2008/1/31  3:44

踏み出せば、その一足が道となる  プロレス

 プロレスを見始めたのは小学校低学年の頃。ジャイアント馬場率いる全日本プロレスです。長野の田舎では当時、日曜の夜にテレビ放送していたと記憶しています。民放が2局しかないため、確か「ラブラブショー」(?)が終わった後に、日本テレビのスポーツテーマが流れたような……。いずれにせよ、眠い目をこすりながら祖母と、アブドーラ・ザ・ブッチャーがテリー・ファンクの腕にフォークを刺したり、ザ・シークが火を噴いたりしたのを見ていました。

 中学生になるとタイガーマスク(佐山サトル)が登場、一大プロレスブームが巻き起こりました。みんなが新日本プロレスファンになる中、かたくなに全日派を守り続けました。とはいえ、やはりアントニオ猪木はオーラがあり、ある時代まではファンをわくわくさせる魅力が本当にありました(猪木の人間性は甚だ疑問、最近の言動も勘弁して欲しい)。

 NWFのベルトを封印し、世界統一を掲げて開催したIWGPの第一回トーナメントの決勝戦。エプロンでハルク・ホーガンのアックスボンバーを食らって、舌を出したまま失神した姿が画面に映し出され放送は終了。「猪木!死ぬなよ」 日本中の3000万プロレスファンは、まんまと猪木にだまされました(笑)

 東京ドームでの引退試合には会社の同僚と駆けつけました。ドン・フライを破った後のセレモニーで猪木が語った新日の道場訓は、「前向きに生きろ」と背中を押してくれる素晴らしい文句だと思います。

   この道を行けば どうなるものか

   危ぶむなかれ 危ぶめば道はなし

   踏み出せば その一足が道となる

   迷わず行けよ 行けばわかるさ
 


(全くプロレスと関係ありませんが、ロイ・オービソンのスイートボイスをどうぞ)

ONLY THE LONELY (Roy Orbison 1960年)

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2008/1/30  1:21

「原風景」をたどり、確認する作業  ライフスタイル

 博報堂が昨年末に発表した2007年の消費トレンドに関するレポート。その中で印象的だったのは「原景(懐かしさ)消費」というキーワードでした。デジタル技術の進化や商品・サービスの多様化で、過去の憧れや実現できなかった楽しみを再び探し、繋がり直せる商品・サービスに注目が集まったと分析しています。

 僕が1月18日から始めたこのブログ「この胸のときめきを〜〜 MY GRAFFITI」も、自らの「原風景」をたどり、確認する原景消費の一つかもしれません。アイビーやロックンロール、プロレスなど多感な時期に興味を持った事柄は、その後の価値観の形成に大きな影響を与え、時に増幅した形で現れ、己を刺激するような気がします。

 所得環境は厳しいですが、2008年について博報堂は「進化する情報環境と多様化する商品・サービスをテコに、さらに自分の知的・身体的レベルを上げる『ハードル上げ』の欲求が、強く消費と結びつく」と予測しています。

GREEN,GREEN GRASS OF HOME(Elvis Presley)

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2008/1/29  2:42

OLDIES BUT GOODIES その2  オールディーズ

 キャロルやクールスのアルバムに入っていた曲が僕のオールディーズ・ファン歴の始まりです。

 兄貴の部屋から流れてくる曲を聴き、不在のときにこっそり部屋に入ってレコードに針を落としたり。その後、映画「アメリカン・グラフィティ」や「グローイング・アップ」を見て、自分でもレコードを買ったり、貸しレコード店でグローイング・アップのサントラ盤などを借りてカセットテープにダビングするようになりました。
 
 思い返せば、「白いジャンプスーツを着たもみ上げが立派なアメリカの歌手」といったイメージでしかなかったエルヴィスに触れたのも、クールスがカバーしたI NEED YOUR LOVE TONIGHTでした。

 この曲は本当にノリが良く、チャビー・チェッカーが巻き起こしたツイストブーム以前のロックンロールの中ではAT THE HOPなどと1、2を争うダンスナンバーではないでしょうか。初期1950年代のエルヴィスでは、I WANT YOU,I NEED YOU,I LOVE YOUと並んで大好きな1曲です。

I NEED YOUR LOVE TONIGHT(Elvis Presley 1958年) 

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2008/1/20  2:21

レッツ・ロックンロール!……珠玉の41曲  ライフスタイル

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 映画の中で懐かしい音楽が登場するのは当たり前ですが、かつての時代を思い出すために当時のヒット曲を使う手法は「アメリカン・グラフィティ」(1973年、監督ジョージ・ルーカス)が初めてだったと言われています。

 ジョージ・ルーカスは1950年代から60年代初頭にかけてヒットしたロックンロール、ポップス、ドゥーワップをBGMとすると同時に、ウルフマン・ジャックのDJ入りで、ドラマに並行して進むラジオ放送にも使いました。

 その数は41曲。
ROCK AROUND THE CLOCK(Bill Haley And The Comets 1955年)から
GOODNIGHT,WELL IT’S TIME TO GO(The Spaniels 1954年)
ALL SUMMER LONG(The Beach Boys 1964年)まで。

 どれもイカした曲。その時々によって最も好きな曲が変わるのですが、いまこのブログを書いている気分で言えば、2曲目に流れたこの曲です。

SIXTEEN CANDLES(The Crests 1958年)

 
 クレスツはホワイト・ドゥーワップグループ。
 リードボーカルのジョニー・マエストロは後にブルックリン・ブリッジでも活躍しており、今でも当時と変わらないスイートボイスを披露しているようです。

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2008/1/19  1:20

1962年の夏、あなたはどこにいましたか  ライフスタイル

 映画「アメリカン・グラフィティ」が1973年に初公開された当時のキャッチフレーズ。

「1962年の夏、あなたはどこにいましたか」

 62年はケネディ(JFK)大統領も健在で、米国が物質的な豊かさを謳歌した時代(影の部分では強い黒人差別が残っていた時代)であった。その後わずか11年。公民権運動が高まり、ベトナム戦争は泥沼化。ドラッグの蔓延など米国社会は混乱と混迷の度合いを深めていった。

 ウオーターゲート事件の波紋が広がった73年。米国民は「希望に満ち溢れていたアメリカ」へのノスタルジーをこの映画に感じたのだろう。

 もちろん僕自身は62年はまだ生まれていない。日本公開の74年でも小学校低学年で、当時の時代状況を理解しているわけでもない。

American Graffitiオリジナル劇場予告編
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