吹奏楽というのにめぐり合ったのは、中学の時。
たまたま兄が高校ではじめたのがキッカケであったが、うちはもともと音楽一家だったことも影響している。
母がピアノの講師で小さい時からピアノは習わされたし、よく聞こえていた。
もともと音楽は得意分野だったが、兄と同じなのはしゃくだと思ったので、軽音楽に手を染めたのです。そして高校へ進学した時、軽音楽部を探すもなく、
軽い作曲の知識をつけようということで、吹奏楽部に入部した。
僕の心に悪魔のささやき・・・
うちは男子校だったので
「吹奏楽部入ったら女の子としゃべれるでぇ〜」と某T先輩
これが吹奏楽との出会いであった。
そのころは、高校が関西大会まで行ってる準強豪で、寝る以外の時間は練習にあけくれていた。そんな生活から高校卒業後、離れていたが、こないだの後輩の不幸がこんなにも人生の方向を変えるとは・・・
いろんな人と出会い、別れ、。。。
当初、楽器をはじめたての時は、団を探すのに精一杯で、友人の紹介で忠岡ウィンドにいれてもらった。
吹奏楽を高校の時にやってて、「どこの学校でやってたん?」とか
「全国レベル?」とかよく聞かれる。
考えてみれば、高校の時吹奏楽をしてたことを南大阪地区で話すと、
やはりコンクールの成績がモノを言わせれたので、
「せっかく、何かの縁があって楽器を再開したのだから、コンクールに出たい!」という念で三木ウィンドに入団したのである。きっと自分の中に今の楽団の年に一回の定期演奏会だけじゃ、我慢・満足しきれないというのと、高校の時んい頑張り、今も上手になるために頑張っていくスピードが短期間にしたいという気持ちがあったからではないかなぁ?
といいますのも、職業が外食業で本社勤務は一瞬だと考えているからに違いない。今じゃなきゃ、週末なんぞに休めない!という気持ちでいっぱいなので、今後この先、コンクールに出れる機会があるかないかわからない不透明感もある。
そして、やっとこさ、その機が来たのです。
しかしながら、練習は高校の時を彷彿させるようなハードな練習日程に追われ、しかも忠岡の演奏会が9月頭に控えているのもあり、超ハードスケジュールに発展してしまっているのだ。
でも逆に考えれば、今、そう!頑張れる今があるのを幸せに思え。ってことなんでしょうね。
残すところ1週間。
夢が叶う。
いろいろあったけど、いい結果を残したい。
だってまさに、16年振りの大舞台。
不測の事態。
縁あって知り合った仲間達。
楽しく演奏しよう!

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