2008/10/29  1:16

アイビーリーガーが夢だった  ライフスタイル

 「でる単」や「大学への数学」ではなく、「メンズクラブ」と「東京スポーツ」を参考書にしていたのに、高校時代、真顔で「父さん、母さん、ハーバード大学に行かせてくれよ」と言った馬鹿でした。

 ドミトリーでの生活、原色っぽいラルフローレンのポロシャツにチノパン、デッキシューズ……… 

 メンクラの現地レポートに出てくるアイビーリーガー、AMERICAN WAY OF LIFEに憧れて、留学を夢見ました。

 
 しかし、現実は英語ができるわけでなく、家庭に経済的余裕があるわけでもなく、フルブライトの留学生になれるはずもないのに、本当に間抜けでした。

 「われらの隣県はアメリカだ」と、黒潮流れる太平洋に向かって言った高知の人がいるらしいですが、信州の山の中では海も見えず、近くを流れる千曲川を下っても日本海でした。

A Thousand Mile's Away(The Heartbeats)
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2008/10/28  23:59

VANが僕らの先生だった  ライフスタイル

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今年はVAN(ヴァンヂャケット)の創業60周年だそうです。

1948年、中国から戻った石津謙介さんが仲間とともに大阪で創業し、後にアイビールックを発表しました。

ドブネズミルック、学生服が主流だった日本の男性にファッションとは何かを教えてくれたのがVANでした。

トレーナー、スイングトップ、スニーカーなどはVANの造語であり、TPO(いつ、どこで、何を着る)という言葉は今や一般に定着しています。

僕は第二次VAN世代ですが、アイビーに出会って30年近くたった今でも「V」「A」「N」の3文字に憧れ続けています。

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2008/10/28  23:59

いなせなロコモーション  ライフスタイル

 僕らの世代にとってサザンオールスターズはいまだに現役で、ちょっと古めの曲をカラオケで歌っても若いやつらに批判はされません。

 最近は同じような売れ線しか作っていませんが、デビューの頃はオリジナリティーがありました。オールディーズファンの僕にとって、カラオケで唯一、満足して(周囲も納得して)歌えるのが、「いなせなロコモーション」です。

 ロックンロールのリズムで、歌詞の中にはポール&ポーラ、ジョニー・エンジェル、マッシュポテトなどそれっぽいのがちりばめられております。

 エルヴィスやニール・セダカを歌った日にゃ総スカンですから。




 そういえば、サザンの曲が全編に流れるドラマ「ふぞろいの林檎たち」の衣装協力はマクベスでした。中井貴一がチルデン(クリケット)ベストなんか着てました。
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2008/10/28  23:58

平成のキャロル「THE MACKSHOW」  ライフスタイル

 インディーズのロックンロールを一手に背負っている感じのバンドが「The Mackshow(マックショウ)」です。

 黒の革ジャン、リーゼントにバイクというスタイルに加え、8ビートのシンプルでストレートの音楽、そこにビートルズのマージービートを入れたサウンドにこころ動かされます。

 リーダーのコージー、ベースのトミーはともに広島出身。身近にキャロルや矢沢永吉の歌が流れたり、憧れを感じたりした幼少時代がベースとなり音楽やステージで爆発します。

 大手レコード会社からデビューしているだけにソングライティング力・演奏技術ともにしっかりしており、3人編成ながら力づよいパフォーマンスは全国のライブハウスやライブイベントからひっぱりだこです。

怪人二十面相

 
 昭和50年代のロックンロールに、甘酸っぱい郷愁抱く人たちには最高の現役バンド
 しかもコージー、トミー、バイクボーイの3人は至って常識人であり、いい人です。


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2008/10/28  23:58

Yes,Coke,Yes  ライフスタイル

ソロになって米国に渡る頃までの矢沢永吉、永ちゃんが大好きです。

「成り上がり」がベストセラーになり、発言やツッパリスタイルばかりが強調され取り上げられていましたが、音楽性、ステージパフォーマンスは当時の日本人シンガーの中でずば抜けていました。


1982年のコカ・コーラのCM(歌は「YES MY LOVE」)はそれを満天下に示し、今でも全く色あせません。

1970年代には「ウイスキーコーク」という、大人に隠れてウイスキーをコーラで割ったやつを飲んだ経験を懐かしく思う作品があったり、「This is a song for coca−cola」というCM曲があったりと、永ちゃんは日本コカ・コーラと関係が深いのも面白いところです。

(僕は最近はもっぱらダイエットコーラかコカコーラゼロのメタボおじさん)
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2008/10/28  23:58

怒らず、恐れず、悲しまず  ブログは難しい

 今日一日
 怒らず、恐れず、悲しまず
 正直 親切 愉快に
 力と 勇気と 信念とをもって
 自己の人生に対する責務を果たし
 恒に平和と愛とを失わざる
 立派な人間として生きることを
 厳かに誓います
(中村天風)


 人生いろいろなことがあります。
 でも、それを乗り越えていかなければ……


YOU’RE ONLY LONLEY(J. D. Souther)

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2008/10/28  23:57

異色の組み合わせ〜ルージュの伝言  ライフスタイル

 ユーミン、荒井由美のヒット曲の一つ「ルージュの伝言」(1975年)


 ダンドゥビワナ ダンドゥビワナ……というコーラスには山下達郎、吉田美奈子が参加。軽いリズムのポップな曲で、60年代のオールディーズの香りがします。

 以前から大好きな曲だったのですが、さらに拍車をかけたのが、この曲が永ちゃん、矢沢永吉をモデルにした曲だということをCDのライナーノーツで知ったからです。

 ユーチューブでも半年ほど前に、ユーミンと永ちゃんが対談(たぶんNHKの番組)しているのを見つけて感激しました。

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2008/10/20  23:22

さようなら  ブログは難しい

いろいろと考えた結果、ブログをお休みすることにしました。

スタートから5ヶ月。まさかブログを始めるとは思っていなかった自分が、何故か背中を押されるようにブログをつづるようになりました。

昔話を好き勝手に書きなぐってきました。毎日訪れてくれた方も何人かおり、本当にありがとうございました。

大好きなシャナナ(Sha Na Na)の珠玉のドゥーワップ・カバーで幕を閉じます。


Tonite, Tonite(Sha Na Na)
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2008/10/20  21:10

シャナナ  オールディーズ

シャナナ(Sha_Na_Na)ってグループをご存知ですか。

70年代から活躍するオールディーズをベースにしたコミックバンド(?)です。

映画「グリース」のサントラを担当しており、実力派のバンドです。
舘ひろしがリーダーだったクールス(COOLS)のデビュー当時は、このシャナナのスタイルに影響を受けたステージングをやっていました。

シャナナはメンバーの入れ替わりを繰り返しつつも現在も活動を続けています。
僕は本場米国ではないのですが、10年近く前に六本木のライブレストランでステージを見たことがあります。

今は脱退してソロで活躍しているJohnny Contardoはしっかりとした歌唱力で多くのファンを魅了しました。

Those Magic Changes

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2008/10/20  21:10

Blue Angel  オールディーズ

BLUE ANGEL(Roy Orbison)


オー・プリティーウーマン、クライング、オンリー・ザ・ロンリー……

ロイ・オービソンは沢山の名曲を残しました。

エルヴィスも「ロイの歌声は素晴らしい」と言った逸話があります。

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2008/10/20  21:09

グッド・パフォーマンス  オールディーズ

 日本で人気があるのに、またヒットしたのに本国ではそうでもない。そんなオールディーズの歌手や曲があります。ジーン・ピットニーの「ルイジアナ・ママ」なんかが代表でしょう。

 その反対に日本でほとんど知られていなかったり、忘れ去られた歌手や曲もあります。でも、ものすごくイカシタものがあります。

 僕にとって、その一つはメル・カーターの「ホールドミー・スリルミー・キスミー」です。

 聴いてみてください。

HOLD ME,THRILL ME,KISS ME (Mel Carter)

 以前、米PBSの懐メロ番組のパフォーマンスの映像がありました。消去されてしまい残念ですが、この歌は良いです。
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2008/10/20  21:09

クラシックとドゥーワップ〜ニール・セダカ  オールディーズ

 キャッチーなアメリカンポップスで僕らを魅了するシンガーの一人が、ニール・セダカ(Neil Sedaka)です。

 ハワード・グリーンフィールドとのコンビでティーン・アイドル歌手向けに楽曲を提供していましたが、1958年にRCAと歌手契約を結び、同年12月、「恋の日記(THE DIALY)でデビューしました。

 NYブルックリン生まれのニール・セダカは、ジュリアード音楽院でクラシック・ピアニストを目指した才能の持ち主。彼の作る曲は軽快なメロディーで、転調など経歴にも象徴される高度な音楽的技巧をほんの少しまぶした味付けが特徴。ホワイト・ドゥーワップグループにも参加した経験(これが原因でチャイコフスキー・コンクールへの出場が叶わず)もあり、前回書きましたが、ドゥーワップ調のコーラスも素晴らしい。

 「悲しき慕情」「悲しきクラウン」「小さな悪魔」「すてきな16才」「おお!キャロル」「恋の片道切符」「きみこそすべて」と立て続けにヒット。ほとんどの曲に邦題ついているところに、日本での人気が窺えます。 

 1975年には「LAUGHTER IN THE RAIN」が全米No.1になり、見事なカムバックを果たしました。

月が替わったということで、彼の代表曲の一つ「カレンダー・ガール」

CALENDAR GIRL(Neil Sedaka)
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2008/10/20  21:09

ビー・マイ・ベイビー〜Oh!愛しのガールグループW  オールディーズ

 ドッ・ドドッ・ドッ・ドドッ……印象的なベースドラムのイントロに導かれて、ヴェロニカ・ベネット(ロニー・スペクター)の独特の節回しが、音楽史の新たな1ページを開いた。
 
 そう言っても言い過ぎではない60年代アメリカンポップスの最高峰。フィル・スペクターが作り出すウォール・オブ・サウンドはもちろんですが、ヴェロニカのファンキーなボーカルがあってこそのBE MY BABYです。

BE MY BABY(The Ronettes 1963年)
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2008/10/20  21:08

カフェオレはどこへ…サマーホリデー  ブログは難しい

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 もう3連休が終わろうとしてます。年明けからのんびり過ごしてしまったツケから、そろそろ猛烈に忙しくなりそうな今日このごろです。

 時期はずれですが、昨年7月にパリに行ってきました。まとめて1週間の夏休みが取れたのは久しぶりで、かみさんのたっての希望から安いパックツアーに参加しました。欧州は新婚旅行(1993年)のウイーン以来。まったくパリに興味はなかったのですが、行ってみると街全部が美術館といった感じの素晴らしさでした。

 しかし、ユーロが強いため、物価はメチャ高。カフェで軽い食事をしても2人で4000円を超えるし、買い物もする気になれませんでした。
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 そのカフェですが、パリのコーヒーといえば「カフェオレ」かと思っていたら、どこのカフェのメニューにもカフェオレはありませんでした。フランス語を勉強しているかみさんが、ギャルソン(ウエーター)に「カフェオレください」と注文すると、カフェオレらしきものが出てきました。それはメニューには「カフェクレーム」と載っているものらしく、持ち手のないカフェオレボウルではなく、普通のカップに入ってきました。

 なぜ!?

SUMMER HOLIDAY(Cliff Richard )
 
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2008/10/12  1:35

天使か悪魔か……EVERGREEN POPS  オールディーズ

 アメリカンポップスの”きらめき”と、程よいロックンロール感覚を持った歌手がボビー・ヴィー(Bobby Vee)です。沢山のヒット曲がありますが、「TAKE GOOD CARE OF MY BABY」と「DEVIL OR ANGEL」がお気に入り。

 TAKE GOOD CARE OF MY BABYはキャロル・キング&ジェリー・ゴフィンの名ソングライターによる作品でビルボード1位(1961年)を獲得。初期のビートルズをはじめ多くの歌手がカバーしています。
 DEVIL OR ANGELはドゥーワップグループのクローヴァーズがオリジナルですが、ボビー・ヴィーの方が上質でメロウな仕上がりではないかと思います。

 彼はバディー・ホリーに憧れ、飛行機事故で他界したホリーの代役でステージに立ったのがデビューのきっかけだそうです。DEVIL OR ANGELではホリー譲りのヒーカップ(しゃくり唱法)が入っており、ホリーからの影響が彼の魅力につながっています。  

 ところで60年代のアメリカンポップスでは、ボビーが何人もいます。ヴィー同様に、「DREAM LOVER」「SPLISH SPLASH」などで知られるボビー・ダーリン(Bobby Darin)、「Mr. LONLEY」のボビー・ヴィントン(Bobby Vinton)も”エバーグリーン”な実績を残しています。

TAKE GOOD CARE OF MY BABY

DEVIL OR ANGEL

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