小さな美術館を夫婦二人で開館し、「思へば遠くへ来たもんだ。」と云う感慨がある。
田舎の高校を出て平凡な家庭生活をおくるつもりだったが、妻の影響でピカソ、ダリ位しか知らない私が美術の迷路の森をさ迷った末にたどりついた結果である。このさ迷いは、現在も続いている。金子國義や四谷シモンその他、多くの画家、詩人等にも出会い豊かな青春期をおくったが、何時の間にか晩年に近い年齢にもなった。仕事を自ら辞めて、その時思った。私のこれから出来ることは何か、お世話になった方々に恩返しをしたい。それで生涯を送りたい。「美術品などは個人の所有物ではなく、市民等全ての方々のものだ」と云う認識がいつしか二人の信念となり小さな美術館を創りあげた。専門家からみれば疑問を呈するかも知れないが、それでも立派な美術館である。
設立に際しては多数の方々が支援してくれた。開館記念パーティの出席者数には正直驚いた。こんなに沢山の方々が私たちを待っていてくれたのだと。私たちの人生が小さな枝葉を付け、小さな果実を実らせた。私たち二人の決心は間違いではなかった。メディアも無視できなかった。取材は辛かったが、お陰で確実に来館者は増えると確信しているのが現況だ。何処でも見ることの出来ない作品を展示することを目標として運営するのが私たち夫婦の与えられた使命である。側面から支援してくれる方々も確実にいる。老いた人も若い人も。それが私たち夫婦を力づけてくれている。当然、現実を知っているから挫折感を味わうこともあるだろうが、燠火のように火は絶やさないつもりだ。
美術館の名称は、私の出身地である栗駒町の名称を残したい思いで、あえて「栗駒田園美術館若林分館」とした。「本館は私の心の中にある」そう云う想いを込めて。了として欲しい。この小さな美術館は確実に、この地に根づいてくれる。そう願って止まない。それは同時に美術ファンの願いでも有り、責任でもないだろうか。(文責・木村)

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