今回は、今後の世界選手権や五輪で日本の当面のライバルになるはずの国であるデンマークについて取上げよう。トリノでは
第5、6エンドで計5失点を喫し、敗北した相手である。せめて事後の情報戦では雪辱を果たしところだが、デンマークといえばデンマーク語。これまたまったく理解が出来ない言語である。スウェーデン語に引き続きチャレンジしてみたいのは山々なのだけれども、残念ながら筆者のフィジカル面がそれを許さない。手っ取り早く見つけることのできた英語情報中心でお茶を濁すことをお許しいただきたい。
ということで、GoogleでDenmark、curlingをキーワードに検索をかけ、最初にヒットしたのが、
2/11付けのAOLニュース。「政治的論争がデンマークチームに影を落とす」と題された記事だ。タイトルから想像がつくように、デンマーク紙が掲載したマホメットの風刺画に対してイスラム世界の反発が昨今高まっていることに関連し、トリノでのデンマークカーリングチームのセキュリティ面に焦点を当てたものなのだが、それ以外にも、同国のカーリング事情を伝える部分があり、スポーツ情報という観点からも見逃せない内容である。
この記事を読んでみてまず、意外に思ったのが、今回の五輪にデンマークが派遣したのはカーリングチームだけだったという点。「デンマーク選手団イコールカーリングチームです。スキーやその他の選手は一人もいません」。チーム広報のコメントである。
隣国であるドイツがトリノでのメダル獲得数でトップに立つほどのスポーツ大国であることを思い浮かべるならば、あるいは
ルクセンブルグのようにたとえ小国であっても大きな存在感を示してきた国が欧州には少なくないことを考えるならば、この半島国家での冬季スポーツの低迷ぶりはにわかに信じがたいほどだ。
さらに、同国が冬季五輪でこれまでに獲得したメダルは、長野での銀メダル一個のみ。ほかでもないカーリング女子によるものだという。そしてこのときの躍進ぶりを目にした地元市長が、当時のチームキャプテンHelena Blach に対し新たな施設の建設を約束したほか、同国での競技人口が500名から1000名以上へと急増したことを記事は伝える。
当時の熱狂ぶりをBlachは女性誌
BBWマガジンHPで以下のように語っている。これを読むと、現在の日本での状況に非常に似ていることに気が付く。
「デンマークの全ての新聞の一面に載りましたし、全ての週刊誌に記事が出ました。長野から帰ってきたときの様子はテレビで生中継されたんです」。
だが、ここで気にかかることがある。AOLの記事の記述では、長野での勝利をつかむ以前、デンマークでのカーリング人気は低かったとされるのにもかかわらず、どうして同国が開催国日本を抑えて準決勝進出をはたし、銀メダルまで獲得できたのかという点だ。
この疑問についても、Blachへのインタビュー記事からある程度の答えを読み取れるように思う。
「私の属していたクラブチームは、自分たちがデンマーク人として冬季五輪で最初のメダルを取ろうと誓ったんです。」1994年のことだという。
そして、毎週15時間の練習が始まったことをこの記事は伝える。練習メニューは火曜木曜に氷上での練習、水曜に筋トレ、金土日に試合。それに加え、強い相手との対戦を求めて最低でも月1回のヨーロッパ諸国遠征、年に2回のカナダ遠征を、フルタイムの仕事を続けながらこなしたのだという。その成果が4年後に見事に花開いたというわけだ。
素人考えなのだが、遠征数の多さが長野での銀メダル獲得の原動力になった感が強い。では、そのための費用はどうやって捻出したのか。カーリング日本代表の今後に関心を寄せる者にとって最も興味のあるところだが、残念ながらこの記事は、Blachの体型について教えてくれるだけで、肝心の問いには答えてくれない。日本と違い、すぐ隣りに強国が控えている点が有利に働いたはずだと想像されるのみである。
さて、こうして手にした栄光を背景に、鶴の一声で新施設が建設されたのがHvidovreという町。AOLニュースによると、ショッピングモールと刑務所以外何もない町なのだが、カーリングでは名高いのだという。そしてトリノ五輪代表メンバー中、4名がこの町のクラブに以前から所属しているらしい。
デンマーク協会のHPからリンクを辿って見つけた
同クラブのサイトには、トリノでの様子が写真とともに紹介されている。ここで気になるのが、現在の同クラブの規模、デンマーク国内の競技者数や試合運営、さらには
新聞等でのトリノ五輪の報道ぶりなのだが、いかんせん、すべてはデンマーク語の世界。ここから先は断念せざるを得ない。
以下、3/5追補
コメント欄にアメリカNBC放送のHPに掲載された
デンマークチーム関連の記事の存在をお知らせいただいた。感謝。
この記事によると、同チームは03、04、05年の世界選手権での累積ポイントによりトリノへの出場権を既に獲得していたのにもかかわらず、デンマーク五輪委は05年の10位という成績に不満をもち、同年12月の欧州選手権で5位以内に入らなければ五輪に派遣しないという新たな条件を課してきたのだという。それを受けてチームは、当初M・ドュポンが務めると思われていたスキップをホルムに変更するなどして同大会に臨んだ結果、3位という成績を残し、ようやく五輪出場が実現したとされる。
日本であれば、団体競技が五輪出場権をひとたび獲得したならば、例えば04年の女子ホッケーなどのように、それだけでちょっとしたニュースとなり、無条件に出場できることを考えると、デンマーク五輪委の姿勢の厳しさには驚きを感じざるを得ない。そして、このような精鋭主義が結局、同国選手団がカーリングチームのみという結果につながったのだとも想像される。今回の五輪での日本の低迷ぶりを受け、選手派遣数を見直すべきだとの議論も沸き起こっている現在、見過ごせないニュースである。
Hvidovreの自治体HPに、Blachの写真とともに、
カーリング場とおぼしき建物の画像が掲載されているのを発見。見出しはOL-succes gav curlinghalとなっているが、gavにeを、halにlを足せばもう英語。これが五輪銀メダル獲得のご褒美であることが理解される。バンクーバーでは日本チームも、メダル獲得、そしてカーリング専用施設建設決定ということになれば最高なのだが。