「わたしはあなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈った」 こうイエスさまが言っておられることです。
私どもは、神さまを信じるという道に歩み始めますが、その信仰すら、ただ一つこれだけが、すべてのものに絶望しても、ただこれだけが、これからの私の生き方だと、こう思い定めておりますイエス・キリストに対する信仰すら、私どもは失うことがある。それをイエスさまはここで示しておられます。
私どもはよく、信仰の強い人、弱い人、信仰の大きな人、小さな人というような見方の中で、人を見、また自分を見てまいります。しかし、ここでは、強弱大小ではなくて、信仰の有無、あるかないかということだけが言われております。あなたの信仰が弱くならないように強くしてやろうというのではないし、あなたの信仰が小さくなってしまわないようにもっともっと大きくしてあげようというのでもない。「お前の信仰が無くならないように私は祈った」 これが信仰の世界の本質であると思います。
私どもは信仰というものを見くびってはいけない。信仰だけが私どもの生きるよすがですけれども、その信仰をみくびってはならない。だんだん強くなってきたようなことを考えてはならないし、そのことが、人間の私どもの修養や努力や手数によって、いよいよますます強くなっていくような、甘えた考えを持ってはならない。いつもいつも、本当に有るか無いかということが、イエスさまの前に問われている。そして、そこで、「そのお前の信仰は、わたしが与え、わたしが支え、わたしが無くならないように祈ってやっているのだ」 こうイエスさまが言われている声を聞かなければならないと思います。
清水恵三
1986年7月20日礼拝説教
ルカ22:31-34「信仰がなくらないように」(病床説教)
『近づきたもうキリスト』教文館、1987年、pp.113-114.