大熊浩さんが2008年10月19日に亡くなられました。このことについては大熊さんと親しかった山口進さんが12月発行「瓊林第113号」の合掌欄で詳しく弔辞を述べられています。
私は21日長崎の松下伍朗さんより連絡を受け、とりあえずブログに亡くなられたことを掲載したまま、あまりのことにどうしてよいかわからずそのままに放置してきました。しかし2006年8月にメンバー制の11clubブログを立ち上げて以来、最後の掲載10月15日迄に799筆の記事を書いて頂いた大熊さんにお別れをしなければ今年が終らない気持ちで焦っていました。妙なことから引き受けることになった長崎県文芸協会の仕事が、11月の長崎県文芸大会が終わり、12月に入りやっと解放されました。
大熊さんは学生時代から知っていましたが、ほとんど付き合いはありませんでした。ただ校庭の草むらで山口忠正さんと英会話の練習をされているのを見て、恐れ入ったことを印象深く覚えています。臆病な私はそのようなことは大の苦手だったのです。大熊さんは新しいことに勇気を持って向われる積極的な方でした。
いつの頃からでしょうか、大熊さんからメールが来るようになりました。ワードで作った立派な年賀状も貰ったこともあります。IT時代に対応するパソコンを勉強されていた頃でしょう。そのうちメールがほぼ毎日来るようになりました。その頃私は盛んになってきたブログと瓊林会のHP、川崎浩志さんのWelcome to 11club.orgのことを考えていました。(このことは当ブログの2006/9/13「11clubHPは故川崎浩志兄の遺産」に書いています)山口進さんによると大熊さんのアドレス帳には800名に及ぶ登録があったと記してありますが、メールにはメールの特性がある、大熊さんの記事はブログに書いて貰ったらと期待してブログを立ち上げたのも事実です。
大熊さんは几帳面で潔癖な人でした。不用意なメールの誤字や誤記はよく指摘されたものです。以下はメール上の会話です。
TO:大熊 浩様 2008/6/13 FROM:高橋 悟メールありがとうございました。東京支部総会で、長崎新聞4月8日の「水と空」が総会資料として配布されたとの事地元長崎に居りながら、ごめんなさい。(6月4日長崎新聞随筆「水と空」に「福地フアン」として福地茂雄前会長の記事が掲載された)
私たちの使用しているteacupのブログのことです。「高本正のニューヨーク便り」など楽しい掲載をすっかり貴方にお願いしているところですが、100MBの容量です。載枚数778枚、画像469枚で使用率56.06%になりました。リンクが遅くなったりして、そろそろ限界かなと思っています。新しい有料ブログの準備を考えています。これまでの掲載分をどうするかなど新しい試みです。ご意見をお聞かせください。
TO:高橋 悟様 2008/6/13 FROM:大熊 浩お便り有難う!総会で配布の長崎新聞の「水と空」は6月4日掲載分で4月8日掲載分ではありませんよ。タイピング時指がすべっての凡ミスでしたかね
11clubblogも高本正(学12)のニューヨーク便り転載してますが、写真が多く、ご指摘の通り、残り容量が44.94%になって、重たくなってきました。古いものは 捨ててしまうしかないですかね。
パソコンの変換ミスは県文芸の大会誌作成で痛いほど思い知らされることになりました。
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卒業44周年記念全国大会
2007/10/18 メルパルク東京にて |
実は最後のブログ掲載記事の文面は
都合により、暫く休刊しますのので、あしからず。復刊できる日を楽しみにしております。でした。あの几帳面な大熊さんが誤記されていたのです。苦しんでおられたのでは、ほんとうに「*暫く、休刊のお知らせ」であってほしいと悲しい思いの中で訂正しました。ブログはあなたの提案の中で続けて行きたいと思っています。さようなら、大熊さん。ありがとう。

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