2007/10/23
ハモニカを吹くのに、きものを着る必要は別にないんですが、「着てはいけない」という法もありません。また、最近、演奏時以外でも、休みの日の外出などでは、つとめてきものを着るようにしています。
着るようになったのは、ちょっとした、「はずみ」からでした。
きっかけといえば、ことしの3月に、京都にある私の実家で「町屋ライブ」と銘打って、デュオ「こにしんぼ」のライブをしたことでした。

ライブレポートは「こにしんぼ」ブログで
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http://wind.ap.teacup.com/applet/blowwindblow/msgcate4/archive?b=5
このときは、私はきものを着ていませんでした。ただ、町屋ライブでお客さんを接待するということで、妻がきものを着ておりました。
楽屋内の話ではありますが、
彼女は、若い頃に煎茶道を習っていて、ともかく師範の免状も持っていますが、その関係で、きものは、よく着ていたそうです。また母親がつくっておいてくれたきものも、いくつか持っています。しかしその後、きものを着る余裕もない日々が長く続きました。
3年近く前、フト思い立って、きものを着ていた時期がありました。若い頃の経験もあって、ともかく自分で着ることができましたが、今から思えば、我流の着付け。きものを着て出掛けた先で、心得のある人から襟元を直されたり、帯の締め方が多少横着でも、冬場で羽織を着ているので、「まあ、後ろ姿はごまかせるか…」といった具合でした。
それが、町屋ライブの企画が固まったことし正月明けから、一念発起。近所の先生に月1〜2回来ていただいて、「いろは」の「い」から、勉強し直したのでした。先生に習うほかにも、きもの関係の書物を図書館で借りるなどして、片っ端から読み、「理論」「知識」と「実践」との間を行き来しておりました。
町屋ライブは満員御礼で無事終了。妻は妻で、ライブを機に、きものを基礎から学んだことで、理に適った着方できものを着る心地よさや清々しさ、喜びを再発見したようでした。あわただしい日々の中で、気分転換も兼ねて、休みの日には特に用事がなくても、欠かさずきものを着るようになって、やがて季節は初夏になりました。
地元の個人宅で、米朝一門の落語家、桂吉弥さんの落語会があって、夫婦で出かけました。妻はきもので、私は前から持っていた浴衣を着て、久しぶりに各帯を締めました。
その後、このブログにも書いた、京都・加茂でも「平和の鐘」の出前は浴衣。夏休みには北海道旅行に浴衣を持参して、宿から着て1日、小樽の街を散策したのでした。
小樽の「北一硝子」ホールにて
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小樽の運河にて
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(つづく)

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投稿者:小西
>たけやま夫妻さま
ほんとうに、ふとしたキッカケから、
夫婦できものを着て出掛けたり、
ハモニカもきもの姿で吹くようになりました。
「なんで着物やねん」連載
まだまだ続きますので、
ご一読くださりませ。