
「だから、以前のような生き方をして情欲に迷わされ、滅びに向っている古い人を脱ぎ捨て、心の底から新たにされて、神にかたどって造られた新しい人を身に着け、真理に基づいた正しく清い生活を送るようにしなければなりません」エフェソ4:22-24
人間の性質や性格が変わる、というのは、実に奇跡だが、神の民の中には、本当にそういう人がいる。これは、疑い得ない事実だ。人間に対する神のみわざは、いつでも驚くべきものだが、これも、そのひとつである。そうした人々は、単に外側の振る舞いが変わっただけではない。好みも、欲も、嗜好も、性質そのものまでもが、変えられてしまったのだ。
これは、人間の道徳的性質の道理に、全然反している。およそ、人間の性格というのは、ひとたび決まれば、ずっと変わらぬものだ。悪しき性質は、悪しき傾向として固着し、悪しき嗜好は悪しき選択として固着し、悪しき人間はどんどん無力になって、自分で自分を変えることが不可能となる。
まさにそれゆえに、幼少時代から悪に染まって育ったような人が、全く変えられて、善を愛し、善を行うようになるのを見るとき、われわれは、こう叫ばざるを得ないのだ。「これは、聖霊のみわざ以外に考えられない。神は生きておられる!」
見よ、新しき創造が、夜明けを迎える!
見よ、わたしは、神の命のうちに、立ち上がる。
わたしの魂のうちに、復活の朝が訪れる。
わたしは、キリストのもの。キリストは、わたしのものだ。
ブラムウェル・ブース大将『ブラムウェル・ブース語録』