聖書 ルカ17:11-19
1.重い皮膚病を患っていた十人は、大声で、いやしてくれるよう、主イエスに叫び求めました。その十人の信仰は、こたえられて、イエスの力によって十人はまったくいやされました。
2.ところが、そのうち九人は、イエスのもとへ二度と戻って来ませんでした。これは、たとえ大病のいやしのような大きな神の力を経験しても、必ずしも個人的にイエスに結びつけられるわけではないことを、暗示しています。
3.九人は戻って来ませんでしたが、一人は戻って来ました。九人に欠けていて一人が持っていたのは、神を賛美する信仰でありました。
4.これは、神の恵みに心を打たれ、その結果、感謝の祈りと賛美の歌声を、自分の外に向かって表現せずにはいられない、という信仰です。
5.戻って来た一人は、イエスの前にひれ伏した、という点にまた、特別な注意を払いましょう。戻って来た一人は、イエスの前にひれ伏しましたが、まさにその「ひれ伏す信仰」のゆえに、彼は救われたのです。実に主イエスが「あなたの信仰が、あなたを救った」とおっしゃっておられるとおりです。
6.「叫び求める信仰」だけなら、いやされることはできるでしょう。「賛美する信仰」だけなら、喜びに満たされることはできるでしょう。しかし、魂が救われ、永遠の生命に与るには、「ひれ伏す信仰」がぜひとも必要であったのです。
7.「ひれ伏す信仰」とは、(1)イエスにまったく身をゆだねること。(2)イエスの救いの力にまったく信頼すること。(3)イエスに人生をおまかせすること。(4)イエスに人生の「主」となっていただくことです。
8.ユダヤ人である九人は、神の選民でありましたが、「ひれ伏す信仰」を持ちませんでした。異邦人のサマリア人は、「ひれ伏す信仰」を持っていたがゆえに、救われました。そうして、わたしたちが救われるのもまた、この、イエスの前に「ひれ伏す信仰」によるのです。
2005年8月28日(日)三位一体後第十四聖日
説教要約
説教者 山谷 真 少佐