聖書 マタイ5:38-48
1.「父が完全であるように、あなたも完全になりなさい」と、今日の聖書は言います。しかし、わたしたちは、いまだ神を見たことがありません。それゆえ、父の完全さがどれほどか、知ることができません。ところが、神が「ひとのかたち」を取って、お出でくださいました。それがキリストです。キリストは、「わたしを見た者は父を見たのだ」「わたしと父とはひとつだ」と言われました。このキリストのお姿の中に、わたしたちは、父なる神の完全さを見るのです。
2.キリストは、(1)友のないザアカイの友となられました。(2)売春婦として差別されていたマグダラのマリアの友となられました。(3)騒いでいる子どもたちを追いやらずに、呼び寄せ、手を置いて祝福されました。(4)弟子たち全員に裏切られ、見捨てられ、ペトロからは「こんな人など会ったこともない」とまで言われたのに、すべて赦して、ふたたび受け入れなさいました。(5)自分を十字架に付けた人たちを目にしながら「父よ、彼らをお赦しください。何も知らずにしたことですから、その罪を不問にしてください」と祈られました。
3.このイエスのお姿に、わたしたちは、父の完全さがどれほどすごいかを見るのです。そうして、「あなたもそういう者になりなさい」と、今日の聖書は言うのです。
4.ひるがえって自分を省みるなら、わたしたちは、とても主のようにはなれそうもない現実に、思いを至らせられるのです。わたしたちは不完全な人間です。
5.しかし、不完全なわたしたちをなおも愛して、父なる神はわたしたちに、自然の恵み、人生の恵みを注いでくださいます。不完全なわたしたちをなおも愛して、キリストは十字架に命を捨て、わたしたちを赦し、「さあ、立ち上がって生きなさい」とおっしゃってくださいます。
6.自分が不完全な人間であることを自覚しましょう。そして、不完全なわたしたちをなおも愛し、祝福し、恵みを注いでくださる、キリストの愛、父の愛、神の完全な愛に、わたしたちの心を開きましょう。そのとき、わたしたちは「不完全な隣人」を赦すことができるように、心の度量を少しずつ拡げられて行くのです。
2005年10月16日(日)三位一体後第二十一聖日
説教要約
説教者 山谷 真 少佐