聖書 マルコ2:1-15
1.主イエスは、中風の患者を戸板に載せて運んで来た四人の男たちの信仰をご覧になって、感心され、奇跡をもって、男たちの信仰に、応えてくださいました。
2.信仰は、個人のものである、と常日頃強調されます。しかし、一歩間違いますとそれは、人生のあらゆる重圧を、ひとりですべて、信仰的に背負い込まなければならない、という、ゆがんだ思い込みになります。往々にして、弱いわたしたちは、重圧に圧しつぶされてしまうのです。
3.今日の聖書で主イエスは、中風を患う本人ではなくて、それを助けた四人の男たちの信仰をご覧になった、と言われています。ここから、わたしたちもまた、自分の信仰が弱りは果てたときには、信仰の仲間たちの助けを受けて良いのだ、他の人の信仰に頼ってもよいのだ、ということが言えるでありましょう。
4.主イエスはまた、「霊の力によって、人の心の思いをすべて見抜いておられた」と、今日の聖書に言われています。
5.わたしたちはみな、他人から伺い知られることのない「秘密の場所」を心に抱えて生きています。そうして、主は、わたしたちの心の内奥の思いを、すべて見抜いておられる、というのです。
6.これは、恐ろしく、恥ずかしく、いてもたってもいられないことです。しかしまた、自分の思いをすべて知っていてくださるお方がおられるとは、なんという救いであり、なんという恵みでしょうか。
7.十字架と復活によって、どのような罪をも赦す権威を持っておられる主イエスは、わたしたちの心の内奥の汚い思い、恥ずかしい思い、地獄の火で焼かれるべき思いを、すべて見抜かれた上で、わたしたちに、悔い改めを促されるのです。
8.わたしたちは、自分を隠したり、取り繕ったりするのでなく、裸の自分で、主の御前に立ち、悔い改め、赦しを祈り求めることができるのです。そうして主は今日も、「子よ、あなたの罪は赦される」とお語りくださいます。
2005年10月2日(日)三位一体後第十九聖日
説教要約
説教者 山谷 真 少佐