2008/9/23  9:47

Oh!愛しのガールグループ 80年代編  オールディーズ

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 1990年代以前は日本国内の音楽チャートの1位に洋楽が入ることがありました。アイドルを含め海外のミュージシャンが来日し、よく夜のヒットスタジオやミュージックフェア、レッツゴーヤングなどの歌番組に出演(クチパクが多かった)していました。

 中学校に上がったころ、好きだったのが英国(生まれはアイルランド)の姉妹グループ、ノーランズです。ソフトバンクモバイルのCMでも使われた「ダンシング・シスター(I'm in the Mood for Dancing)」はオリコン1位を獲得。続く「恋のハッピー・デート」もヒットしました。

 アラベスクなどセクシーな雰囲気を売りにするグループが多い中、モリーン、リンダ、バーニー、コリーンの4人は清純で隣のおねえさん的でした。

恋のハッピー・デート
GOTTA PULL MYSELF TOGETHER (The Nolans 1980年)



 このビデオクリップを今見ると結構セクシーですね。

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2008/9/23  9:47

ボーイ・ハント〜3変化  オールディーズ

WHERE THE BOYS ARE(ボーイ・ハント)


この曲はコニー・フランシスが主演したMGM映画の主題歌。ニール・セダカが提供し、1961年に全米4位を記録しました。

やっぱりオリジナルの魅力にはかないません。
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2008/9/23  9:47

ノスタルジック・トラディッション  ライフスタイル

 中学生の頃にアイビーに出会いました。
 アイビーと言えば、VAN(ヴァンヂャケット)ですが、僕は何故かマクベス(MACBETH)というブランドにも惹かれました。VANと同様に尾錠付きパンツや三つボタン上二つがけのピュア・アイビー・モデルのスーツを扱っていましたし、スタジャンもかっこよかった。キャッチコピーはいくつかありましたが、「ノスタルジック・トラディッション(NOSTALSIC TRADITION)」という響きが印象的でした。

 初めて買ったネイビーブレザーも、ヘリンボーンのツイードジャケットも、ステンカラーコートもみんなマクベスでした。

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 オーナーの伊藤紫朗さんは何冊か本も出し、たまにメンズクラブの広告でもアイビーやトラッドの薀蓄を紹介していました(広告はそんなに頻繁ではなかったように記憶していますが、メンクラのプレゼントコーナーに毎月商品を提供していました)。

 また、VANに対するKENTのように、マクベスは卒業生用にChipp(マクベスアメリカ)というブランドを用意。ニューヨーク五番街にあったメンズショップと提携してもので、同店のオーナー、シドニー・ウインストン氏の名前をブランドにしたブリティッシュアメリカンのスーツもラインナップしていました。

 伊藤先生はまだまだお元気で、繊研新聞や雑誌「激流」でニューヨークのメンズファッション事情をレポートしておられます。 

 マクベスは渋谷や高知などに直営・FCの「ボタンダウンクラブ」という店舗も展開していた時期があり、VANよりアイビーらしい雰囲気を持ったブランドでした。


DOWNTOWN(Petula Clark)
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2008/9/23  9:46

そして僕はアイビーの洗礼を受けたU(2月はIVY特集号)  ライフスタイル

 つい最近、年が明けたと思ったら、もう2月。今年は「本厄」だけに健康が第一。とは言え、生来の欲張り気質から「今年こそは」と色々と心に誓いました。しかし、はやくもトーンダウンしているものばかり。新日本プロレスの道場訓を口ずさんで、「もう一度、元気で行こう」と自分に言い聞かせる今日この頃。そう、2月3日は節分。旧暦では大晦日にあたりますから、新たな年が始まると思って気分一新したいものです。
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 2月といえば、雑誌「メンズクラブ」はアイビー特集がお決まり(厳密に言えば2月号なので発売は1月10日ですが……)。僕は1980年代にメンクラを熱心に読んだ世代。2月号はオーセンティックなアイビーのアイテムや着こなしが特集され、またアイビーの歴史や薀蓄を学べる、まさに「教科書」でした。

 写真は今から21年前、DCブランド旋風が吹く、僕が大学1年だった1987年当時のもの。アイビーの基本を押さえつつも、ヌーベル・アイビーといった言葉が踊っているところに、その後の「アイビー冬の時代」を予感させる一冊です。象徴的なのは編集後記の隣(裏表紙のウラ)が指定席だったVOXの広告。三つ文字ブランドが「Fancy Ball」という、アイビーとはかけ離れたヨーロピアンテイストのブランドを取り上げているのですから。

 それから10年も経たない間に、復活したVANを除き、VOX、マクベス、ハーバード、ユニバーシティーショップといった尾錠付きパンツを扱っていたアイビーブランドは姿を消しました。バブル崩壊後の「失われた10年」はアイビー派にとっても同様に暗黒時代だったと言えます。

 思い起こせば、四畳半の安アパートに住んでいた大学2年生のこと。
「今度、マハラジャでダンパを開くから友達誘って来てよ」――K大学に通っている隣の部屋に住むO君から突然のお誘い。パー券代は確か6000円。懐は痛かったけれど、淡い期待を胸に六本木に乗り込みました。

 貸切だから入り口での服装チェックはなし。会場に入ってみると、参加者の男性はみな肩パットが入ってゴージが低いラペルのジャケット、股上の深いパンツ。そこに一人だけブレザーにちびボウタイ、ブルーオックスフォードの尾錠付きパンツという異質な出で立ち。女の子と話もせず、「俺はこれでいいんだ。みんなそんな格好でいいと思ってんのか」と自分に言い聞かせた辛い思い出でした。
 
 ちなみに、一緒に行った田舎の友達4人はしっかり丸井のカードで買った、ペイトンプレイスやグラスメンズといったDCブランドを着ていました。

A TEENAGER IN LOVE(Dion & The Belmonts 1959年)

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2008/9/23  9:46

ドゥーワップの名曲とアイビーのただならぬ?関係  オールディーズ

 ドゥーワップの名曲中の名曲と言えば、数多くの人がIN THE STILL OF THE NIGHTを挙げるのではないでしょうか。この曲は1956年にThe Five Satinsが歌い、ビルボードで最高24位を記録しました。Five Satinsのメンバーの出身地と、この曲がレコーディングされたのは同じ米国コネチカット州ニューへブンだそうです。

 そう、アイビー派にとってニューへブンといえば、アイビーリーグ8大学の一つ、イエール大学の所在地であり、ブルックスブラザーズと並ぶ憧れのブランド「J・PRESS」の店舗がある地。写真集「TAKE IVY」やメンズクラブの現地取材レポートでキャンパスの風景を何度も目にしており、街の名前に憧れと親しみ感じます。

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(以前読んだメンクラでの記憶ですが、服飾評論家の方がJ・PRESSのニューヨーク本店で「アイビー・リーグ・モデルはニューへブンのイエール・キャンパスから始まった」とする新聞のスクラップを見せてもらったとか)
 
 あのJ・PRESSのニューへブンでこの名曲が誕生したと知ったのは、萩原健太さんの「ロックの歴史 ロックンロールの時代」(シンコー・ミュージック刊)でした。地名以上にへーっと思ったのは、この曲が人々に愛される訳です。

以下は萩原さんの著作からの引用・抜粋です。

 「ニューへブンの教会の地下でレコーディングされたというこの曲は、純粋に言えばなんとも奇妙なもの。(略)地下室の自然なエコーに彩られた分厚いコーラスは、バックに入っている楽器と微妙にピッチがくるっている。コード進行に照らし合わせてみても、コーラスのヴォイシングがおかしい。音楽的にははっきり間違っている。さらに、録音されたときのマイク位置の関係か、各パートのバランスにもかなり無理がある。けれども、そんなある種の”稚拙さ””ラフさ”がむしろこの曲の命になっているのだ。すべてが一体となって、けっして他のアレンジでは実現できないような奥深い音像を演出している。無垢な情熱と、胸を締め付けるせつないさを聞き手に感じさせてくれる」

偶然か? はたまた神の手か? 僕らの心を直撃する名曲に感謝!!


IN THE STILL OF THE NIGHT(The Five Satins 1956年)


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2008/9/7  21:37

切なく胸キュン、レモンの味  ライフスタイル

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 1月から始めたブログもようやく1ヶ月。タイトルを「この胸のときめきを〜MY GRAFFITI」としたのは、もちろんエルヴィス・プレスリーのファンであること、映画「American Graffiti」の世界(音楽、ファッションetc.)に憧れたことが大きな理由。

 加えてもう一つ。「この胸のときめきを Oldies but Goodies」(和泉聖治監督、製作ケントス・ムービーブラザーズ)という青春映画が大好きだからです。

 1988年公開のこの映画を見た人は少ないでしょう。でも出演者は松下由樹、香坂みゆき、哀川翔、渡辺裕之、宍戸錠、あべ静江、田中邦衛、宇崎竜童といったそうそうたるメンバー。将棋の羽生名人と結婚した畠田理恵も主役の一人で、夢見る乙女を好演しています。

 舞台は京都。オールディーズをバックに、修学旅行で京都に来た博多の高校生と仙台の高校生、そして地元の女子高校生らが織りなす恋と涙の青春映画。誰もが持っている修学旅行の期待と挫折?、甘く切ない青春時代を思い出させてくれる、日本版「アメリカン・グラフィティ」だと、僕は勝手に思っています。


 登場人物のファッションはアイビーではありませんが、全編にオールディーズが流れるのは「アメリカン・グラフィティ」と同様。日本のミュージシャンが歌っていますが、いずれもなかなかのもの。なぜかと言えば、ライブハウス「ケントス(KENTO’S)」が製作した後にも先にも唯一(?)の映画だからです。

 製作当時はケントスの全盛期。六本木をフラッグシップに全国の県庁所在地の多くに店舗がありました。オールディーズファンにとってとってケントスは欠かせない存在。僕も大学に入るため上京した1986年、友人O君と恐る恐る六本木店の階段を下りていったのを思い出します。
 
 映画「この胸のときめきを」でも香坂みゆきが六本木ケントスでコニーフランシスのナンバー「ボーイハント」を歌っています。
 
 ケントスには学生時代は六本木、社会人になってからは銀座に良く行きました。ボトルサービスなどのDMに誘われて。ミュージックチャージを含めると結構な金額になるので、20%割引の特典がある「ケントスカード」(日本信販)を持っていました。また、ケントスのスタッフのユニホームにVANのロゴが入っていた時期もあり、私にはぴったりのライブハウスでした。

 ここ最近は70年代やディスコ全盛時代のナンバーがかかることも多くなってきたので足が遠のきました(ケントスカードが廃止になったのも大きい!)。エルヴィスの「I WANT YOU,I NEED YOU,I LOVE YOU」が流れ始めた時、ドキドキしながらカミさんをチークに誘ったのも遠い昔になりました(笑)。

I WANT YOU,I NEED YOU,I LOVE YOU(Elvis Presley 1956年)  

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2008/9/7  21:36

for the young−at−heart…ダッフルコート  ライフスタイル

 昨夜は後輩の送別会でした。一緒に机を並べたメンバーがそろい食事しました。
 風が強い日で、何を着ていこうかと悩んだ末、タンスからダッフルコートを取り出しました。袖を通すのは今シーズン初。それもたぶん3年ぶりです。

 ダッフルコートは北欧の漁師たちが着たのが始まり。英国海軍が第二次世界大戦で制服として採用しました。ダッフルとはベルギーにある生地の産地名。大型のフードがついた直線的なデザイン、ボタンではなくフォーン(角)かトッグル(留め木)を紐にひっかっけるのが、このコートの特徴です。
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 厚手のウール素材で、一枚仕立てながら暖かい。大戦後、放出品として出回ったコートに、バンカラで実用的なアイビーリーガーが飛びついたようです。

 昨日着たダッフルコートとの付き合いはかれこれ25年。高校2年の正月。地元のトラッドショップの福袋で手に入れた「Kent」ブランドのものです。色はネイビーで、ちょっとごわごわした粗めのメルトンウールのもの。福袋に入っていたのは、裏地にちょっと破れがあるためだったようですが、着るには全く問題なく、飛び上がって喜びました。

 四半世紀も元気でいてくれて、さらに一生付き合えそうな「可愛い」コートです。ダッフルは若々しいイメージがありますが、初老の紳士が羽織っているのを以前見たかけて、なんと格好良いのかと感心した思い出があります。僕もあと15年くらいしたら味のある着こなしができるんじゃないかと期待してます。

YOU BELONG TO ME(The Duprees 1962年)

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2008/9/7  21:32

憧れのサドルシューズ  ライフスタイル

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 憧れのアイビーアイテムは沢山ありました。財布と相談しつつ、ワードローブを増やしていったものです。スーツやジャケット、ドレスパンツなどは社会人になって買い揃えたものの、急激に太ってしまった時期もあり、ほとんど処分することを余儀なくされました。

 アイビーおじさんの姉妹店、昨年閉店したボタンダウンクラブ新橋店でよく購入した「Chipp」のスーツも残念なことに箪笥に一着もありません。そのためだけでもないのですが、実は最近着ているスーツの多くは正統派のアイビーやトラッドではありません(浮気してごめんなさい)。

 「就職活動のため新宿の伊勢屋(ISEYA)で買ったスーツ残しておけばよかったなあ」とか「ボートハウスのトレーナーどこいっちゃたの?」「ブラックウオッチのパンツ、ウエスト79センチじゃはいらないよなあ」などと、時々後悔します。

 若い時に余裕があれば購入したいと思っていて、結局手に入れていないアイテムの一つがサドルシューズです。ロックンロールが流行った1950年代の香りがするアイテムでもあり、ポニーテールにパラシュートスカートの女の子がはいている姿はとてもキュートです。以前はリーガルの売り場で必ず扱われていたのですが、最近は八重洲のシューズバーでたまに目にするぐらいです。
 
 昨年2月。ぶらぼ〜鈴木さんに初めてお会いした時、茶とオフホワイトのコンビのサドルシューズで決めた足元にまず視線がいったのを思い出します。

MISSING YOU(Ray Peterson)


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2008/9/7  21:29

OLDIES BUT GOODIES  オールディーズ

 1950−60年代のロックンロール、ドゥーワップ、ポップス、いわゆるオールディーズが大好きです。出会ったきっかけは兄が聴いていたキャロルとクールス。つっぱり、不良のイメージばかりが先行しますが、日本の若者文化や音楽に影響を与え、一つの系譜を確立したと思います。

 キャロルは1972年に矢沢永吉、ジョニー大倉ら4人組が「ルイジアンナ」でデビュー。クールスは舘ひろし、岩城晃一らのバイクチームを母体に、キャロルの解散コンサート(1975年4月13日、日比谷野外音楽堂)で親衛隊を務めたのをきっかけに「紫のハイウエー」でデビューしました。

 リーゼントに革ジャンで鮮烈に登場したキャロルのスタイルは、ビートルズが英国でメジャーデビューする前に活動したドイツ・ハンブルク時代に影響を受けたものです。音楽的にもビートルズがルーツで、永ちゃん&ジョニーのハモリ方もジョン&ポールの影響が大きい。もっともジョン&ポールはエヴァリー・ブラザーズから影響を受けているようです。

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 クールスは音楽的な基礎はなかった(下手?)ようですが、楽曲はビートルズではなくオールディーズがベース。キャロルの後継バンドのように売り出されものの、当初は映画「グリース」のサントラの数曲を担当したシャ・ナ・ナを意識していました。1975年から1977年にかけて舘ひろしが在籍した第一次クールスは、映画「アメリカン・グラフィティ」の封切後のオールディーズブームも追い風になりました。



 ビートルズの流れを汲むキャロル、オールディーズバンドとして売り出したクールスいずれもR&Rの名曲をカバーしました。キャロルは解散コンサートでジョニー・B・グッド、グッド・オールド・ロックンロール、メンフィス・テネシーを演奏。クールスは二枚目のアルバム「ロックンロールエンジェル」に、大木トオルのアレンジでセイ・ママ、アイ・ニード・ユア・ラヴ・トナイト、リトル・ダーリンを入れています。

LITTLE DARLIN’(The Diamonds 1957年)

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2008/9/7  21:29

そして僕はアイビーの洗礼を受けた  ライフスタイル

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 アイビーに出会ったのは中学2年、1980年のころ。近所の本屋で雑誌「ホットドッグ・プレス」(講談社)を見つけたのがきっかけだったと思います。

 当時はプレッピーのブームがあり、アイビーファッションが若者雑誌で積極的に取り上げられていました。折りしも1980年は倒産したヴァンヂャケット(VAN)が、労働組合のメンバーを中心に新会社を設立して復活した年でもあります。

 もちろん中学生ですから雑誌に載っているアイビーのマストアイテムを買えるわけでもなく、しばらくは憧ればかりで悶々とする日々(別の意味でも?)が続きました。

 「メンズクラブ」(婦人画報社=アシェット婦人画報)を読み始めたのは高校受験を間近に控えた中学3年の秋。放課後、隣のクラスの前を通ると野球部で一緒だった3人組みがコソコソ何かを読んでいる。

 「俺にもエ●本見せてよ」

というような言葉を発しながら近づくと、読んでいたのはエ●本ではなくメンズクラブ。本屋でホットドッグ・プレスやポパイ(平凡出版=マガジンハウス)の横に並んでいたので誌名は知っていましたが、それまで大人が読むファッション誌だと思って手に取ることはありませんでした。

 ところがドッコイ、ページをめくっていくとこれがすごい。まさにバイブル!。「街のアイビーリーガース」などの企画、ジャッキー中島さんや田中カールさんの着こなしに釘付け。結果、僕はメンクラに出会って「正統派(オーセンティック)アイビー」の洗礼を受けることになりました。(続く)


 今日はシモネタが入って失礼しました。それでは大好きな一曲を。

RUNAROUND SUE(Dion 1961年)

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2008/9/7  21:29

Oh!愛しのガールグループ  オールディーズ

 映画「アメリカン・グラフィティ」で流れるオールディーズには、エルヴィス・プレスリーに加え、女性のソロシンガーやグループも登場しません。さらに言えば時代設定された1962年のヒット曲はほとんどなく、1950年代のロックンロールとドゥーワップが中心です。
 
 この辺に監督のジョージ・ルーカスの好みが現れています。彼にとって60年代に入ってからのソングライター・チームによる「売れ線狙い」の計算されたアイドルポップスに感情移入できなかったのでしょう。

 とは言え、僕は”ゴツゴツ”したロカビリーより甘酸っぱい感じのポップスが好きです。ルックス的に好みが分かれるかも知れませんが(?)、50年代から60年代のモータウンまで魅力的なガールグループが沢山いました。その影にキャロル・キング&ジェリー・ゴフィン、エリー・グリニッチ&ジェフ・バリーら優れたソングライターがいました。

 ビートルズやビーチボーイズも好んでガールグループの曲をカバーしました。例えばPLEASE Mr.POSTMAN(The Marvelettes)、BABY IT’S YOU(The Shirelles)、THEN HE KISSED ME(The Crystals)など。
 
 WILL YOU LOVE ME TOMORROW(The Shirelles)、BE MY BABY(The Ronettes)といった曲も僕のお気に入りです。

PLEASE Mr.POSTMAN(The Marvelettes 1961年)


BABY IT’S YOU(The Beatles)

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2008/9/7  21:28

男は後姿で魅せる  ライフスタイル

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 映画「アメリカン・グラフィティ」の生徒会長・スティーブが着ていた半そでのボタンダウンシャツ。さわやかな水色のギンガムチェックで、エリの後ろにもボタンがあるタイプでした。元祖ブルックルブラザーズの「ポロカラーシャツ」はエリの先だけですが、JプレスやVANのボタンダウンには後ろにボタンがあります。

 私流に解釈すれば、アイビーファッションは「後ろ姿(背中)で魅せる」おしゃれだと思います。その象徴が「尾錠(バックストラップ)」。米国を発祥としつつ独自の発展を遂げた日本のアイビーを物語るディティールです。

 尾錠はサスペンダーを使っていた時代や、大き目のウエストを調節した昔のパンツの名残り。ただ、写真集「TAKE IVY」などで米国の学生が尾錠つきのパンツをはいている写真を見たことがありません。この辺は詳しくわからないのですが、細身のアイビーパンツに尾錠をつけたことが、その後何十年も我々「アイビー少年」を虜にしてきたのは紛れもない事実です。
 
 ハーバードの白いOXボタンダウンの上に「for the young and the young−at−heart」の水色のトレーナー。尾錠付きのコットンパンツをはいた足元はリーガルではなくアメリカ屋靴店の茶色のローファー。頭にはボートハウスの湘南帽……
 
 高校1年の頃、一番おしゃれした時のスタイルでした。ボートハウスの星条旗をあしらった半そでトレーナーと、これしか持っていなかったのですから(笑)


GOODNIGHT,WELL IT’S TIME TO GO(The Spaniels 1954年)


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2008/9/7  21:28

エルヴィスがいない!!  ライフスタイル

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 映画「アメリカン・グラフィティ」のサントラ盤にはエルヴィス・プレスリーの名前も楽曲もありません。エルヴィスは映画の時代設定である1962年には除隊しています。映画スターとしての活動に軸足が移っていたとはいえ、当時最大のアイドルであり、最高のロックンローラーであったことは間違いありません。

 アメリカン・グラフィティは低予算で作られたため、エルヴィスを使いたかったけれど、楽曲の使用料が高くて使えなかったというのが本当のところのようです。同様にイスラエル制作の青春映画「グローイング・アップ」やジョン・トラボルタとオリビア・ニュートン・ジョンが共演した「グリース」でもエルヴィスの曲は別の歌手がカバーしたものが使われています。

 僕にとってエルヴィスは大好きなアーティスト。中高校生の頃はポール・アンカやニール・セダカ、デル・シャノンなどを好きで聴いていました。それがある日、「お前はアメリカンポップスを聴いているようだけど一発屋が多いだろ。その点、エルヴィスはいっぱい良い曲を歌ってる。奥が深いよ」。幼馴染みのM君にこう言われたのをきっかけに、ファンクラブに入るまでになりました。

 映画の世界から戻ってきた「カムバックスペシャル」(1968年12月3日、米NBCテレビの特番)の頃が最高に格好いいと思っています。

 ブログのタイトルを「この胸のときめきを」にした理由の一つもエルヴィスの晩年の代表曲だから(最大の理由は別にあるのですが、それはまた後日)。この曲は女性歌手のダスティ・スプリングフィールドのオリジナル(正確にはカンツォーネ)ですが、イントロなしで「When I said」と始まる、ドラマチックな歌いっぷりに本当にしびれます。さらに付け加えるなら、原題「YOU DON’T HAVE TO SAY YOU LOVE ME」を「この胸のときめきを」と訳したレコード会社の担当者に敬意を示したいものです。

 今回はここまで。エルヴィスにしようかと思いましたが、アメリカン・グラフィティから明るいこの曲(プラスおまけ)をどうぞ。

HEART AND SOUL(The Cleftones、1961年)


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2008/9/7  21:27

バディ・ホリーが死んでR&Rは終わった  ライフスタイル

 41曲のロックンロールの名曲が詰まった映画「アメリカン・グラフィティ」。同一の歌手で複数の曲が使われているのはチャック・ベリーとビーチボーイズ、ダイアモンズ、そしてバディ・ホリー。

 時代設定された1962年はビートルズが英国でデビューした年であり、その後、ブリティッシュロックが席巻していくことになるエポック。ジョージ・ルーカス監督はDVD特典の「メイキング・オブ・アメリカン・グラフィティ」の中でも、50−60年代初期のロックンロールへの郷愁を語り、ブリティッシュロックの席捲がアメリカン・グラフィティの企画につながったと紹介しています。

 「バディ・ホリーが死んでロックンロールは終わった」

 走り屋ジョン・ミルナーのせりふにルーカスの思いが現れています。

MAYBE BABY(Buddy Holly 1958年)

 
そのバディ・ホリーは1959年2月3日、飛行機事故のため22歳の若さで他界した不世出のロックンローラー。3人組のザ・クリケッツとしてメジャーデビューし、映画の中の5曲目に入っているTHAT’LL BE THE DAY(1957年)が最初のヒット。

裏声と地声をたくみに交錯させる楽器的な歌唱法や、リズミカルな言語感覚(例えばメイビー・ベイビー、オー・ボーイあるいはwellをア・ウェラ・ウェラ・ウェラと発音)はその後のロックに大きな影響を与えています。

 ポール・マッカートニーも少年時代にバディ・ホリーがアイドルだったようで、後年、ホリーの楽曲の著作権を買い取りました。また、ホリーはバンド名をつける際に当初、ビートルズ(カブトムシ)を考えたけれど、結局、クリケッツ(コウロギ)になったという逸話を萩原健太さんの著作で読んだことがあります。

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 ファッションの面から僕がバディ・ホリーに注目するのはメガネです。ボー・ディドリーなどメガネをかけたロックンロールのルーツはいますが、メガネのロックンローラーは当時珍しかったのではないでしょうか。べっ甲やセルのフレームが中心の時代。デザインも限られていたと思いますが、ホリーはガリベンタイプのようには見えないクール(COOL)なメガネのウエアリングです。

 私も高校一年のときにメガネが必要になりました。授業中に黒板を見るためのものでしたが、最初に選んだのはセルのボストンタイプ。やっぱりアイビーだったら「ボストンしかない。ハーバードはボストンにある。猪木もミスターXをボストンクラブで仕留めた」などと説明はしませんでしたけど、親戚のおじさんが勤めていた百貨店のメガネ売り場でメガネを購入しました。

 目が悪くなってメガネが必要になったことを変に嬉しく思ったのは、今思うと本当に馬鹿でした(笑)。

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2008/9/7  21:27

はじまりは「アメリカン・グラフィティ」  ライフスタイル

1962年の北カリフォルニアの地方都市を舞台に、翌日には大学入学のため東部へ旅立つ若者の姿を描いた「American Graffti アメリカン・グラフィティ」(1973年、監督ジョージ・ルーカス)。

テレビで初めて見たこの映画は、僕にとってすべてが衝撃的だった。

スティーブが着ていたギンガムチェックのボタンダウンにコットンパンツ、茶色のペニーローファー
DJウルフマン・ジャックが紹介するロックンロールのリズム
ローラースケートを履いたウエートレスが接客するダイナー……

洒落っ気が出始めた中学生の当時、メンズクラブやポパイに載っていたアイビーファッションに興味を持ち始め、兄が聴いていたキャロルやクールスを通じてロックンロールが好きになった。

だから「アメリカン・グラフィティ」は僕の好きなものが全部詰まった「宝物箱」のようだった。

あれから25年以上の時が過ぎた。髪の毛は薄くなり、身体もたるんだ(顔が大きく、脚が短いのは昔から)。まだまだ仕事中心の生活だが、最近、自分自身の価値観や嗜好性に影響を与えたファッションや音楽などについて改めて考え、思いをまとめたいと思い始めた。
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