「八つ墓村を映画化した野村芳太郎なる監督は、この映画を単にホラーとして描きたかっただけなんだろうか!?」
(事件解決後の諏訪弁護士を演じる大滝秀治風に)
以前、この映画を、このブログでかなりの長文で取り上げた。
長文って所を強みにするつもりは毛頭無かったが、その後、様々な個人サイトや個人ブログをサーフィンし、八つ墓村の記事を覗いてきた。
一つ感じたのは、この映画を取り上げる管理人さん達から伝わってくる情熱と言うか、
とにかく皆、テキストが熱い!正直、仲間意識すら感じたほどだ。だが、一つ物足りなさを感じたのは、皆、同じ所を観て、同じ視点で同じ感想を綴っている事。この点に関しては、自分自身も含めて認めざるを得ない。
そして考えてみた。
(八つ墓村を語りつくすには、もっと深みに入って、作り手の深層心理にまで突入する必要があるのではないか?)と・・・
そこで、皆が取り上げ損ねている部分とは何か?と考えてみる。
(ストーリーや登場人物、その他、眼で見えている部分は既に語りつくされているのではないか?)と・・・
映画を繰り返し鑑賞し、原作を本棚から引っ張り出し再び読む。すると、今まで見えなかった部分がボンヤリ見えてきた。あのシーンや、あの台詞の、何故と言う疑問に対する解釈の糸口が見えてきた。
<八つ墓村・解体真書>・・・自分自身、厚かましさを感じながらも、どうしても書き残しておきたいと言う内なる衝動。真書と言うよりは解体分析の方が正しい表現かもしれない。
古今東西、あらゆるジャンルの解体書の多くは、人生を歩む上で損にも得にもならない、どうでもいい事が殆どだろうw
そのどうでもいい事を追求する事が、至福の喜びと感じる人が世の中には居る訳だ。多分、自分はそんなタイプの人間なんだろうなと思う。
解体分析その1:落ち武者・尼子義孝のモデルになった人物!
<角川文庫 金田一耕助ファイル1:八つ墓村>の6ページ目によると、こう書かれている。
「永禄九年、七月六日、雲州富田城主・尼子義久が、毛利元就に降って月山城を明け渡した時、宗徒の公達で、この降伏を肯じなかった若武者一騎、七人の近習を従えて城を落ち延びた。その時、一行は他日の再挙を期して馬三頭に三千両の黄金を積んでいたと言う」
まず原作と映画の大きな違いの一つは、落ち武者の大将に名前が与えられていると言う点だ。この文章では、
「降伏を肯じなかった若武者」という点がポイント!
時代設定と状況からして、ある武将の名前が浮かび上がってくる。尼子家滅亡の折、家臣でありながら御家復興を志したと言う
山中鹿之介である。この人物は、月夜に向かって「我に七難八苦を与えたまえ」と言った事で知られる尼子の剛の者として有名だ。
武将伝によると、結局、彼の御家復興の夢は果たされず、捕縛され、その道中で殺されてしまう。おそらく原作者・横溝正史は、その山中鹿之介の悲運のエピソードをヒントに落ち武者祟り伝説を創作したと思われる。
解体分析その2:野村芳太郎が伝えたかった事とは?
八人の落ち武者にまつわる映画と原作の大きな違いは、落ち武者達の村での目的が異なっている点だろう。
原作では再起を図る為の雌伏として村に落ち延びた事になっており、映画での彼等は再起などする気は無く、村人として第二の人生を歩もうとしている。
三千両を持って再起を図る為に寒村にやってきたと言う動機の末に、村人達に不意を突かれ殺されてしまったと言う彼等に、不思議と同情が沸かないのは何故なんだろう?
それに反して、郷に入ったら郷に従えの姿勢を貫こうとした末に殺されてしまう映画版の落ち武者達に感じてしまう悲哀は何処から来るのだろうか。
それは、信じていた者に裏切られたと言う
<情緒的観念>から来ているのではなかろうか?
つまり横溝正史にとって落ち武者の存在は、あくまでも読者を引っ張る為のハッタリ表現でしかなく、そこに注釈と言うか曖昧にされた落ち武者達の存在に、補完的な意味合いを込めて作ったのが映画版だったのではないかと言う見方も出来る。
解体分析その3:何故、オープニングが落ち武者のシーンからなのか?
映画版のオープニングを何故、落ち武者達の山登りから始める必要があったのだろうか?
場合によっては、中盤の森美也子の語りからこの場面に移行してもおかしくない筈だ。
この何故という疑問は、ラストの多治見家炎上を丘から見下ろす落ち武者達によって全て解ける。このシーンを見て視聴者は背筋がゾッとし、鳥肌が立つ。
「そうか、やっぱり祟りだったのか。祟りに見せかけた殺人事件ではなく、全ての一連の殺人は尼子義孝によって仕組まれていたんだ」
つまり、あの衝撃的なラストこそが、この映画の本質そのものであり、此処に持ってくる為の要蔵の32人殺しがあり、凄惨な落ち武者狩りがあり、オープニングの意味があった訳だ。
この映画は最初にどういう風に始まり、どういう風な最後を迎えるかが最初から決まっており、ポッカリ空いている真ん中のシナリオ部分は、辻褄を合わせる為だけにしか機能していない事に気付く。
終わってみれば、この事件の全容を把握していたのは尼子義孝であり、その義孝の存在に気付いた只一人の男が金田一耕助だったと言う事だ。
勿論、目に見える存在ではない尼子義孝の存在と過去を知った所で、流石の金田一も何かが出来る訳でもない。只、この事件の行く末を見守るしかなく、多治見家を400年の間、呪い続け、子孫を操って村を混乱に落とし入れ、最後は多治見家炎上を導き家系を絶えさせ、義孝の気紛れによって祟りは終焉を迎えたという事なのだろう。
別に400年も待たなくても、何処かの過程で滅亡させる事は可能だった訳だから。
解体分析その4:金田一の奇妙な行動
この映画だけに限った事じゃないけど、金田一耕助が出来る事は事件の解決ではなく、事件の全容を知る事だけだ。あくまでも私立探偵という立場である金田一は、犯人を目の前にしたとしても逮捕する権限までは持っていない。
所で、この松竹・八つ墓村の金田一はとても奇妙な行動を起こしている。その奇妙な行動は森美也子、多治見辰也、金田一の三者が始めて顔を合わせる八つ墓明神の地で起きた。
「この村の由来ですね?宜しかったら一緒に聞かせてもらえませんか?」そう言って、人懐っこいハニカミを見せる金田一。
別に金田一は意図的に待ち伏せをしていた訳ではなく、美也子から聞いた落ち武者伝説を工藤校長から聞く予定だった。金田一に取って美也子達の来訪は偶然の産物だった。
淡々と400年前の忌まわしい事件を語る美也子。金田一が一番興味を持ったのは、落ち武者殺しを企んだ村人代表の四人の首謀者達だった。
落ち武者殺しの後、毛利から山林の権利を与えられ、一介の只の百姓だった一人の男は、ある日突然、大資産家へと変貌を遂げた。
美也子と達也が去り、金田一も帰ろうとすると一人の初老の男がやってきた。工藤校長である。本来なら彼から落ち武者伝説を聞く筈だったが、その手間が省けたと語る金田一。
「それじゃあ、御約束の洞窟を案内しましょう」と言ったのは工藤校長。
此処で金田一は奇妙な事を工藤校長に聞く。
「落ち武者殺しの主犯格は庄左衛門。残りの三人の事、判りますかね?」
これは奇妙過ぎる質問だ。普通なら「美也子さんの事を教えて下さい」と聞きそうなもんだが、彼が聞いたのは400年前の人間の事だった。
このシーン以降の金田一は、庄左衛門が狂おしく発狂して死んだ事に対する疑問で神経過敏になり、400年前から現在に至るまでの村の関係者の血筋を徹底的に洗う行動を起こしていく。
その執念は最終的に実り、この事件を起こした眼には見えない黒幕の存在を突き止めていくのである。
解体分析その5:山林の権利って何?
山林の権利とは、要するに今で言う土地の権利書と同じ。所が村人達がKYだったのは、
毛利家は「落ち武者があれば差し出せ」と言っただけで「殺して首を持って来い」とは一言も言ってなかった訳だw
しかも手柄となる首は義孝だけで、残りの7人の側近の首は手柄にもならない。しかも焼け爛れて髑髏と化した首まで取ってしまった。此処で素朴な疑問!
八人の生首は、村人によって毛利に届けられたのか?
それとも、毛利側が受け取りに来たのか?
どちらにしても、眼を見開き不気味な笑みを浮かべた義孝の首だけは、受け取る方も見るに耐えられないと思われる。だが首実検と言われる確認はしなければならない。
解体分析その6:落ち武者達の屍骸はどの位、放置されていたのか?
もう一つの疑問は、美也子が語った
「犬や猫の様に転がっていた八人の屍骸を此処に持ってきて埋めた」と言う台詞。一体どれ位の期間、八人の首無し死体は鎮守の森に放置されていたのだろうか?
この辺を調べてみた所、原作も映画もかなり曖昧だ。原作の9ページ目の説明によると
「八人が殺されて半年後、その年はどういう訳か雷が頻繁に起こり、ある日、遂に落ち武者殺しのリーダーである多治見庄左衛門の自宅庭にある杉の気に落雷して、木が真っ二つに裂けた」と書いてある。
しかも庄左衛門は、落ち武者殺し以降、体調が優れ無い日が多く鬱気味になっていたそうだ。そこに落雷という精神的ダメージ・・・
神経過敏症だった庄左衛門は遂にキレた!
眼に入る者を片っ端から斬り殺し、最後は自分で自分の首を斬り飛ばして果てた。つまり八人の屍骸は事件から半年間も放置されていた事になる。蝿が集り、蛆が沸き、当然、腐敗が進んでいただろう。しかも場所は村人達の聖域であり集会場でもある鎮守の森の広場。
村人達は、その辺に転がる腐乱した首無し死体を放置しながら集まって、平然と談笑でもしてたんだろうか?村人達の神経を疑いたくなってしまう珍現象だ。
解体分析その7:落ち武者達の並びに法則はあるのかどうか!
それにしても、この映画の8人の落ち武者達はとても魅力的だ。
最初は怖い存在としか観られなかったが、何度も何度も観てると愛着が沸いて来るから不思議だ。オープニングで哀愁と安堵感漂う表情を見せたかと思えば、落ち武者狩りのシーンでは恐ろしい形相を見せ、ラストのシーンでは夕日をバックに、映画<七人の侍>顔負けのカッコイイ佇まいを披露してくれる。
気になったのは8人の立ち位置と並びだ。果たして、この並びには何かの法則があるのだろうか?
オープニングでの彼等の並びは、画面左から順に佐藤蛾次郎、田中邦衛、夏八木勲、稲葉義男、旗持ち武者、山本清、ロン毛の槍持ち武者、弓持ち武者と言う並びになっている。
晒し首のシーンでは左から髑髏首、邦衛、蛾次郎、夏八木、髑髏首、稲葉、ロン毛、髑髏首と言う並びになっていて、邦衛の首が夏八木の左隣に来てれば納得なのだが、何故か判り辛いアングルの位置に邦衛の首が置いてある。
この晒し首のシーンで、実際に首を演じてるのは夏八木、稲葉、ロン毛の三人だけで、残り五人は作り物の首になっている。稲葉義男でさえ首を演じているのに、何故、田中邦衛は演じなかったのか?
しかもあんなにユニークな死に方をしてるのにも拘わらずw
ラストの夕日の八人の並びは、オープニングと同じかと思いきや違う。一箇所だけ違うのは、一番左が蛾次郎ではなく山本清になっている点。後はオープニングと同じ並びの様だ。
この結果を踏まえて結論を出すなら、八人の並びに法則性は無いと言う事になる。
さて、映画・八つ墓村・解体分析どうだっただろうか?
謎の部分は探せばもっとあるかもしれない。松竹版・八つ墓村に関して、此処が知りたいと言う疑問があったら遠慮無くコメント頂きたい。調べられる範囲で調べていきたいと思う。
特に落ち武者絡みの質問は大歓迎!


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