2006/5/27
新百合が丘の日本映画学校にでかけた。この学校は映画監督今村昌平氏が中心となって、映画人が集まって作った学校だ。その中でこれまた有名な映画評論家佐藤忠雄さんが「土曜映画会」をやっておられる。そんなこんなで、「しんゆり」は映画のホットスポットなのだ。毎年「しんゆり映画祭」も行われる。みなさん是非お出かけください。
で、昨日は「蟻の兵隊」が「土曜映画会」で上映されたのだ。
映画学校の大教室での上映だが、もう大入り満員。エアコンがよくきかず、酸欠状態。途中からはドアをあけ、まどをあけての上映。中は蒸し暑く、ほんとに良くない環境の中、みなさん良くご覧頂いてありがたいかぎりでした。
というわけで、「蟻の兵隊」ということをご存じなくきている土曜講座目当ての方々。つまり地域住民の方と、映画学校の学生さん達が多いのだ。60代以上の方と、20代の若い人たち、その中間がちらほらという集団だった。
竹薮組からはトムとタクが参加。たくは受け止めきれないという感じであっぷあっぷしていた。もう大人のトムの方はちょっといっぱいのんでる間におもしろいことを言っていた。その点について書いてといったのに、やだやだいうのでわたしが聞き書きをする。
「映画がおわって、拍手が沸いて、明るくなって。その途端に若い奴らは一斉に携帯だして携帯チェックしたんですよ。おれもその一人ですけど。これはすごいなとおもった。一斉にです。カメラで撮ってたらおもしろいもの取れたと思うな。」
「それだけみんなつながりたいんですね」
「奥村さんの時代に、たとえば携帯みたいなつながる手段があったら。状況は全然違ってたと思う。だれかひとりぐらいはいいやつにつながって、日本の軍部や戦後の政府の中にも一人ぐらいはまともな人物がいるでしょ、その人がGHQに言えばなんとかなったんじゃないかな。つながらないってのはすごいことですよ。」
ああ、なるほどそういうことあるな。
東ヨーロッパの崩壊はパソコン通信だというしな。
「蟻の兵隊」はそういう意味では昔と今をつなぐ行為なんだろな。一方の端に奥村さんがいて、メディアとしての映画があって、反対側の端のちょっと手前に観る会があって、もうやみくもにあっちこち穴掘ってトンネル掘って、だれかのところに届けたい、届きたいとおもってるわけだ。
わたしの場合届けたいと思うのは無念さ。
ユートピアとは思い描けない「今でない状態」のことだ。私たちは不幸をしる。幸福をしらない。人々はいつも「こうじゃない」「こうじゃない」と思いながら生きてきた。そしてすこしでもよかれと生きてきた。たとえそれが失敗におわるにしても。
あの戦争をたたかって「よかった』と思う人は、いないはずだ。負けたんだし、累々たる死者が埋もれているんだし。その残念さこそが、未来への道筋となるはずだ。
史実もさることながら、その人達の心情を思いたい。監督はそれを「記憶の映画」という言葉で表現している。その記憶が誤っていると指弾するのはむなしいことだ。なぜそのように記憶したのかという問いかけから、事態にたいする理解が深まるのではないか。史実と記憶は違う。記憶は史実の下の水面下の部分だ。その水面下では現在を生きる私達につながる無念さがあると、わたしは思う。
携帯をチェックしてつながる
では何をもってつながるのか。
まだ見ぬ人とつながる残念さを、自分の核にすえていなければならないと思う。
コメントは新しいものから表示されます。
コメント本文中とURL欄にURLを記入すると、自動的にリンクされます。