がなく、単なる「中古品」扱いだったのです。
もちろんこちらも「もしかしたら〜安くフェンダーが買えるかも!?」てな感じでした。

「買いたいです!買いますが〜・・・今お金ありません。」
「頭金ちょっと入れてくれたら売らないで奥しまっておくよ。」

「わかりました!」といって一緒に来た友達から借りてなんとか5000円位入れた覚えがあります。学生証見せて、住所、電話番号教えて帰りました。
家に帰ったら、すぐにイシバシ楽器から電話がかかってきて

「さっきのギターだけど・・・」というので
「は、はい・・・」

何かまずい事あったのかなとドキドキしましたね。

「さっき7万っていったけど、それじゃもうけがないので、悪いけど10万にしてくれる?」

「は、は、は、はい〜。何とかします〜!!」

と言って親に頼み込んで、スネカジって買ってもらいました。

シリアルナンバーで調べたら、どうやら1959〜1960年あたりのモデルらしい事がわかってきました。

今思うに、こんなのん気なやりとりで、1959年(か1960年)モデルがその値段で買えちゃった・・・なんてとても信じられない話なんです。でも話作っていません。本当です。値段もテキトウだったんです。

その時喜んだ意味はあくまでも、「安くフェンダーが買えた!」だもの。(爆)

アンプにダイレクト・インでジェフベックの音がするので、ヤードバーズの「Jeff's Boogie」とか、第二期ジェフベックグループのLPの曲を全部コピーしまくって悦に入っていました。
ステイービー・ワンダーの「Talking Book」。シングルで「迷信」が大ヒットしていて、そのアルバムにジェフベックが2曲参加している事を知り、買ったのもその頃です。
その後BBA(ベック、ボガード&アピス)ベック版の「迷信」でぶっとび。
情念だけで弾いている。ギターは「理屈」じゃないって思いましたね。ホント。

もちろん、リッチー・ブラックモアのコピー。「Highway Star」「Smoke On The Water」「Lazy」なんかもやりましたよ。 
当時使ったエフェクターはCry Babyとういうワゥワゥだけ。
1年の時に使っていたファズも使ってなかったです。

下の写真はその年の学園祭の時。
オレはヨーロピアンとか言って、着てるのは「ジュン」だったかも。
それにしてもあどけない17才。本当に「貴公子」だった時代??(笑)

でも、人生一生の不覚。
嗚呼、このギターはもう手元にはありません。今買ったら・・・!!
150万以上でしょうね・・。
合掌。 今誰が持っているんだろう?? 買い戻したい〜〜!

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初公開!高校2年の文化祭の時。(1973年 17才!)
フェンダー・ストラトキャスター(シリアルNo.L46803) 
購入時、ボディのペイントははがされていた。

この時、学習院高等科女子部のフォークデュオと仲良くなり、ぶっつけでジョイント。当時人気爆発してたキャロル・キングの「It's Too Late」を演奏。まさにリアルタイムな時代だった!
素晴らしき70年代!


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投稿者:kaorukohnoike

Led Zeppelin再結成情報!

先日江の島音楽祭で ブルース・ロック・フレンズとして参加してもらった 夏志聡さんから、ツエッペリン再結成に関する情報が送られてきました。
ロンドンで11月26日再結成するみたいです!!

以下は夏志さんから送られてきた内容(たぶんどこかのサイト):
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
レッド・ツェッペリンがヘッドラインを飾るトリビュート・コンサートのチケット申し込みの締め切りが2日間延長した。
ツェッペリンはアトランティック・レコードの創立者、故アーメット・アーティガンを追悼して11月26日、ロンドンのO2アリーナで開かれるトリビュート・コンサートでおよそ20年ぶりに再結成する。
チケットを購入するにはahmettribute.comで登録しなくてはならない。

当初、登録は9月17日(月曜日)が締め切りだったが、あまりに需要が多く、
サイトがアクセスしづらくなったため水曜日(9月19日)まで延長されることになった。
サイトには2日間で1億2,000万ものアクセスがあり、2,500万人がチケット購入の登録を済ませたという。
O2アリーナの収容人数は2万人。ざっと計算しただけでもチケットを手にできる確立は1000分の1。
受付が延長されたため、競争率はさらに高くなる。

ツェッペリンだけが注目を浴びているが、同コンサートには彼らのほか、アーティガンと親交の深かった
ザ・フーのピート・タウンゼント、元ローリング・ストーンズのビル・ワイマン、
フォリナー、リズム・キングスらも出演する。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

という事です。うあ〜登録すればよかった〜 と二人で悔やんでいます・・・。
それにしても アクセス数といい、チケット購入の登録数といい、会場のでかさといい、規格はずれなスケールですねえ〜。

ツエッペリン・フリークの僕としては、ジミー・ペイジのギタープレイがどれだけコンデイションがいいかが気になるところです。ドラムはジョン。ボーナムの息子ジェイソン・ボーナム、ヴォーカルはロバート・プラント、ベースはジョン・ポール・ジョーンズ!ああ、見に行きたかったああああ〜〜〜!


投稿者:kaorukohnoike

ロック芽生え編その11 1972年高校1年の時

学習院高等科に入学して1年の時は、とにかく遊びまわっていました。たぶん学校生活と名の付く中で、あんなめちゃくちゃやったのはその時なんじゃないかと。とにかくロックの事しか頭になくて、勉強はほんと〜〜に全然しなかったです。朝、遅刻して来て学校の下駄箱にタッチして、そのまま学校ふけちゃって(これ死語)目白、高田馬場、渋谷の喫茶店でたむろしたり。もうどうしうようもなかったと思う。
高校に入って最初にびっくりしたのは、先輩方に腰に届くほどロングへヤーの人が何人かいた事!長髪OKなんじゃん!って感じで。音楽部なんて「ダセ〜」と思って入らなかった。僕何を思ったかグランド・ホッケー部に入ったんです。えらくマイナーなスポーツでしたが。レフト・ウイングやりました。でも学校のテストの点数が悪すぎて、2年の時は試合に出させてもらえなかった。(笑)

それとは別に、何となくギターとか楽器やっている同級生みつけてバンドを初めて組んで「しんきろう」っていう名前でやり始めたのです。ベースは慶応の友達で、渋谷のサイトウ楽器あたりで練習開始。

このバンドで最初に人前でやったのは、高校の先輩が主催した複数のバンドが集うアマチュア・ロック・コンサート「いかるが音楽祭」というイベント。会場はどこかの区民ホールだったと思うけど、ベースがこれなかったので僕ともう一人がギター、ドラムの3人でやっちゃった。

僕らの出番の始まる前に幕がしまっていて、僕がギターで幕の後ろでウオーミング・アップでギターぺらぺら弾いたら客席から「オオ!!??」とどよめきが起こったんです。「え??」と思ってもう1回ぺらぺらぺらって弾いたら、やっぱり「ウオ〜!」とか「すげ〜」とか聞こえて来る。これには気を良くしましたね。(笑)この時1曲目は Free の「All Right Now」でした。たぶんまためちゃくちゃな演奏だったと思うけど、自分達は大満足で帰ったんです。


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上の写真は初公開!(たいしたもんじゃないけど。写真部の友達が撮ってるんでなぜかモノクロ写真が多い。この2枚しか記録残ってません)
1972年10月22日学習院高等科文化祭にてバンド「しんきろう」。(高校1年の時)左から2番目の帽子かぶっているのがワタクシです。ギターはグレコ・レスポールEG360。帽子かぶってブルーのロングコート着て弾いているんです。ジミー・ペイジの真似してね。(笑)
ベースは同学年にいなかったので、慶応高校のヤツがシカとして弾いている。学校にばれたらたぶんめちゃくちゃ怒られただろうね。ギャハハ!!客席のセーラー服は学習院女子部の子達。みんなこんな時があったんだね〜!!
今こんなお客の前でやったら上がっちゃうよ〜!

ちなみに僕の当時の口ぐせは「ま〜いいや」「うそだろ!?」「しっかし」「せつねえ〜な〜」「バーロー」「だっせ〜な〜」「ぎるなよ!」 と音楽帳に書いてありました。全然記憶にありませんが。意味わかんないのあるでしょ?(笑い)


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1971年学習院大学荊棘祭でのロック・コンサート

僕が中学3年の時、1971年11月2日学習院大学ピラミッド校舎で日本のロック・バンドが集うコンサートがあったんです。

ブルース・クリエーション、ザM、乱魔堂、四人囃子、安全バンド、はちみつぱい等当時のそうそうたるグループが来るっていうんで当然僕は学校の授業の後、友達とガクランのまま見に行きました。会場は満席。でもステージと客席一列目の地面に座って見ている人達がいるから、僕もそこに行きました。

ポスターにのっていないグループもいて、一番変な意味で印象に残っているのは、名前覚えていないフォーク・ロックの2人組。頭脳警察みたいな感じで何か全学連みたいにアジリながらやったら、会場後方から野次と怒号の嵐に。彼ら、「もうやめます」とすっかり意気消沈してひっこんでしまった。

夜だんだん遅くなってきて、今度は応援団&体育会系の学生が会場に乗り込んできて、「もうやめろ!」となり小競り合い勃発。学習院といえども、かなりヤバイ雰囲気でした。当時のロック・コンサートは新聞では「ロック集会」と書かれる位、反体制的なイメージなものが多かった。だから殺伐とした状況になる時も多かったんです。
反目し合っているバンドが違うバンドのライブに殴りこみモードで乱入したり、なんて事も。

ブルースクリエーションは丁度アルバムリリースした時でノリにノッたヘヴィーなサウンドでよかった。エムは、当時伝説化していて僕の兄貴曰く
「アシベに出ているエムっていうバンドは実力では日本で一番上手い!」と定評があった。ギターは後のゴダイゴのギターの浅野さんで、レスポール・レコーデイング・モデルを使っていた。80年代にスタジオの仕事などで親しくなった坂下さんや岡井さんのいる四人囃子は、マウンテンの曲等カバーをやっていました。

とにかく、ステージに釘付け状態で見入っていた僕に、「お前ら中学生だろ?そろそろ帰った方がいいぞ。」とたしなめる腰まで届く長髪のお兄さん、「ジュースあげる」って持って来てくれたバンダナしたヒッピー風のお姉さん、皆どうしているんだろう?

このロック・コンサートとレッドツエッペリン初来日コンサートは鮮明に覚えています。ああ、僕はまだ中学3年だった!

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次回から高校時代の話に進みます。(笑)

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1971年、初めて買ったグレコのレスポールモデルEG360

なんとなく土曜日は「ロックな話し」更新!?
僕がエレキを初めて買った(買ってもらいました)のは中学3年の時です。1971年!!
ロック喫茶の記事の時はまだ買ってません。渋谷のヤマハとか渋谷の丸井の中にあった楽器屋さんで学校帰りにガクランでながめて「いいな〜欲しいな〜」なんて思っていたのが、ジミーペイジが使っているレスポールモデルのコピー・モデル、グレコEG360。EG420もあったのですが、なるべく安い方を買ってもらおうとEG360に狙いをつけてました。それで誕生日に買ってもらったんです。
これは高校2年まで使ってました。今はギターそのものはないのですが、当時買った時についていた説明書が今でも残っているので、ちょっと公開しましょう。

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7ページの丁寧な冊子で、ギターの調整法等いろいろな事が書かれています。
「ギター手入れのコツ」のプレイヤーの写真は、当時のロックプレイヤーがどんな格好で演奏していたか良くわかりますね〜。
「成毛茂さんのギター演奏法」!成毛茂さんのメイン・ギターはギブソンではなくグレコだったんですよ。モニター契約とかそういうのではなく、本人が「グレコはいい!」って言ってました。当時、日本でロックやれるのは、ギター成毛茂、ベース江藤勲、ドラム角田ヒロ だけなんて言われてた位、すごい存在でした。ここのページは何度も読みました。結構、この冊子、貴重だな〜!

このギターで人前で初めて弾いたのは中学の謝恩会の時。生徒と父母、先生の前で
友達とバンド組んでショッキング・ブルーの「ヴィーナス」、ビートルズの「レット・イット・ビー」やったんです。たぶんめちゃくちゃだったと思いますけど、後で音楽の先生にほめられました。(笑)

ここで超レアな写真公開!
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1971年学習院中等科謝恩会にて。(卒業記念アルバムから。デジカメで撮影難しいね〜)
左端がわたくしの初ういしいギター姿。写真、なぜか逆になっている。右側の文字はアルバムに友達が落書きしたもの。
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ついでに中等科卒業アルバムから。左から3人目はワタクシであります。何の本見てるんだろう??

その後、高校1年の時、アマチュア・ロック・コンサートに初出演、その年の文化祭でも弾きました。

ギター本体が今手元に存在しないのが残念です。高校2年の時に、ストラトを購入、グレコのレスポールはこのジロキチライブに来てくれた後輩の盛君がエレキ欲しがっていて、引き取ってもらったんです。


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投稿者:kaorukohnoike

デイープ・パープル初来日公演1972年8月

今回はデイープ・パープル初来日公演の話をしましょう。
1972年8月15日〜16日大阪フェステイバル・ホール
8月17日日本武道館
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日本公演プログラム                 ライブ・イン・ジャパン

僕が見に行ったのはもちろん8月17日日本武道館です。日本公演の記録は、「ライブ・イン・ジャパン」としてアルバム化されているのでご存知だと思います。あれは大阪と東京のベスト・テイクをミックスしていますよね。これを聴くと、あの時の興奮が甦ります。まさに怒涛のハードロック!すごい演奏バトルでしたよ。

演奏はCDで聴けるし、語りつくされてるから別の事を書きましょう。

会場内の警備が厳しかった:入り口でテープレコーダー、皆取り上げられてましたね。まあ、これはツエッペリンの時もそうでしたし、当然でしょう。
客がスタンデイング出来ない:熱狂して立ち上がろうとするとすぐガードマンがやって来て椅子に座らせられちゃいました。コンサート中、ずっとそんな事が続くので、客のフラストレーションがたまり、方々で小競り合いが勃発。

とうとう前の方で大喧嘩が始まってしまったんです。見たらそれが、結構インパクトある喧嘩で・・・。立ち上がった長髪の兄ちゃんを座らせようとしてガードマン(ガードマンと言っても制服を着ているようなのでなくバイトのお兄さん達)が注意したら、長髪が激怒してTシャツ脱いで殴りかかったんです。

そしたらその兄ちゃん、背中一面すごい刺青で、腕っ節が強い。ガードマン、やられてました。周りの客が喜んじゃってすごかった。もしかしたら日本武道館内にいたすべての人の中で一番強かったんじゃないかと。それ位の勢いで激怒してました。何人かのガードマンに取り押さえられてどこかへ連れていかれましたけど、拍手喝采になってました。アリーナにいた人、皆知ってるんじゃないかな〜??(大笑)

教訓としては「人は見かけによらない」と。(笑)

演奏はライブ・アルバム化されているので、当然素晴らしかった。デイープ・パープルが日本でのライブをまさかライブアルバム化するなんて、思ってもみなかった。これはすごくファンは喜びましたよ。だって日本なんてロック状況はまだまだだったですから。日本が認められた〜なんて思いました。身近に感じましたね、パープルを。

イアン・ギランは、先ほどのように、客が立ち上がらないので(実際は立ち上がれない)
ので、怒っていたようでした。「お前ら、何でノラねんんだ〜!!ガッデム!!」って。リッチー・ブラックモアはギター壊しパフォーマンスやってました。ストラトもったいねえな〜、と思いましたが、後で友達と「あれって絶対フェンダーじゃないよな〜?」
って盛り上がってました。(笑)

彼らよっぽど日本が好きになったらしく、1973年「紫の肖像」で「ウーマン・フロム・トーキョー」なんて曲をやってましたね。第二期最後のアルバムです。

個人的にスタジオ録音盤では、第二期の最初の「In Rock」が一番好きで、その次は「Machine Head」につきます。

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1970年作「In Rock」           1972年作「Machine Head」

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第一期の大ヒット「Hush」1968年シングル盤


当時の情報では、リッチーブラックモアは固いセルマーのピックを使っていたそうな。
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僕のロック芽生え編その6 渋谷のロック喫茶BYG

僕が始めてロック喫茶というものに行ったのは中学3年の時です。

僕はまだエレキやりはじめ。ところが麻布中学に行った僕の友達がすでに麻布中でバンド組んでて新宿でバンドの練習やるから、来ない?って事になって新宿御苑スタジオ(通称ギョスタ)に行ったんです。彼らはギター、ベース、ドラムの3人編成で、クリームの「I Am So Glad」とかがんがんやり始めたんで、めちゃくちゃびっくりした!ギターのT君はSGモデルでこれホントものすごく上手い。一緒にツエッペリンの「Whole Lotta Love」かなんかやったけど、とてもかなわなかったですね。だってまだ僕は友達の兄貴から借りたロケットみたいな形したギター(たぶんエコー)をビニールの袋に入れて持ち歩いていた程度だったもの。(カッコ悪い〜)
中学は長髪禁止で髪の毛もまだ短かったし・・。

それでその後、渋谷に繰り出してロック喫茶BYGに連れてかれました。当時のBYGは、靴を脱いで入る「絨毯喫茶」で、ロックが大音響でかかっていて長髪のお兄さんやお姉さんがたむろして怪しい雰囲気でした。特に2階は・・・。

当時はブリテイッシュ・ロック全盛で、クリーム、ツエッペリン、キング・クリムゾン、デイープ・パープル、フリートウッドマックあたりガンガンかかっていた気がします。アメリカのではオールマン・ブラザースとか。マウンテンも。
それにしても、一緒に行った僕の友達連中は「何でこんなとこもう知ってんだよ!?」
と思いましたね。

それ以来、とにかく沢山いろんなロックのLPが聴けるんで、高校時代は学校の帰りに行ったり、土曜日、日曜日はよく行きましたね。LPは高くてさすがにそんなに買えないから。コーヒー一杯で3時間位はねばってたんでしょう。

ただ、たまに靴を盗まれちゃうんですよ。だから盗まれたヤツはまた人の靴はいて帰っちゃう。最後に帰るヤツはどうしたんでしょうね?(笑)
地下にはライブ出来る所があって、僕が見にいった時はジャズのライブでした。

今でもBYGは渋谷の百軒店街にそのままあり、営業しています。これはすごい事です。
1968年だったかな、オープンが。70年代に沢山生まれたロック喫茶で、渋谷の他の店は全部なくなってしまいました。今はアメリカン・ロック中心、というイメージで
やっています。勿論店内は「絨毯」じゃあありませんよ。今でも時々行きますが、壁は落書きだらけの当時のまま。もしかしたら高校時代に落書きしたのがそのまま残っているんじゃないかな〜?

僕がよく行ったロック喫茶は渋谷「アナザー・サイド」、渋谷の明治通りにあった「明治通り」、原宿表参道と明治通りの交差点のビルの上にあった店(名前忘れた)、新宿歌舞伎町の「レインボー」、「サブマリン」です。どこも煙草の煙がすごかった。

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現在のBYG
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隣は同じく超老舗の「名曲喫茶ライオン」!こっちはあまり行った事がない。百軒店街には他にジャズ喫茶も多かった。


原宿の名前忘れたロック喫茶には、ジミー・ペイジそっくりの店員さんがいて(ホントよ)、行くとドキドキしました。(何を考えてたんだ俺は〜!?笑)

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レッドツエッペリン初来日公演1971年9月

僕が最初にしびれたロック・グループは何と言ってもレッド・ツエッペリン。中学3年の時に、レッド・ツエッペリンが初来日しました。中2からもう完全にツエッペリン・フリーク、ジミー・ペイジ・フリークだった僕は運よくチケットを買う事が出来たんです!どうやって買ったかな〜?(覚えてない)
ご覧のとおり、プログラムとチケットは永久保存版ですね。チケットが何とS席で2,700円!今僕がやっているハワイアン業界、コンサートの値段って10,000円・・・・。

場所は日本武道館。友達と2人で行ったのですが、始まる直前まで「俺らって本当にツエッペリンと同じ空気ここで吸えるんだよな??」なんて言って位信じられない出来事だったわけです。場内が真っ暗になり、ステージにツエッペリンのメンバーが出てきて、ロバート・プラントが「Good Evening!」と一声、その直後に「移民の歌」のイントロが始まった時は興奮のるつぼ状態。

「ハートブレイカー」で途中のギターだけのソロはギターを頭より上に両手で上げて左手のフィンガリングだけで弾いたのも生まれて初めて見てびっくりし、「幻惑されて」ではバイオリンの弓でギターを弾きエコーで音を飛ばすのも初めて見ました。とにかく初めて見る光景と演奏に皆驚いいていましたね。後で風の噂で、どうやらライブ・レコーデイングしていたらしいと聞きました。(もちろん未確認情報です。蔵出し音源、リリース待ってます。)
最後の方で「胸いっぱいの愛を」で最高潮に達して、ロックン・ロール・メドレーに延々なった覚えがあります。レコードとまったく違うギター・ソロや、長い長いインプロビゼージョンがあったのもその時のロックのスタイルです。

2回目に来日した時も勿論行きましたが、これほどの興奮感はなかったです。その時はアルバム5枚目までのナンバーでプログラム組んでいましたね、初めてメロトロンという楽器も見ましたが。

よくレコーデイングで使うバズーカスタジオのマスタリングエンジニアの人がツエッペリン・フリーク。でも彼はリアルタイムじゃないいんです。僕が初来日公演見に行ったよ!なんて言ったら、それだけで尊敬されております。(笑)

2年前にツエッペリンのDVDが発売され、購入しました。僕が好きな映像と演奏はDISC-1のセカンドアルバムまでの方です。これは本当にすごい。

ジミー・ペイジは、ギターのトーン・コントロールがずば抜けて上手い。ジョン・ボーナムは僕がジャンル問わず一番好きなドラマーです。


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1971年のライブは本当に凄かった。
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投稿者:kaorukohnoike

ロック・レア盤紹介 Love Sculpture

僕が所有しているロックのレア盤で面白いものを紹介しましょう。
まずこれはCD化されていないでしょう。(たぶん・・。、いや絶対)

ラブ・スカルプチャー Love Sculpture
Blues Helping 1968年作 E.M.I RECORDS
Side ONE:(1)Stumble(2)3O'clock Blues(3)I Bleive To My Soul(4)So Unkind (5)Summertime(6)On The Road Again
Side TWO:(1)Don't Answer The Door(2)Wang-Dang-Doole(3)Come Back Baby(4)Shake Your Hips(5)Blues Helping

Forms & Feelings 1969年作 E.M.I RECORDS
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左:Blues Helping 右:Forms & Feelings

高校時代の学校の先輩(スカジャンの記事に出てきた人)がブルースクリエーションの竹田和夫さんと仲良しで、良く竹田和夫さんの話を聞いていました。もちろん、僕も大ファンでした。その当時、竹田さんの愛聴グループがイギリスのグループ、ラブ・スカルプチャーだったのです。確かにブルースクリエーションのアルバムにモチーフを取り入れた曲がありましたね。僕は輸入盤専門店の新宿レコードに行って必死に探して手に入れました。もう廃盤寸前だったかも。(笑)

メンバーは、クレジット順に
John Williams Bass,Vocals
Bob"Congo"Jones Drums Vocals
Dave Edmunds Guitar,Lead Vocals
というトリオ編成。
この順だと、ベースのジョンがバンマスなのかな?(笑)

ファーストの「Blues Helping」はその名のとおり、フレデイー・キング、BBキング、エルモア・ジェイムス等のナンバーでブリテイッシュ・ブルース・バンドの様相です。
セカンドの「Forms & Feelings」ではうって変わってプログレ・ロックみたいに変身!クラシックのモチーフを取り入れた「Farandole」という曲でのギターのバカテクに当時びっくりした思い出があります。クラシック的なアプローチでは、リッチー・ブラックモアよりも上手いんじゃないかと。
たぶん買ったのは、1972年頃だと思うのですが、ほとんど誰も知らない超マニアックな
バンドで、竹田和夫さんが密かに聴いていたくらいだったのではないでしょうか。それを知らなかったら、僕も絶対買わなかったでしょうね〜!

と、いう事で今後も超レア盤、珍盤、貴重盤、名盤のLP紹介していきます。



LPの写真撮るの下手ですいません〜!まだまだ沢山ありますよ!
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投稿者:kaorukohnoike

僕のスカジャン公開

先日tedyさんのスカジャンをこのブログ上で画像見たと思います。人によっては「うあ〜懐かしいな〜!」と思った方もいたんじゃないでしょうか?

スカジャン:最初に見たのは、高校時代、学校のロックやっていた先輩のもの。
僕の先輩が持っていたのは、袖に赤い糸でアミアミの刺繍があり、背中はベトナムの地図かなんかになっているエグイものでした。先輩はもらい物で結構傷んでいましたが、すごい迫力があったんです。
「どこに売ってるんですか?」って聞いたら、「横須賀だよ。買いに行くんだったら絶対昼間の内に買いに行って、夕方までに帰ってこいよ。」と言われました。

横須賀の通称「どぶ板通り」にスカジャンの店は沢山あったんです。
どうしても欲しくなって、怖い思いして友達と一緒に買いに行ったのが下のスカジャン。日曜の昼間の横須賀どぶ板通りは、人通り少なく、まだ閉まっている英語で書かれた名前のバーの看板がズラ〜と通り沿いにあり、日本とは思えない風景でした。

だからこのスカジャンは30年以上前のもの。
当時は横須賀まで怖い思いして買いに行かなければ手に入らなかったのですが、次第に原宿あたりでも買えるようになったのを覚えています。


tedyさんのはラメでリバーシブルになっていましたが、僕のは裏生地は銀色でリバーシブルではありません。これは鷹(鷲?)とJAPANの刺繍です。
どちらかと言えば、スカジャンは「ツッパリ兄ちゃん」「ヤンキー」系の装束(笑)だったのですが、僕は長髪で着ていたので不思議がられましたね。
しかも18歳〜19歳位の時、「カーニバル」っていうロックンロール・バンドやった時に、ライブの衣装としても使った覚えがあります。
日本の草分け女性ロック・バンド、ガールズってあったの知ってます?
それのベースの子がガールズ入る前にやっていたバンドがカーニバルだったんです。今どうしているかな〜??

よくわかりませんが、戦後まもなくからこの「スカジャン」はあったのではないでしょうか。


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僕のスカジャン。30年以上前!
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tedyさんのスカジャン、再登場!


今横須賀通称どぶ板通りは全然変わりましたね!カイノア・ロゴのスカジャン作りたい。
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投稿者:kaorukohnoike

復活「僕のロックな話」:お勧めのアルバム

しばらくお休みしていた「僕のロックな話」、また再開したいと思います。ジロキチライブももうすぐでロックモードに入っているのでね!

ジロキチでブルースロックのライブやるんで、何かいいネタはないかな〜と渋谷のHMVのブルース・コーナー(コーナー小さいが、ちゃんとあった。)で物色していたら、なんとブルース・ウーマン・シリーズというリーフレットがあり、そのカタログのCDが数タイトル飾ってあるではないか〜!

まったくわからないので、説明に「LAのジャニス・ジョップリン、クリステイーナの熱唱!」でまずオヤ〜!?と思い、続きを読んでみると「60’SのR&B,ブルース・ロック好きにはたまらない!」のキャッチで追い討ちをかけられたCDは「クリステイーナ・ヴィエラ/クリステイーナ・ヴィエラ&ザ・ウィッピング・ボーイズ」。

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「クリステイーナ・ヴィエラ/クリステイーナ・ヴィエラ&ザ・ウィッピング・ボーイズ」(BSMF 2032 直輸入国内盤仕様) 僕的に「超絶賛」のアルバムです。


迷わずそれを購入した。内心ガッカリしね〜かなとも思ったけどね。
家で聴いてみたら、思わず「ひざ」叩いて 長椅子から飛び上がりそうになった。
これがメチャクチャかっこいい!僕がやりたいブルース・ロックの様式(ブルース・ブギーのクールなリフ、R&Bや70年代ファンキーのエッセンス、ツエッペリンを髣髴とさせるギター・ソロ、シャウト系のヴォーカル)をすべてかね揃えていている。
ジャニスが乗り移った?かのような歌声に感激しました。こんな人いたのか〜!

今はめっきりシャウト系、なくなっちゃったもんね。日本もそうだけど、女性シンガーはヒップホップのリズムで後ろにダンサーがいて踊りながら歌う、みたいなパターンが主流だから・・・。

クリステイーナ、全く媚びてないのがしびれる。「俺は気持ちわかるぞ〜」と。

CD解説を読んでみると,88年にマドンナの大ヒット作「トゥルー・ブルー」を手がけたブライアン・エリオットのプロデユースで華々しくデビューするも残念ながらヒットはしなかったらしい。その後はLAを中心にスタジオの仕事をする傍ら、バンド率いて本格的なシンガーとして活動しているらしい。自他ともに認めるジャニス・フリーク、というのが素晴らしい。

バンドのメンバーも売れっ子ミュージシャン。このアルバムは自分達の一番好きなサウンドをコマーシャリズム抜きでストレートにやっている所に共感します。

買って以来毎日聴いているほど気に入ってしまいました。ブルース・ロック・ファンには超お勧めの1枚です。

興味をいただいた方は下記H.P.で。
BSMF RECORDS http://www.bsmfrecords.com



まじにカッコいいです。「へヴィ・メタル」でも「ヒップホップ」でもなく、「ブルース・ロック」という点が一押しのポイント!
LAに行って会いに行きたいな〜。
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投稿者:kaorukohnoike

僕のロックな話し(芽生え編 その5:Cream)

新年早々定番となった「ロック新年会」。土曜日は、下の記事のメンバーの他に、ブログ見て急遽NAGAさんが参加し8人。酒、つまみ、自分の好きなロックアルバム等持ち寄ってロック談義で盛り上がる、という単純な企画だが、年々参加者が増えてきている。

久々に我が思い出のLPコレクションを蔵出し(?)して聴いた。大勢でロックのアルバムを酒のみながら聴いたり話しをする、という機会は今やめったにない。だから至福の時間である。

どれも中学2年でエレキギターを親に買ってもらって〜高校生当時、それこそ「穴があくほど」聴いてギターをコピーしたものばかりである。やはりLPをプレイヤーに乗せ、針を落とし「チャリッ」とした音の後サウンドが始まる時の「ドキドキ感」というのは忘れられない。

この記事ではクリームのアルバムについて書く事にする。

CREAMの「Wheels Of Fire」=1968年作。これは原盤は2枚組のアルバムなのだが、日本盤は「クリームの素晴らしき世界」として、スタジオ録音盤とライブ録音盤として1枚ずつ独立して発売された。スタジオ録音盤で日本でも大ヒットしたのは「White Room」、ライブ盤は「Crossroads」。1枚1750円だった。ポリドールのアートロックシリーズ
と書いてある。新年会の参加者で発売当時2枚にセパレートしていた事を知っていた人はほとんどいなかった。なんか長老(?)になっちゃった気分。

「Crossroads」はクラプトンの名演中の名演。一音残らずコピーして、33回転を45回転にしてレコードならしながら一緒にギター弾くのを友達に聞かせて得意になっていた。

「WhiteRoom」はクリームの空前の大ヒット曲だが、当時コードを間違えてとってたギター小僧が多かった。僕もそのひとりで、マイナーともメジャーともつかないこのロックの名曲、Dmキーと思い込んで弾いてた覚えがある。でもイントロの後の歌のところがなんかしっくりこないので悩んだ。これはキーはDなんだと理解したのは1年くらい後だった。


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久しぶりにロック聴きたいと思った人はクリックね!クリックすると元のサイズで表示します
投稿者:kaorukohnoike

僕のロックな話し(芽生え編その4)

1970〜1971年頃、新譜ジャーナルと同時にミュージック・ライフ、ニュー・ミュージック・マガジン等を読むようになっていく。

フォークからロックに目覚めっていった時、ジミ・ヘンドリックスもジャニス・ジョップリンも死んでしまった。

その頃見た映画は、「イージーライダー」「いちご白書」「抵抗の詩」等、反体制的なものだったと思う。世の中、完全に若い世代では反体制をきどるのが主流だった。

「イージーライダー」はデニス・ホッパー、ピーター・フォンダ主演。まずテーマ音楽(ステッペン・ウルフのBorn To Be wild)がめちゃめちゃカッコよく、中1の時に映画を見た気がする。最後は衝撃的だが、今考えてみると基本的にはきわめて優雅な映画だったと思う。当時の新しいライフスタイル、たとえば「そんなに急いでどうするの?」「草,花、木はこんなにも美しい」みたいな事を言いたかっただろう。60年代に生まれたヒッピー思想に根ざした映画だ。それが当時のアメリカ社会では受け入れられなかった事をテーマとしている。
http://matuzawa.net/fin/movie/ezr/

「いちご白書」は日本のフォークソングのタイトルにも引用されたが、アメリカの学生運動とその中で芽生えた恋愛をテーマとしている。これもアメリカ社会の矛盾をテーマとしていたのだろう。

ところで「ヒッピー」って知ってるだろうか?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%83%E3%83%94%E3%83%BC
当時、ハワイに大きなヒッピーのコミューンがあったようだ。日本では京都にあったらしい。

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ニュー・ミュージック・マガジン1970年11月号クリックすると元のサイズで表示します
Music Life 1971年10月号 表紙はLed Zeppelin
投稿者:kaorukohnoike

僕のロックな話し(芽生え編その3)

 先日、ウクレレの生徒さんである「貝間さん」から新譜ジャーナルの1968年12月号、1969年9月号をいただいた。いただいた、と言っても非常に貴重なものであるから、自分としては預かっている、と思っている。ありがとうございました!
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上の2冊が貝間さんから預かったものです。

中学1年〜2年の夏まではフォークギターをいつも弾いていた。Fのコードが本当に難しかった。僕のギターの生徒さんが最初Fのコードを苦労しているのを見ると、当時の事をいつも思い出してしまう。

当時の音楽の収集元はラジオの深夜放送だった。土曜日なんかは、寝るときラジオをイヤホンをして、聞きながら寝たものだ。フォーク、ロックともニュー・フォーク、ニュー・ロックという言葉が出てきた頃だ。ロックはアートロックとも言われ始めていた。それ以外にわくわくさせたのは、ヘンリーマンシー二、フランシス・レイ等による映画のサントラだった。「雨の訪問者」のサントラはすごく好きだった。

投稿者:kaorukohnoike

僕のロックな話し(芽生え編その2)

 僕が読んでいた当時の音楽雑誌についてちょっと書いておこう。まずはフォーク少年の頃から: 
中学1年生当時、フォーク少年になった僕が最初に愛読したのは「新譜ジャーナル」だ。写真の号が記念すべき(?)最初に買ったものである。(写真は続きを読むをクリックして見て下さい。主にフォーク系の曲集の雑誌でこれは本当に重宝だった。しかもボブディランの奏法解説、ブルースの解説、はたまた世界の民謡みたいなコラムまであって今見ても貴重な資料がある。写真の号には長谷川きよしの「別れのサンバ」の譜面が載っていて練習しようとしたがとてもじゃないけど難しくて弾けなかった。ほんと、今見るとすごく面白い。そして、内容の前に広告が時代を反映している。

モーリスギター(モリダイラ楽器)の広告のキャッチは「秘術の結晶モーリスのギター!!」。イメージキャラクターはなんと藤圭子(まさか知らない人は?)で、ギター持って写真に写っている。

アリアギターの広告のキャッチが泣かせる。「ー若い仲間に愛がめばえる時、心のうたが生まれるーそんなとき、アリアギフォークギターはすばらしく響きます」写真は相合傘で手を組んだアベックの後姿。男の右手にはギターケース。

CBSソニー(あの頃はこうだったんだよね)のフォーク系新譜の一面広告は カルメンマキ「東京はみなし児」キャッチは「あれから1年”時には母のない子のように”の感動が再びここに!」その横にその曲の譜面が掲載されていて、僕が練習した形跡のメモが残っていた。

ふ〜〜〜実に36年前も事である。 

ではまた不定期に続き書きます!


投稿者:kaorukohnoike
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