死ぬと言う事を前提に晒し者にされてきた認知症の南田洋子。
結局、長門裕之は何をどうしたかったのだろうか?
振り返ってみると、事の発端はテレ朝の
「徹子の部屋」でのボヤキトークだった。
「妻の反応がおかしくなってきた・・・」
確か記憶の限りでは、この時点では南田洋子を襲った認知症と言う病名を長門裕之は言葉に出してなかった。
思わぬボヤキ発言が此処まで大きく夫婦の悲哀物語に展開していったのは、果たして偶然の産物だったのか?それとも意図的なものだったのか?
最初にハイエナの様に人様の不幸に喰い付いて来たのは、テレ朝だった。
「南田さんの容態を取材し、視聴者に有りのままの真実をお伝えしたい。是非、カメラを廻させて貰えないだろうか?」
その時、長門裕之の心境がどうだったかまでは判らないが、とにかく承諾した。古今東西、芸能人が私生活を明かし、プライベート取材を許可すると言う事は、互いにメリットがあるからこそ成り立つ。当然、その先にあるのは
<売名行為>と<金儲け>の二つ以外、何もない。
蝿と言う生き物は、死期の迫った生物から死臭を嗅ぎ取って纏わり付く。
テレビマスコミって言うのは正に蝿と同じで、卵を産みつけ、蛆の湧く住処を本能的に求めたがる。今回の一件はソレと同じだろう。長門裕之の批判されるべき点は、態々、御丁寧にその蝿に対し、住処を提供してしまった事だ。
しかも、彼の行動と言動は全く矛盾している。愛する妻の威厳と尊厳を訴える一方で、その妻を晒して見せ物にしてしまった。こう言う流れを客観的に見てると、長門裕之本人も鬱状態に犯されて居るのではないか?とさえ思ってしまう。
第一、認知症になって何も判らなくなった妻をテレビに晒すと言う行為自体が、反感を買う。何故なら、そこに正当性や正義なんて何処にも無いからだ。
もっとムカつくのは、人の不幸に付け込んで来る事しか考えないテレビ局だろう。儲けと視聴率の事しか頭に無い、思想と志の低い低脳プロデューサー達が、今の放送業界の不景気を招き込んだ大きな要因だって事に、
イイ加減気付けって!
狭い東京都内に5つも民放局が好き勝手に乱立してて、例えその内の二局程度が潰れたって、世間は何とも思わないんだって!だって、その時は他のチャンネルに廻せば済む事だもん。
地デジ推進とか宣伝する前に、民放はもっとマシな番組作りしろって!ホントに!


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