先日放送された
テレビ朝日の深夜番組「朝まで生テレビ」は、大変見応えのあるテーマだった。
例の大阪都構想に動く橋下徹VS共産党、大学教授、教育委員会、
そして個人的恨みで出席した精神科医・香山リカを交えての大激論バトルが展開された!
今、生放送の醍醐味や威厳が失われている中で、朝生の存在は貴重である。その朝生の根底にあるのは
「本音」だろう。
ちなみに先日放送された回は1月22日に収録されたそうで、橋下の都合を考えれば致し方ない事情だろう。
さて、最大のテーマとなったのは
大阪都構想の真意だった訳だが、今回の放送で大阪と言う地域に興味を持った。今回の放送内容に対し、全てを文章で書くのは不可能なので、出来る限り判り易く要約して書いてみよう。
一言で書くと、大阪と言う地域の特徴として、
<話し合いはするけども、結論の出ない地域>であると言う点だった。結論が出ない以上、結論を出す組織が今後必要であろうという主張を一貫して伝えているのが橋下徹と言う人物である。
実際の所、橋下徹のマニフェストに猛反発をしているのは公務員達で、今回の放送に参加した
反・橋下勢力の一人、薬師院仁志と言う人の主張を聞いてると、役人の保障問題ばかりを必死に訴えていた。
日本の経済事情がどうなろうと、公務員は解雇される事も無く給料も下がらないと言う絶対条件に
「ちょっと待った、ソレ、おかしいだろう!」
と唱えたのが橋下だった。
橋下がこう主張する背景には、データ収集と見聞に基づいた大阪の役人達の腐敗と堕落が目に見えて明らかになってきたからであり、この問題が例の
<君が代斉唱を巡った裁判事件>に発展していく事になる。
君が代は起立して斉唱するべきなのか?座って斉唱するべきなのか?
客観的に見れば、よくぞこんな下らない事を問題にし、裁判沙汰にしたなと呆れるのだが、この下らない抗争の発端の元は、上司と部下の関係、いわゆる統制の無さが招いた悲劇だった。
学校内における規則と言うのは校長の権限であり、その校長が「君が代は必ず起立して斉唱する」と規則を作れば、それが絶対的なルールになる。
所が、部下である教員が規則を守らなかったらどうなるのか?
色んな例えが出来る。
会社の中で社長命令を無視する社員が居たらどうなるのか?
ラーメン屋なのに勝手にカレーを作り出す従業員が居たらどうなるのか?
ルールを守れない人間にはペナルティーを与える。ルールも守らない、上司の言う事も聞けない。だったら辞めて、どうぞ好きな事をやって下さいと主張したのが橋下徹だった。この主張に
「そりゃ〜、ねえだろう」と異論を唱える大阪の公務員達。
橋下は言う。
「君が代を立って歌うも座って歌うも、それは地域の学校の校長が決めて、教員達がルールを守れれば何の問題も無い。橋下ルールなんて従う必要は無い訳ですから。子供の手本になる筈の教師がルールを破って、良い子供を教育出来る訳ないじゃないですか」
統制を取れる筈の組織が統制を取れない。話し合いをしても賛成派、反対派が居て永遠に結論が出ない。だったら結論を出せる大きな箱を作りましょうよ!と提案し、議論ばかりで結論の出ない大阪と言う地域を一枚岩にしませんか?、皆で正しい大阪に変えませんか?と主張を投げ掛け、その為の手段が大阪都構想なんだなと私は認識したのだが、どうであろうか。
橋下徹は独裁者になろうとしているのかどうか。
どの国のどの人々にも、
「独裁」って言葉に好い印象を持つ人は居ないだろう。そもそも独裁とは何なのか?私はこう思う。
独裁とは、作ったルールで結果的に人を困らす事!
しかしながら、大阪の悪い膿を出して治療をしようと言う事なのであれば、
大阪都構想は「独裁」と言うよりは「救済」だと思う。
新しい政治に対し、誰でも批判をする権利はある。しかし、いざ自分が「じゃあ、貴方はどうしたいの?」と聞かれた時に何も意見が出てこないと言うのはどう言う事なのか。何となくノリで批判してみる。だけども自分自身は何も意見を持っていない。
一方、マスコミはとにかく陰険で、橋下の一挙手一投足に一々難癖を付けて報道する。大阪都構想に関しても、マスコミが聞きに言ってるのは、いつも役人ばかりで一般の市民には意見を求めない。何故、一般市民に意見を求めないのかと言うと、
意外なほどに賛成派が多いからw
いつも思うが、報道ステーションの古館伊知郎は、言うだけ言って逃げてないで、一度くらい朝生に参加して専門家と議論してみれば?って思う。報ステのコメンテーター見ても、古館のワンマンショーに反論もしない取り巻きばっかりじゃん。朝日新聞とかアエラとか。


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