イタリアについてはこれまで2回取上げてきたのだが、どうも検索のしかたがよくなかったらしい。というのも先日、たまたまイタリアのスキップ、ガスパリへの
La Repubblica紙によるインタビュー記事を見つけてしまったからだ。少々時期を逸した感があるのも否めないが、五輪開催国ならではの事情や、五輪後の展望などについても語られていることから、日本のファンにも興味深い内容である。また、明日カナダで開幕する世界選手権にチームガスパリが同国代表として参加することもある。ということで、今日はこの記事をじっくり読んでみようと思う。
「そうならないよう願っています。覚えてくれる人がいてほしいし、五輪と一緒にブームも終わりなんてことにならないで欲しい。私たちにとって今回の大会は大成功でした。というのも、以前は、自分たちがどんな種目をやっているのかと聞かれて、カーリングと答えたら、変な顔をされたものでした。でも、今はすごいんです。トリノを散歩していたら、周りの人たちが私に気づいてくれて。この前は、ある男性が私のことを呼び止めて、すごく良かったと言ってくれました。まさかまさかです。」
この記事は、突っ込んだ問いかけで始まる。イタリアでのカーリング熱が一過性のものに終わり、五輪後には見に来る人もいなくなるのではないかという指摘だ。それに対してガスパリは、最後の試合の翌日ということもあってか、上のように答えている。どうやらイタリア・スキップにとってはまだ、五輪後の不安よりも、世間にようやく認知されたという喜びのほうが大きいようだ。チーム青森が、同じような質問を受けたらどう答えるだろうか、などと想像してみたくもなるが、日本のメディアは、ここまでダイレクトな質問は避けていたのかもしれない。多くの人間がみな、同じような疑問や不安を共有しているのにもかかわらずである。
イタリア女子は結局、予選最下位に終わり、成績面では全く振るわなかったのだが、それでもかなりの反響を捲き起こしたらしい。残念だった点はどこかという質問に対しガスパリは、やるだけのことはやれたと満足感を示しながらも、準決勝進出が叶わなかったことを残念がる。
「昨日夜、予選敗退が決まった後、カーサ・イタリア[五輪中に設けられる施設]にいたんですが、信じられないような大歓迎をしてくれました。それでつい思ったんです。もっといい成績だったらどうなってたかなって。」
予選リーグを振り返って一番需要なポイントとなった点を問う質問に対しては、
第7戦となったノルウェー戦のことが挙げられる。大切なのはやはり、精神面だったようだ。そして、それはやはり、経験に左右される部分が大きいとされる。日本の場合、予選前半のロシア戦やデンマーク戦での逆転負けがどうにも悔やまれるのだが、あれもまた精神面に起因したものだろうか。それとも、氷の変化を読みきれなかったのか。
「ノルウェー戦、延長エンドで集中力が落ちてしまったこと。あそこで準決勝進出がなくなってしまいました。予選リーグの真っ最中だったので、もしあの試合で勝てていれば、状況は変わってたはずです。オリンピックの試合を通じて、以前なら考えられなかったぐらい大きなステップアップができました。でも、経験というものは、1年間をつぎ込んだだけでは、手にすることは出来なかったのです。」
次に、五輪に向けての苦労話が語られる。
「1年間、みんな自分の暮らしを中断しました。カーリングだけに専念したんです。カルダルトは銀行で働いていたのですが退職して、親戚の山荘でウェートレスのアルバイトをしてました。ジュリア・ラチェデッリは、スキーの先生なのですが、仕事は全部、旦那さんに負担してもらってます。エレオノーラ・アルヴェラは、コミュニケーション学の学士号をとって、いくつか就職口があったのを断っています。ローザ・ポンパニンと私は大学生で、ローザが観光学、私が企業会計を勉強しているんですが、1年まるまる穴をあけてしまって、卒業がおくれることになります。でも、苦労しただけのことはありました。」
ここで注目したいのが、カーリングに1年間専念したという点。我々が日本対イタリア戦であのように白熱した好試合を楽めた背景には、日本チームのみならず、相手チームの選手も大きな犠牲を払いつつ、この競技にエネルギーを振り向けたということがあったのだ。感謝というしかあるまい。だが、1年間をカーリングのために費やしたのにもかかわらず、1勝8敗という結果になったという点に、真剣勝負の厳しさ、そして練習量はおそらくイタリアよりも少ないであろう他の国々の底力を改めて感じもする。
インタビュアーは次に会場の雰囲気について触れるのだが、それに対してガスパリは、ピネローロの会場にいる人たちを見て苦労が報われたとの思いを抱いたとしつつも、騒がしさに戸惑ったと語る。
「確かにそうでした。あの熱狂のために、何投か失敗してしまったこともありました。でも、チケットの値段のことを考えると、私たちを観に来るために皆さんが大きな負担をしてくれているなんて、信じられない気持ちです。観客席にイタリア国旗があんな風に並ぶなんて、想像したこともありません。本当に感激でした。応援のすごさに、スイス戦やイギリス戦みたいに、何投か失敗してしまったこともときにありました。それで後ろを振り返って指を口に当て、静かにして、って合図を送るようにしました。でも、まったく効き目がなかったんです。昨日も、ストーンを投げようとしているとき、私の名前をみんな大声で叫んでましたし。集中するためには2倍の努力が必要になってしまいました。でもまぁ、よかったです。私たちが、こんなに多くのお客さんの前での試合に慣れていなかっただけですし。アメリカやカナダチームは違いますよ。」
イタリア人観客も、カーリング生観戦がはじめてのケースが大半だったのではないかと想像される。サッカーのフリーキックの際のような感覚で、投擲に入ろうとする選手を応援していたのだろうか。それにしても、ガスパリが観客席へ意思表示をしたにもかかわらず、効果がなかったという点は少々驚きである。日本であればどうなるだろう。青森での日本選手権の会場は静かだったのだろうか。来年の世界選手権はいかに。いずれにせよ、テニスのパンパシフィック大会会場である東京体育館の異様なまでの静けさを、テレビを通して経験しているだけに、地元チームに不利になるまでの熱狂は、杞憂に過ぎないと思うが。
「3週間後、カナダでの世界選手権に出場します。そこでもっと上手くプレーできるチャンスがあります。皆さんにはテレビで見てもらいたいし、関心を持ってもらいたいんです。シャボン玉みたいにすぐ消えちゃわないで欲しいと思ってます。」
記事は明日開幕の世界選手権への抱負を語って終わる。ここで少し気になるのが、テレビ放送について言及されている点。調べたわけではないのだが、イタリアでは世界選手権が中継されるのだろうか。だとすれば羨ましい限りであるが、それと同時に、放映を実現させたイタリア・カーリング関係者の辣腕ぶりに降参せざるを得ない。「シャボン玉」に終わらせないためにはまず、メディアに露出することが不可欠だからだ。残念ながら日本では、日本選手権も世界選手権も今年は放映されないが、来年はどうだろう。競技普及の命運を握るともいえるメディアへの営業合戦。ライバル国に負けないことを祈るばかりである。