ゲーテアヌム建設現場で講義するルドルフ・シュタイナー(唯一の写真)        「ラディカル」とは「ラディッシュ」と同じ語源で、「根源的」という意味。表面のみならず、その「根」を見ようとすること。このブログはそういった意味でラディカルでありたい。

2009/2/5

これは何でしょう?クイズの答え  中東ヨルダン王国を行く

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 ヨルダンのペトラを紹介した記事で、これは一体何でしょうと、クイズを出しましたが、答えは、「ハエよけ」です。

 どこから現れるのか、果物や甘いものがあると、すぐに無数のハエが寄ってくるヨルダン。この水袋は、ペトラ内にある休憩所にぶら下がっています。

 ガイドによると、この水袋にハエの目が映り、その大きさに驚くそうです。するとこの水袋のある周辺には、ハエが飛んで来ないとのことでした。これ、日本でも効果があるのでしょうか?でも、東京あたりでは、めっきりとハエが減りましたね。尾籠な話ですが、日本やドイツで、時々道端で見かける犬の糞には、ハエがたかっていませんね。どうしてかな。毒素が多すぎるのかもしれませんね。

 それはともかく、正解者は、「るるん」様一名です。ヨルダンで買った絵葉書を送りますので、私のメールアドレスに住所を送って下さい。

 おめでとうございました!
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2009/1/29

ヨルダン特集最終回・聖地の数々  中東ヨルダン王国を行く

 今回で「中東ヨルダン王国を行く」の連載は終わります。まだまだ興味深い写真はたくさんあるのですが、残念ながら全部を紹介することは出来ませんでした。デジタル写真の画素が一千万なので、アップロードに結構時間がかかり、とても大変でした。

 では、続きの画像をご覧下さい。

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 向こうに見える丘が、預言者エリアの生まれた場所です。ヨルダンの北部にあるとても緑の多い美しいところです。今、立っている場所に、ビザンチン時代に建てられた「エリア教会」の遺跡があります。

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 ここがエリア教会跡、美しいモザイクが床にたくさん描かれていましたが、昔祭壇のあった所に木が生えています。この木の枝をよーく見て下さい。何か「おみくじ」のようなものがたくさんありますね。これは、願い事を書いた紙を枝に巻き付けたものです。中東は、もうアジアなので、宗教は「神道」化していきます。

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 ここは、やはり北部にある、「デカポリス」のひとつ、「ゲラサ」です。まだまだ発掘中の大きな町の遺跡です。ゲラサと聞いて、何千匹もの豚を思い浮かべる方は、かなりの「聖書通」ですね。

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 大きな円形劇場では、バグパイプの演奏を聴くことが出来ました。実は、このバグパイプ、発祥の地はアラビアなのだそうです。スコットランドへ昔誰かが持って行ったとのこと。このゲラサには、凄い「アルテミスの神殿」があるのですが、ここで私のデジカメのバッテリーが切れてしまい、撮影できませんでした。予備のバッテリーをホテルに忘れてくるとは・・・

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 やはり、「デカポリス」のひとつ「ガダバ」から見た「ゴラン高原」です。

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 向こう側は、イスラエルです。「ガリラヤ湖」が見えますか。山の間に少し見えます。

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 ガダバの遺跡にいた「ニャンスケ」、メスでしたから「ニャンコ」か。アラブ人は犬嫌いですが、猫は好きです。

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 所変わって、ここは「ネボ山」の頂上です。40年間イスラエルの民を導いたモーゼがこの山に立って、「約束の地カナン」を見下ろした場所です。モーゼは折角、苦労して民をここまで連れてきたのに、自分は約束の地に入ることを許されず、この後すぐに死んでしまいました。

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 ここは、ヨルダンのあるキリスト教会が運営している、障碍者の「工房」です。ここでは、ヨルダンの伝統工芸品が作られています。この女性は、「モザイク」を作っています。

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          モザイクの工芸品です。

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 これは絨毯。かなり良いものが、安価で買えます。他の店だと倍以上はするでしょう。

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 私は奮発して「螺鈿(らでん)細工」の美しい、小さなテーブル兼物入れを買いました。障碍者の方が、大変に長い時間をかけて作られた物です。本当に綺麗ですよ。

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 ヨルダン最南端で紅海に面した町、「アカバ」です。世界で一番高いポールにヨルダンの国旗が掲揚されています。

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 ホテル専属のビーチです。アカバでは、さすがに疲れが出たのか体調を壊し、三日の滞在のほとんどをベットの中で過ごしました。水に当たったようで大変でした。ペットボトルの水は安全ですが、飲み残しを翌日に飲んだのが良くなかったようです。何せ気温は40℃以上、飲み残しの水は飲んではいけません。果物などは大丈夫です。ご安心を。

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 さようなら、アカバ。最後の日の朝に撮影。この後、一般の人と一緒のバスで約4時間かけてアンマンに戻りました。

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 「ロイヤルジョーダン」航空で、2008年8月13日、フランクフルトへ向けて飛びました。約4時間の快適な旅です。

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 ずーっと向こうに、ノアの方舟が漂着したとされる山、「アララト山」が見えました。見えるかなあ。肉眼ではよく見えたのですが。

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 ここで陸地は終わり地中海上空に入ります。飛行機の上から見たギリシャの島々は本当に美しかった。

 これで連載は終了します。「クイズ」の回答は後日改めて。クイズ、覚えていますか?
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2009/1/7

首都アンマン散策  中東ヨルダン王国を行く

大寒波のボーフムにいると、あのヨルダンを想い出します。イスラエルが、アメリカを後ろ盾に、ガザを爆撃、地上戦で民間人を殺戮する中、もう一度、平和を愛するアラブ文化に触れましょう。でも、今年6月に予定のヨルダンとイスラエル旅行の行方が心配です。

 今回は、ヨルダンの首都アンマンと考古学博物館等をご紹介します。

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 これは、ヘラクレスの神殿と博物館などがある丘の上から見たアンマンです。

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 ホテルの部屋から見た風景。バスターミナルと市場があります。モスクの左手に教会が見えます。ヨルダン人の約8%がキリスト教徒です。

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 泊まったホテルのフロアです。アブダラー国王の写真が見えます。アブダラーとは、「神の僕」という意味の名です。国王の写真は街のいたるところにあります。因みに、「王室」をからかったり、批判することは絶対のタブーです。

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 今、アンマンは建設ラッシュ。金持ちのイラク人難民が住宅やビルを建設しています。金持ちのみならず、その数200万人以上とか。何かあると、難民を受け入れるのはヨルダンです。

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 東京と同じ、いつも渋滞です。皆、クラクションを鳴らすので賑やかこの上なし。

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 接触事故発生!警官がすぐに対応します。皆意外と冷静でした。このような事故は日常茶飯事。これでまた渋滞ではありますが。

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 神殿の丘に戻ります。これが「ヘラクレス神殿」、2世紀にマルクス・アウレリウス皇帝が建てた物です。無論、ローマが来る前からここは聖地でした。近くには、ビザンチンの教会跡もあります。

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 これが、神殿の「ご神体」である「聖なる岩」、エルサレムの「岩のドーム」の中にもこのような岩がご神体として祀られています。日本の「イワクラ」に通じるものではないでしょうか。岡山の「イワクラ」を想い出しました。

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 考古学博物館等に入ります。これは、世界最古の「人形」です。8000年前の物です。ペアというのがおもしろいですね。最古の人形は、「ひとり」ではない。

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 素朴で美しい古代の宝石です。瑪瑙やトルコ石が見えます。青いのはペルシャのガラスではないでしょうか。この青いガラスは、シルクロードを渡って天平時代の日本にも渡来しました。私は以前、シュトゥットガルトに住んでいるとき、庭の土中から、この青いガラスのビーズを見つけたことがあります。今でも大事にとってあります。ドイツのペルシャガラスは、ケルト人がもたらした物でしょう。

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 このガラス容器は、涙を入れて墓に納める為の物です。珍しい副葬品です。

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 白蛇の描かれた石棺。アラブでは、蛇は聖なる動物として大切にされています。死後人間が最初に出逢うのが、この蛇だそうです。そして、この蛇が、死者を善人か悪人か判断するのだそうです。ユダヤのモーゼの役割を、アラブでは蛇がするのです。

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 これはビザンチン時代のモザイクです。上にギリシャ語で、「・・・エオールギアセオドール・・・」と読めます。「ゲオルギア」と「セオドール」のことでしょう。ゲオルグ・テオドールという名の聖人でしょうか?下に描かれた、二つの「卍」が興味深いです。左巻きと右巻きの「まんじ」が凄く珍しいですね。光と闇の象徴でしょうか。

 以上、アンマンでした。繁華街などの写真はありませんが、少し首都の雰囲気が伝わったでしょうか。夜散歩をして見ましたが、治安は良く、ヨルダン人は外国人を「客人」として迎えてくれるので、どこへ行っても安心です。むしろ池袋の夜の方が危険です。アラブ人は、声が大きく、喧嘩をするように話しますが、元来皆平和を愛する人々です。アメリカが世界にばらまいている、アラブ人に対する悪いイメージに惑わされず、アラブ文化を理解して欲しいですね。

 ガザで苦しむ人々を思いつつ。
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2008/11/11

ヨルダンのイチジクとブドウの恵み  中東ヨルダン王国を行く

 イチジクやブドウは東京にもありますが、ここヨルダンでは、日本とは全く違った形で栽培されています。

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 預言者エリアの故郷に向かう途中、イチジクとブドウの畑を発見。ガイドが言うには、これは神の恵みだから少しぐらい失敬しても構わないとのこと。早速、「収穫」に取りかかることとなりました。

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 世界で最も水不足の国の一つであるヨルダンに、一滴の水も無駄にはしまいと育った大きなイチジクの木。ガイドとドライバーが嬉々としてイチジクを取っています。

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 あっという間に、こんなにたくさんのイチジクが採れました。以前、ギリシャで食べた黒みがかった、砂糖のように甘ったるいイチジクではなく、サッパリとして、すごくフルーティな味のヨルダンイチジクは、いくら食べても飽きません。それに、木ごとにそれぞれ味が違うのです。これは発見でした。木に個性があるのですね。それにしても嬉しそうなガイドのヨナスです。彼が、来年のヨルダン旅行にも随行してくれることがつい先日決まりました。

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 こちらは、ブドウ畑です。ブドウの木は、地面を這い、ブドウの実は葉の下に隠されています。全く独自の栽培法だと思います。

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 シューシーで、本当においしい白ブドウでした。ヨーロッパと同じようにブドウは皮が薄く、皮ごと食べるのが作法です。一番おいしいのは、皮と実の間だというのは、皆さんもご存じでしょう。

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 巨漢のドライバーも嬉しそうです。大きなブドウの房が小さく見えます。

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 チョット、アホな写真ですが、ここに来てブドウを食べたらこういう写真を撮るべきとの事でした。古典的なショットではあります。

 とにかく、ヨルダンの果物は絶品です。今回は写真で紹介できませんが、サボテンの実というのも食べました。種が多いのですが、種は出さずに飲み込んでしまうのが作法とか。メロンといい、ヨルダンは果物王国でもあります。
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2008/10/30

洗礼者ヨハネ終焉の地、そしてあのサロメが踊った城跡を訪ねて  中東ヨルダン王国を行く

 2008年8月7日、死海近くに洗礼者ヨハネが囚われの身となり、そして、斬首された、ヘロデ・アンティパスの城跡を訪ねた。壮大な風景の中、その城跡は死海を眺望できる山の上にあった。

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 車を降りて、この山を登り、山頂の城跡へ向かう。

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      この地は、「マヘイロス」と呼ばれている。山の向こうに死海が見える。

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 炎天下ではあったが、意外と快適だ。湿度がほとんど無いので、気持ちが良い。

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      ヨハネ終焉の地。身が引き締まる思いだ。何とも言えぬ、体が震える。

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 ここが、ヘロデ・アンティパスの城跡だ。牢獄はどこにあったのか今は分からない。

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     ここであのサロメが踊ったのだ。そして、その褒美にヨハネの首を求めた。

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 しばらくの間、城跡で思いにふけり、下山する。この階段を上った、もう一度振り返る。

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 大きな地殻変動の跡を見ることが出来る。ほとんどが、石灰岩だ。面白い石を数点採取する。とにかく行く先々で石を集めてきた。

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        マヘイロスに生きる野生のオリーブの木。頼もしい限りだ。

 この日の夕方、あのペトラに到着した。
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2008/10/13

アラビアのロレンスのいた風景  中東ヨルダン王国を行く

 映画「アラビアのロレンス」は非常に素晴らしい作品ですが、あの映画の舞台になったのが、ヨルダンです。アラビアのロレンスについては、その人物や歴史背景を皆様に調べて頂くことにして、まずは写真をご覧下さい。

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 この砦の中で、ロレンスは1917年から1918年の冬にかけて、ダマスコ進撃の準備をしました。ここはもともと、キャラバン隊を盗賊から守るために造られた砦だそうです。砦の前には大きな火口湖がオアシスとして在ったのですが、今は水位が18メートルも地下に下がってしまい、オアシスに水は在りませんでした。ここは、Qasr al-Arzaq と云う所です。

 たまたま、ドイツ人のグループとここで一緒になりました。

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 中に、ここで発掘された石のレリーフがなにげなく陳列されていました。これは、象ですね。古いものは今から約5000年前に作られた物とか。

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             これは人魚?

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 これなんかはかなり古そうです。この石を覚えておいて下さい。あとで、これによく似たのが出てきます。

 ここを訪れたのは、8月4日でした。ヨルダン北東部の砂漠の中に在ります。イラクまで車で、2時間くらいの所です。

 そして、8月9日、映画「アラビアのロレンス」のロケ地にもなった、Wadi Rum へ向かいました。映画だけではなく、実際、ロレンスがいた場所でもあります。

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       途中、放牧ラクダの群れがいました。

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       また、しばらく行くと、今度は珍しい「白ラクダ」を発見。

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 この白ラクダの番をしているべドウィンの子供が、「のどが渇いてるんだ」と言いにきました。すぐにヨルダン人のガイドがミネラルウォーターをプレゼント。アラブ人は皆、親子か兄弟のようです。

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 「ヴァーディ・ルム」へ向けて車を飛ばす。延々とこのような風景が続きます。

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 ヴァーディ・ルムのシンボル、「叡智の七本柱」と呼ばれる巨大な岩です。もともとそう呼ばれていたのか、ロレンスが命名したのかは分かりませんが、確か「東洋文庫」に、ロレンスの「知恵の七本柱」というタイトルの本がありますね。日本に帰ったら、まず読んでみたい本です。

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 四輪駆動の少しポンコツに乗って、ヴァーディ・ルムの奥へ向かいます。案の定、砂漠の真ん中でエンストを起こしましたが、皆で車を押してエンジンをかけました。

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 雄大な砂漠と岩の風景です。でもエンストを起こしたのもこの場所でした。もし、あの時エンジンがかからなかったら、どうしていたのでしょうか?何日か前に、知り合った、大阪から来ている父子とまたここで出逢い、一緒に行動を共にしました。

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              車はまあこんな感じです。

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     岩の渓谷にこれから入り、5000年前に描かれた岩絵を見に行きます。

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     この野生のイチジクの木が目印です。

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 この渓谷に、岩絵がたくさんあります。アメリカ人グループとここで一緒になりました。すごく熱い砂の上で、ゴムサンダル履きの、アメリカ的に太ったおばあさんが、歩けなくなっているのを発見、私とヨルダン人のガイドが両腕を持って救助、でも、アメリカ人は見て見ぬふり、以外と冷たいなあと、想いました。おばあさんは、「日本人とアラブ人はやさしい」と大感激していましたが。これが「自己責任」の国アメリカの実態か?

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     これです、さっき似たのを見ましたね。こちらは手を下げていますが。

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 戻ると、さっきのイチジクの木の下でラクダが休んでいました。

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 ヴァーディ・ルムの赤い砂です。とても綺麗なので、たくさん採取してきました。何に使おうかな?ガイドは植木鉢に入れると良いよ、と言っていました。

 ガイドによると、アラビアのロレンスは、ヨルダンではあまり人気が無いとのこと、どうしてかと聞くと、「彼は、ホモセクシャルだったから」とのことでした。アラブ社会では、同性愛は認められていません。でも、必ず居るであろうアラブ人の同性愛者は一体どうしているのでしょうか?

 でも、中東問題に興味のある方は、是非「アラビアのロレンス」について調べてみて下さい。とても興味深い人物です。イギリスという母国に裏切られたロレンスは、帰国後、失意の中、1935年、オートバイ事故で他界しました。47歳の若さでした。

 映画「アラビアのロレンス」もお勧めです。どこかで手に入りますか?レンタルショップにあると良いのですが。ドイツではまだ見つかりません。

 これからまだまだ、「アラブ」ものは続きます。お楽しみに!
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2008/9/16

イスラム教とキリスト教  中東ヨルダン王国を行く

 今回、ヨルダンを旅してイスラム教の多彩な文化に触れる事が出来た。9.11以降、何かと誤解されているのが、アラブであり、イスラム教である。アメリカが世界中に蔓延させた、イスラム即テロリスムのイメージを払拭するにはあと一体何年かかるのだろうか。

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 ヨルダンの首都アンマンのホテルの天井。メッカの方向を示すステッカーが貼ってあった。敬虔なムスリム(イスラム教徒)は日に五回メッカへ向けて祈りを捧げる。


 イスラエルと違って、ヨルダンは平和で温厚な人々の国だ。エルサレムを歩くときは常にスリを意識していなければ、必ず何かを奪われるし、しつこい土産売りから逃げるのも大変だ。極貧のパレスチナ人と裕福なユダヤ人が常に対立しているイスラエル。その緊張から目を背けることは出来ない。

 しかし、ヨルダン王国では、泥棒やスリ、そして、しつこい土産売りから身を守る必要はない。元パレスチナ難民であるヨルダン人ガイドは、我々は「誇りと名誉」を重んじるから、安全な国になった、と云っていたが、何処かにドロボーやスリはいるのだろうが、一度も身の危険を感じることはなかった。

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 ヨルダンでは本当に子どもらしい子どもにたくさん出逢った。ここは古城カラック、少年グループが見学に来ていた。ピースなどというバカなことをしないのが良い。ペトラでは、駐車している車の中から、17歳の少女に「ハロー」と声をかけられ、しばらく英語で話しをした。「ヨルダンは素晴らしい国だね」というと、自分が褒められたかのように大感激して喜び、目を輝かせていた。こんな17歳の少女はもう日本にもドイツにもいないだろう。


 イスラム教には多くの戒律がある。ユダヤ教と共通のものもあるが、ユダヤ教が常にイスラム教を見下ろしているように、ユダヤ教徒は、ムスリムの作った料理を食べてはいけない、と云うタブーがある。しかし、イスラムにはそんなタブーはないので、「兄弟」であるユダヤ人の作った料理を食べることが出来る。ユダヤの祖先はイサク、アラブの先祖はイスマエル、二人ともアブラハムの子だ。しかし、イサクは正妻サラの子、イスマエルは妾ハガルの子である。ここに問題の原点があるような気がする。

 イスラム教のタブーを少しだけ紹介しよう。他人に自分の靴底を見せることは、その人を侮辱することである。だからアメリカ人のように机の上に足を載せて向かいに座っている人と話をすると云うことは絶対にあり得ない。だから、後ろ足を上げて小便をする犬は「不浄」の動物として嫌われている。犬としての存在が認められているのは、羊の番犬だけだ。だから犬をペットとして飼うことはあり得ない。

 男同士は握手してキスをして挨拶するが、女性と握手してはいけない。女性の前では、敬意を表すために右手を胸に当てる。人間は弱いものである、だからモスクで礼拝中、隣に女性がいると意識を神に集中出来ない、だから、モスクでは男女分かれて礼拝をする。

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 カラックに来たサウジアラビアの妻達。滅茶苦茶に暑いサウジアラビアから、「そんなに暑くはない」ヨルダンに避暑観光に来ているサウジアラビア人を多く見かけた。ヨルダンはかなりリベラルなイスラム国だが、サウジアラビアは超厳格だ。


 人間は弱いものだ、だから人妻に邪な思いを抱かぬように、既婚女性は顔と身体を覆うべきである。アンマンの街で女性下着の店を多く見たが、ど派手で凄くセクシーな下着ばかり売っていた。黒装束の下は凄いことになっているようだ。

 イエスは預言者としてムスリムから尊敬されている。「福音書」はイスラムの「準」聖典でもある。しかし、イエスが折角頑張ったのに、人類は良くならなかった。だから、神は新しい預言者ムハマンドを選び、最も新しい啓示を授けた。これが「コーラン」でありイスラム教である。だから啓示宗教の中でイスラム教が一番新しく、人類にマッチしていると、ムスリム達は考えている。

 イエスはムハマンド同様に「神の僕」(アブダラー)である。決して「神の子」ではない。だから「三位一体」はない。

 偉大なイエスが十字架に架かって死ぬはずがない。神はイエスを守って、エリアやムハマンドのように、生きたまま昇天させたに違いない。十字架で死んだのはイエスの弟子か兄弟の一人に違いない。だから復活もあり得ない。

 ムスリムは議論好きだから、以上のようなキリスト教の根本問題について、永遠と議論することが出来るが、いつまで経っても平行線で終わるだろう。しかし、宗教の違いを乗り越えて、ムスリムと「友」になる事は出来る。イスラムは本来、寛容を非常に重んずるからだ。ムスリムが最も嫌うのは、「無神論者」である。しかし、それが何であれ、宗教心があれば、彼らと親友になることも可能だろう。キリスト教徒の多くが寛容を再び持つようになれば、世界平和は夢ではないのに、と思った。
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2008/9/14

イエス洗礼の地と死海を訪ねて  中東ヨルダン王国を行く

 以前は地雷が何万個も埋められていた嘗ての敵国イスラエルとの国境の前線に、イエスが洗礼者ヨハネによって受洗した地、ベタニアがある。今は数年かけて地雷がすべて回収され、再びこの聖なる地を訪問できるようになった。今も軍事地区に変わりはないが、多くの人がここを訪れる。幸運なことに、私たちはガイドの計らいで、ガイドと三人だけでここを訪れることが出来た。

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       車で一路ベタニアに向かう。

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 ここが、イエスが洗礼を受けたと推定される場所。今、発掘中の「洗礼者ヨハネ教会」の遺跡も見える。イエス当時のヨルダン川は、幅が200メートルもあったと考えられている。池のようなところで、後の原始キリスト教徒が洗礼を受けた。

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     ビザンチン時代の「ヨハネ教会」と「受洗所」の復元図。

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 少し行くと、今の川幅の狭くなったヨルダン川に着く。ヨルダン川が国境で、向こう側がイスラエルだ。以前は、イスラエル側がイエス洗礼の地と考えられていたが、数年前にヨルダン側に多くの遺跡が見つかり、イスラエル側ではないことが明かとなった。
しかし、イスラエル側には、今も「イエス洗礼記念館」らしき建物が、イスラエル国旗と共に虚しく残っている。これで、年間数百万人の観光客が、イスラエルにではなく、ヨルダンに来るようになった。

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 死海はもう目の前、ヘルモン山の雪解け水がヨルダン川の水源だ。

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 ヨルダン川の水に足を入れると、「ペトロ魚」の稚魚がたくさん寄ってきた。見えますか?

       

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 世界で一番深いところ。死海です。海抜マイナス400メートル以上。ここでは日の光の紫外線が、400メートル以上の空気のフィルターで無くなり、日焼け止めクリーム無しで、一日中、日光浴が出来ます。そして、絶対に沈まない水面に浮かんで仰向けになると、本当に不思議な気分です。

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 白砂かと思うと、全部塩の結晶でした。水の中には一切生物はいません。水は体に滲みます。傷なんかあると、飛び上がるほど痛いですよ。目に入ったら大変です。15分以上死海の水に浸かると良くありません。

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 死海に咲く花。今は、どこからか真水を引いてきて、こんなに美しい花々が死海にも咲いています。死海は、古代から船造りには欠かせないコールタールの産地でもありました。来年また来ることができることを願いつつ。途中から「ですます体」になりましたね。どうしてかなあ。
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2008/9/10

ペトラ・ナバテア王国遺跡訪問記 その3  中東ヨルダン王国を行く

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 ペトラのお土産屋さんです。小さな子どもが、店番なんでしょうが、日陰で寝ていました。見えますか?まだ夏休み中だったので、たくさんの子どもが店を手伝っていました。

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    ペトラ独特の美しい砂岩を売っている店ですが、誰もいません。

     

    こういう感じで、岩の中に多色の縞模様が至るところに見えます。

     

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    ビザンチン時代の教会の遺跡です。美しいモザイクが見所。

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    つがいの、すなわち雄と雌の動物が描かれているモザイク。

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おおらかな、おっぱいの出た女性、後のキリスト教会では許されない描写です。セックスをタブー視するようになったのは、割と最近のことで、本来のキリスト教は寛容で、度量が大きいのです。

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     良い感じの十字架です。円の中の十字、太陽の十字架の変形でしょう。

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洗礼をするための「水槽」跡です。この中にどっぷりと水に浸かって洗礼を受けたのです。

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「おおー!!珍しいのがいるぞ! ついてますね」とガイドが叫んだ。見えますか?右下の岩の上に・・・

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普段は高い山の上にしかいないというこの青いトカゲ、本当に珍しいのだそうです。かなり近づいても動じることはありませんでした。どなたかこのトカゲの名前を教えて頂けませんか。

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            ロバもたくさんいました。

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そろそろ、ペトラとお別れです。来年の7月にキリスト者共同体のボーフム集会とミュンスター集会で「ヨルダン旅行」をすることに決定いたしました。団長は不肖小林が務めます。日本からの参加も歓迎です。全部ドイツ語の解説となりますが・・・

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    ペトラの夕陽。ホテルのテラスから見たペトラの岩山です。
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2008/9/1

ヨルダン携帯電話事情  中東ヨルダン王国を行く

 ドイツでも携帯電話は、かなり普及していて、今では電車の中でも携帯で話すのは当たり前になっています。日本じゃ電車の中では禁止だよ、と言うと、じゃ、何のために携帯電話を持って歩くの?、と聞かれてしまいます。携帯のスイッチを切らなければならないのは、病院だけではないでしょうか。

 ヨルダンの携帯電話の普及率はかなり高いようです。至るところで携帯で会話中の人を見かけます。

      
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    走り去るトヨタのトラックを前に、携帯を楽しむマドバのお兄さん。

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        十字軍に対抗するために築かれた古城の中で。

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 ベドウィンのおじさんも夢中です。電話線を引くとなると大変なヨルダン。地形的に、固定電話を設置出来るのは都市だけですから、遊牧民のべドウィンにもかなり携帯は普及しているようです。日本人同様、しゃがむのが好きみたいですね、アラブの人も。ドイツ人はまずしゃがんで何かをすると云うことはないですが。アラブは、やはりもうアジアなのですね。これからもっと、アメリカに操られない、本当のアラブ像が日本に定着することを願います。ある意味、中国よりも魂的に親戚なのは、アラブかも知れません。アラビアは、私たちが思っているよりももっと日本的です。これから、もっと多くの、アラブ支持者が増えることを願っています。
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2008/8/30

ペトラ・ナバテア王国遺跡訪問記 その2  中東ヨルダン王国を行く

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 ペトラをより高い山の上から見ると、ここにナバテア王国の首都があるとは思えません。

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 ナバテア王の宮殿に向かいます。ナバテア人は死者と同居していました。住居内には死者を納める場が必ずあります。遺体は、内臓を全て取り去り中に塩を詰めたことが分かっています。

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          これが宮殿の入り口です。

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 宮殿の内部です。十数年前までここにナバテア人の末裔が住んでいたとか。

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           宮殿の上から見た景色です。

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 宮殿の近くにある「露天骨董商」、一応違法ですが、盗掘品を堂々と売っています。
まあ、自分の祖先の残した物だから、いいか。そういえば、ヨルダン航空の機内で誰かトイレの中で、タバコを吸っていたが、誰も何も言ってなっかたな。

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 古代から伝わる、双六のようなゲームに興じるナバテア人の末裔。とても気の良いおじさん達でした。

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        これが「革袋」、福音書によく出てきますね。

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 クイズ! 袋物ついでにこれは何でしょう?ペトラ内の休憩所にあります。
  ビニール袋に水が詰めてあり、柱に括り付けられています。答えはこの連載の最後に。正解者にはヨルダンで買ってきたポストカードをドイツから送ります。欲しい人は住所も教えて下さい。

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  動物を犠牲にした「供儀」の山。頂上で羊や牛を屠ったらしい。

   
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 神殿、住居、墓などが延々と続きます。今回は一日だけの滞在でしたので、全部を見ることは出来ませんでした。でも、約八時間歩き回りました。

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 「王のロウソク」という名の花のつぼみ。この乾燥した荒野に咲く花。ガイドによると、この花が咲くと「秋」が始まるとか。

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 ピスタチオの古木。樹齢500年くらい。スーパーなどで袋詰めの
ピスタチオをよく見かけますね。

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            ピスタチオの実です。
                                つづく

                           
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2008/8/25

モーゼの海、紅海の夕陽  中東ヨルダン王国を行く

 こんなことが出来るのですね。少し遊んでみました。ここはヨルダン南端の港町、アカバ。エジプトはすぐそこです。ここの海岸で泳いでいるとき、砂の中から、ビザンチン時代の土器の破片を見つけました。とにかく歴史のある所です。毎日40℃以上、三泊しました。でも湿気がないから、日陰は本当に涼しいのですよ。


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2008/8/22

ペトラ・ナバテア王国遺跡訪問記その1  中東ヨルダン王国を行く

 以前から憧れていたペトラに行ってきました。ペトラとは、あのキリストの弟子「ペトロ」と同じ語源で、「岩」を意味します。この遺跡は、謎の多い民族、ナバテア人の王国の首都であったところです。この都は外からは全く見えないように造られ、この遺跡の存在も長い間知られることもなく、ようやく1812年にスイス人、ブルクハルトによって再発見されました。使徒パウロもここを訪れたと推測されます。

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 向こうに見える岩山がペトラです。ホテルのテラスから撮影。

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 ここが「入り口」です。幅が2メートルくらいの狭い道を約2キロほど行きます。シーズンオフとは言え、結構たくさんのツーリストがいました。わいわいと本当にうるさいイタリア人、知的な説明に静かに耳を傾けるフランス人、オランダ人もうるさいですね。しかし、私たちはゆっくりと、ガイドの丁寧な説明を聞きながら歩いたので、うるさい団体さんは通りすぎ、時にはガイドと三人だけになることもしばしばあり、岩の静寂を味わえました。

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 凄い渓谷です。岩は赤い砂岩です。

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 途中で見かけた、ナバテア人の「神」の顔。目と鼻しかないのは、神はすべてを見、匂いを嗅いでいるが、口がないので、「沈黙」するという意味らしい。

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 馬に乗った警官。ヨルダンでは、べドウィン人だけが砂漠地帯の警察官になれるらしい。

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 向こうの明るいところに何かが見え始める。

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 ようやく見えてきた「エル・カズネ」、通称「宝物殿」。実際は墓と神殿らしい。
映画「インディー・ジョーンズ・最後の聖戦」のロケ地となってあまりにも有名に・・・

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 長年の夢が叶った! 壮大無比です。
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 証拠写真です。ラクダもカメラ目線です。

   

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 この狭い谷の隙間が外部への出入り口です。

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 これは「イシス神」。この裏に宝物を納める空間があると聞いた連中が発砲した跡が生々しく残っています。結局宝物は見つからず。あったのは岩だけでした。

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 砂岩にしみこんだ塩分を多く含む水によって生じた多色の縞模様が至るところに見えます。
 ペトラの遺跡は、ここだけではありません。エル・カズネから街は始まり、数多くの神殿、墓、住居、劇場などが続きます。山の上にもたくさん遺跡があり、最低でも三日くらいはかかるでしょう。

                            つづく
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2008/8/19

アラビア料理はうまい!  中東ヨルダン王国を行く

 日本では、まだまだ知られていないアラビア料理。以前、イスラエルに行ったとき、私はその味に魅了されました。ドイツでは、やはりトルコ料理が主流ですが、最近はアラビア料理も少しずつ、知られるようになりました。

 とにかく、野菜料理がうまい。色々な野菜のピクルス風「漬け物」、サラダ、それに忘れてはいけないのが、いろいろある豆料理。中でも、必ず出てくるのが、「エジプト豆」、ドイツ語では Kiechererbsen と云いますが、「ひよこ豆」と同じものかは、まだ分かりません。どなたか教えてくれませんか?

 この「エジプト豆」のペーストに「胡麻」のペーストを加え、さらにニンニクやスパイスを入れて練り、これにオリーブ油と新鮮なレモンの絞り汁をかけて、インドのナンをまるくしたようなアラビアパンにつけて食べます。これにサラダと漬け物があればもう何も要らないくらいにうまいのです。このペーストを Hummus、 フムスと呼びます。

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 一番手前の白いペーストが「フムス」です。多彩なサラダがそれに続きます。オリーブ油や、辛くてうまい「唐辛子ソース」なども見えます。レストランでは、大概、こんな感じで、「ビュッフェ」形式、食べ放題です。だいたいどこも10デナリ、今のレートだと、高い感じですが、1500円くらいでしょうか。

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 サラダ類の隣には、ラム肉、鶏肉、子牛肉のあたたかい料理がずらりと並んでいます。ナスの挽肉入りトマトソース煮もうまい。

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 デカポリスのひとつゲラサ、Gerasa または、Jerash のレストラン。今は、シーズンオフですいています。

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 これはで前菜ですぞ。ペトラの近くのホテルレストランで。今回の旅行は、朝食と夕食が込み、毎日、食べるのが楽しみでした。痩せようと思う方は、ヨルダン旅行は不向きです。

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 謎の古代都市「ペトラ」内にあるレストラン。壁の岩の縞模様は、ペトラ独特のものです。この「ペトラ」については、次回、写真をたくさん入れて報告します。

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 これは、首都アンマンにある、昔の「キャラバンサライ」をそのまま使った高級レストランの内部。ここは見学だけでした。でも、厨房の人から焼きたてのパンをもらい、つまみ食いをしました。

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 食後は、「水パイプ」で何時間も、喫煙を楽しむのがアラブ風の「デザート」のようです。もうかれこれタバコをやめて8年の私には無縁ですが、いろいろな味があるみたいです。リベラルなヨルダンでは、最近女性の間にもこの水パイプを吸う人が増えているとか。ここは、イラク国境近くの、べドウィンのテントの中で撮影した水パイプです。

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 ヨルダンの人は米もたくさん食べます。これはアンマン市内で見かけた看板。
次回はいよいよ、ペトラを特集します。これからもよろしく!
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2008/8/17

マネキンとメロン・アラブはケバイ  中東ヨルダン王国を行く

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 キンキンギラギラ、極彩色、これがアラブの世界です。チョットピンぼけですが、このマネキンは実に良い味を醸し出していますね。Madobaと云う町の商店街で見かけた洋品店です。

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 これはアラブ風の「トラック野郎」か!またしてもピンぼけですが、それが気にならないほどに強烈な色と柄です。こういうトラックをヨルダンではよく見かけます。

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 マドバの郵便局にたむろする少年たち。何をしているのか、していないのか、さっぱり分かりません。青少年の溜まり場は、日本はコンビニ、アラブは郵便局か?郵便局の窓口で並ぶ人はいません。みんな一斉に何かを求めて叫んでいました。結局、切手は買えず。
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 雑貨店も良い味ですね。アラブの人は造花が好きみたいです。どこでもたくさん売ってます。左上につり下がったヤカンは、涙が出るほどに良い感じです。

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 ケバイ色彩にのどは渇く。この壮大なる風景の中、車を止めて、今が旬のメロンを食べる。ここはかつて「乳香」を運んだ「王の道」、黒く見える山は、死火山です。これからあの映画「インディー・ジョーンズ」で一躍有名になった、岩の町「ペトラ」に向かうところです。

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   ガイドのヨナスがメロンを切り分けます。するとたちまちどこからとも無くハエの大群がやって来ました。

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 甘くて、ジューシーで、すごくうまいヨルダンメロン!メロンにはウルサイ、北海道出身の私も目をむくほどの美味でありました。でも凄いハエの大群、動きながらメロンを頬張るのがアラブ風の食べ方。大きなメロンを二個、ドライバーの巨漢マーザンも加わり、四人でペロリと平らげましたぞ。ヨナスがメロンを買ってきたので、値段は分かりませんが、おそらく一個200円くらいでしょう。
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 メロンをむさぼるガイドとドライバー。8月7日(木)のことでした。これからもおもしろい画像をたくさん載せてヨルダンの魅力を紹介します。お楽しみに。
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