2006/5/29
明日の集会について昨夜から延々主催者に電話してるが、つながらない。
困った。どうしよ。
嬉しいメールもあり。
「妻のつわりも落ち着きようやく平常の生活になりました。チケット10枚がんばります。」
苦いメールもあり。
「同じチケット買うなら、プレイガイドでもいいじゃない。知らない人の口座に振り込むなんていや、押し付けないで。」
うんうん、そういう気持ちもわからないじゃないんだけどね。
でお返事。
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はじめまして、この度は「蟻の兵隊」のチケットお買い上げありがとうございます。
プレイガイドで買おうが、観る会から買おうが同じ、これはその通りです。
一枚という点では同じです。
しかし、違う面もあります。
観る会というのは上映運動です。たとえば、お金持ちの方がいらっしゃって、「100枚頂くわ」という。観る会にとってはうれしいか否か。嬉しい反面ちょっと不安です。なぜなら、その方はチケットを家のどっかに置きっぱなしにするか、あるいは、だれかにプレゼントする。適当に。その貰った人は見に行くでしょうか。半分見に行けばいい方でしょう。それではダメなのです。映画館に来てもらわないと。人間自分でお金払わないと足は動かないものですよね。
それと同じ差が、プレイガイドと観る会の手売りにあります。
たとえば、いい映画だと一生懸命観る会メンバーが話す。あるいはマスコミでいろいろ取り上げられるようパブリシティーを頑張る。へぇ〜と興味をもつ。でも、チケットに協力してという今一歩の詰めがなければ、その中のどれだけの人がプレイガイドにいくでしょう?これまた半分は行かない。広告関係者は、撒いたチラシの20分の1といいます。10000人なら20万枚まかなきゃ行けないわけです。
だから、やっぱり人と人なんです。その人間関係の中で、思いをのせてチラシを手渡し、渡された人の渡した人の背後に、監督までつながる人間関係がみえてこそ、その作品が身近なものに感じられるというもの。だから「手売り」がもとめられるのです。
さらに、そういう人が、首都圏に多く散らばることによって、パブリシティーもますます生き生きと効果を生むと思います。何人かがいるところで、マスコミ媒体の情報がはいる。観る会からチケットを買った人が「あ、わたしこの映画見に行くんだよ。友達が「観る会」とかいうのにはいってるの。チケットもその友達から買ったよ。」この一言の効果は大きい。こういう地味な映画の広報はなんといっても口コミなのです。映画館もこのことは十分に承知しています。観る会がどれだけ売ったかということは、観る会の力を見せることであり、そのチケットは流しの曖昧なものではなく、確実なものとしてかんがえられるので、観る会で売ることが大事なのです。
どうぞご理解ください。
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なんて思ってるわけです。
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「こういう地味な映画の・・・」
ちょっと笑いました。地味じゃないよ、この映画。