
エルネスト・カブールの経歴/出版物ほか……
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ERNESTO CAVOUR
エルネスト・カブール
経歴
1940 4月9日ボリビア、ラ・パス市に生まれる。
10歳の頃より、音楽をはじめとする芸術全般に興味を抱き、独学にて、楽器の練習を始める。その頃より、自らが生活する、ボリビア都市部の伝統、習慣、状況に大きな関心を持つ。
1957 フーリオ・ゴドーイ、ウーゴ・バリエントスと共に、「トリオ・ロス・フンコス」を結成。
ボリビア芸術家協会に加盟。
1961 ボリビア文化教育省所属のボリビア・バレエ団にテスト生として入団。後にチェラ・ウルキーディ、マヌエル・アコスタ、ラウロ・ロドリゲス等と共に、主要メンバーとして、音楽と踊りを担当する。
1962 ココ・デ・ロス・レジェス演出、エマ・シンタニ監督の舞台「スペインのファンタジー」に、ダンサー、ギタリストとして出演。
1963 カルメン・ブラヴォ主催「スペイン舞踊祭」に、ソリストとして参加。
初めてアルパを製作。コンフント「アルト・パラナ」、デュオ「113」を結成。
1964 ボリビア民族舞踊団のメンバーとして「第一回学生フォルクローレ祭(トゥクマン/アルゼンチン)」に参加。
1965 ボリビア民族舞踊団のメンバーとして「第一回ラテンアメリカ・フォルクローレ祭(サルタ/アルゼンチン)」「第一回国際舞踊祭(リマ/ペルー)」に参加。チャランゴの独奏、ケーナ、ギターの演奏も担当する。エクアドールへのツアーにも参加、「スークレ劇場(キト)」で演奏する。
ボリビア・ポリフォニック合唱団のメンバーとして、「第二回アメリカ合唱祭(ビーニャ・デル・マル/チリ)」および、「第二回・アメリカ、チリへ歌う・音楽祭(サンティアゴ/チリ)」に参加。
「第五回ボリビア競技会(エクアドール)」に招待。
ミッキー・ヒメーネスの人気テレビ番組「土曜日の大劇場」と専属アーティスト契約を結び、ソリストとして、自らのコンフントを率いて出演。絶大な人気を博す。
ペパ・ヴェレス、ルイス・トランソス監督の音楽劇「アイレス・ボリビアーノス」に、チャランゴ奏者として招かれ、出演する。
1966 ヤーヨ・ホフレ、フーリオ・ゴドーイ、ジルベルト・ファブレとともに、「ロス・ハイラス」を結成。同時に、トリオ「ドミンゲス・ファブレ・カブール」を結成。
1967 子供によるコンフント「ロス・ハイリータス」をプロデュース。(後に人気コンフント「ロス・チャスカス」へと移行。)
「ロス・ハイラス」とともに、チリのテレビ番組「チリ、歌いそして笑う」へ出演。
1968 子供によるコンフント「ロス・ハイリータス二世」をプロデュース。(後に人気トリオ「ホセ・ホセロ・マルセロ」へと移行。)
「ロス・ハイラス」とともに、ラテンアメリカ各国へツアー。
1969 〜1971「ロス・ハイラス」「ドミンゲス・ファブレ・カブール」、ヨーロッパに拠点を置き、世界各国へ演奏旅行。ソ連、中央モンゴルにまで到達。
1971 ロス・ハイラスを脱退。ボリビアへ帰国する。
自らのコンフントを結成、マリオ・グティエレス、ルイス・バルデス、ルーチョ・カブールらと演奏活動を開始する。
ラジオ・コスモス主催「第一回フォルクローレ・チャリティー・マラソン(コチャバンバ)」を指揮。39時間連続の演奏記録を作る。
1972 「第21回、花と果物のフェスティバル(アンバト/エクアドール)」に、ボリビア代表団35名を率いて参加。パナマへ演奏旅行。
1973 アルゼンチン、ブエノス・アイレスのテレビ、ラジオ各局に出演。
1974 歌手ルイス・リコとともに、ライブハウス「ペーニャ・ナイラ」の文化、音楽活動を再開させる。
メキシコのテレビ番組「エンクエントロ」より招待。アタウアルパ・ユパンキ(アルゼンチン)、ニコメデス・サンタクルス(ペルー)、オクタヴィオ・マルランダ(コロンビア)、レネ・ヴィジャヌエヴァ(メキシコ)らと出演する。
ワシントンDC.へ演奏旅行。
二人のサンポーニャ奏者ラミロ・カルデロン、ジョニーベルナールと ともに、中南米各国へ演奏旅行。
1975 「ポルターレス文化センター(コチャバンバ)」主催で、チャランゴ教室を開設。
メキシコ芸術大学の招きで、メキシコ・ツアー。メキシコのフォルクロリスタたちと共演。
「グルーポ・ナイラ」とともに、カナダ・ツアー。
1978 「第27回、花と果物のフェスティバル(アンバト/エクアドール)」に、ボリビア代表団を率いて参加。ボリビア民族舞踊「カポラーレス」の創始者、エストラーダ兄弟を帯同。
フランス、スイス、ドイツ各国にてコンサート。
エクアドール、ペルー、コロンビア各国にてコンサート。
1979 ニロ・ソルーコ、ルイス・リコとともに、トリオ「ボリビア、アメリカの心」を結成。ボリビア各地にてコンサート。
1980 初の日本公演。(全国労音)
1981 チリの人気番組「チリが君を招く」に出演。
二度目の日本公演。
1982 音楽祭「ラテンアメリカの風景(レンヌ/フランス)」に招聘。アタウアルパ・ユパンキ(アルゼンチン)、オスカル・カッセレス(ウルグアイ)、ラウル・ガルシーア・サラテ(ペルー)、ドゥオ・アッサス(ブラジル)らと出演。
「南米ポピュラー音楽祭(フィレンツェ/イタリア)」に出演。
音楽祭「オリソンテ82モ(ベルリン/ドイツ)」にて、カチョ・ティラード(アルゼンチン)、ラウル・ガルシア・サラテ(ペルー)、エグベルト・ジスモンチ(ブラジル)らと出演。
1983 三度目の日本公演。
「Seranaden音楽祭(チューリッヒ/スイス)」「国際ギター音楽祭(ドイツ)」に招聘。
1984 「第七回移民フェスティバル(ベルギー)」に招待。
ドイツ、フランクフルトのALTER OPERにてコンサート。
ルクセンブルグにて公演。ヨーロッパ各国でコンサート。
1985 「第一回詩人の出会い(サンティアゴ/チリ)」へ参加。
「ベルリン国際ギターフェスティバル(ALTER OPER)」に、パコ・デ・ルシア、ステファン・ジェレミアス、マヌエル・バルエコらとともに出演。
「イベロ・アメリカ音楽祭(TFRIEDE LAUR/ベルリン/ドイツ)」に出演。
USA.アラスカ州にてコンサート。
1986 「第16回政治の歌フェスティバル」に、ボリビア代表として出演。
「ハンブルグ国際ギター音楽祭(ドイツ)」に招聘。アンドレス・セゴビア(スペイン)、ペペ・ロメロ(スペイン)、ラウル・ガルシア・サラテ(ペルー)らと出演。ヨーロッパ各国でコンサート。
1988 北米ツアー。アラスカからマイアミまで、各地でコンサート。
マトグロッソ(ブラジル)にて公演。
1989 ポリネシア諸島タヒチにてコンサート。
1990 ストックホルム(スエーデン)をはじめ、スカンジナビア諸国およびスイスをツアー。
四度目の日本ツアー。
「ポピュラー歌謡音楽祭(アンバト/エクアドール)にて招待演奏。
1991 オランダ、スイス、ドイツ各地にて公演。
エクアドール各地にてコンサート。
フジテレビ「なるほど、ザ・ワールド」に出演。
1992
映画「橋のない川」(東陽一監督)の音楽を担当。
ブラジル公演。
1993 映画「橋のない川」放映記念日本ツアー。
1994 「第七回キューバ国際ギターフェスティバル」(ハバナ)にて招待演奏。
「第一回ラテンアメリカ・フォルクローレ音楽祭」(ラ・パス)にて、特別審査員。
1995 チリ各地にてコンサート。
1997 「ボリビア発明家協会」に加盟。「新しい楽器によるコンサート」を企画。
1998 「パタゴニア・フェスティバル」(プントアレーナス/チリ)にて招待演奏。
ドイツ、オランダ、ベルギー、スイス、ルクセンブルグにてツアー。
「メルコ・スール音楽祭」(メンドーサ/アルゼンチン)に招待。 メルセデス・ソーサ(アルゼンチン)、インティ・イリマニ(チリ)、トッキーニョ(ブラジル)と出演。
クイアバ(ブラジル)にてコンサート。
2000 ヨーロッパ各地にてコンサート。
2002 ヨーロッパ各地にてコンサート。
ロア、カラマ(チリ)にてコンサート。
2003 芸術週間「Bolivia en el Coraz溶」(フアレス、アカプルコ/メキシコ)にてコンサート、およびチャランゴのマスタークラス。
「第四回アメリカ・ギターフェスティバル」(サンティアゴ/チリ)に招待。
2004 東郷聖美展覧会(東京)に招待。
北米各地にてコンサート。

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