「お前は市橋か?」
「はい・・・市橋です」
大阪のフェリーターミナルにて、警官と市橋の間で、こういうやり取りがあったと報道された時、不思議な空間が頭に浮かんだ。
2年7ヶ月前のあの日、警官を振り切って裸足で逃走した男は、何を悪びれる事無く、抵抗する事も無く、法の番人に降った。2009年、11月10日の雨の日の事だった。
名古屋の整形外科で撮られた写真は、市橋達也一生の不覚だった。
この事件は警察の手柄ではなく、報道機関と民間の団結によって解決された。
だが、市橋の目の付け所は間違ってなかった。大阪から福岡、福岡から名古屋、名古屋から再び大阪。
そして何故、沖縄なのか?
失礼な書き方かもしれないが、沖縄は関東や関西ほど報道が行き届いていないと言う現実がある。少し書き方を変えると、東京の様に粘着報道しないし、一つの話題でクドクドとしつこくない。その分、そこに住む人達も必要以上に他人に関心を抱かないと言う特徴がある。
どうせ逃げるのなら離れ島へ!
と言う発想は、逃亡者からすれば大正解だ。じゃあ、北海道じゃ行けなかったのか?とか、小笠原辺りじゃ駄目なのか?と言う素朴な疑問もあるが、そこはやはり、沖縄と言う地の独特な神秘性と言うか、そこに住む人達が関東人や関西人達とは明らかに質が違うだろうと言う民族性への期待感があったのかもしれない。
もし、そうだとしたら、
「何故、沖縄なのか?」と言う疑問は十分納得の行く動機だろう。
モデル銃式の催涙ガスを所有してたと言うのは、人を襲ったり銀行やコンビニ強盗の様な犯罪用ではなく、自己防衛手段の道具だったと認識した方が正解だろう。増してや、そんな物で人に致命的な危害は与えられない。
市橋は2年7ヶ月の緊張極まる過酷な逃亡生活で、他人への警戒心が解かれる事は無く、いつだって一人ぼっちの空間を欲しがった。おそらくグッスリと熟睡した日も無かったのではなかろうか。
体も心も休まる時の無い市橋達也。
所が注目したいのが、この点だ。
正真証明の悪人が、
<働いて金を稼ごう>なんて全うな意識を持つ事は、まず有り得ない!
殺人逃亡犯が自分から
「働かせてくれ」と雇い主に迫り、建設と言うカテゴリーで汗を流し、社会貢献をしたという否定出来ない事実は、明らかに市橋達也の心の中に何らかの心境の変化があったと伺えないだろうか?
退くに退けない迷いと言うか、雇い主に休み無く仕事をくれと懇願するのも、只、逃走資金を得る為だけでなく、晴れる事の無い心の闇を紛らわす為の手段だったと考えられないだろうか?
おそらく報道機関は年末まで、毎日この話題に粘着するだろう。
市橋を語る時、多くの三文キャスターや無責任なコメンテーターが責めなじった発言をするだろう。
だが、市橋達也の行動心理を分析し、心の闇の奥深くを覗こうとしない限り、この事件の闇が真に晴れる事はないだろう。
我々が知りたい様々な
「何故?」と言う疑問と、リンゼイ殺害の動機。
今、我々はこの男への関心に満ち溢れている。この話題、もう少し取り上げてみたいと思う。


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