旧暦宝永元年10月13日は、西暦1704年11月24日。
だから、今日(2004年11月24日)が、大和川が付け替えられてから、ちょうど300年目となる。

(大和川付替え300周年記念事業実行委員会HPより)
確かに、大和川の付け替えは、その後300年間の河内平野、そして大阪平野の発展にとって、欠かすことのできないターニングポイントであった。
しかし、そのことによって河内は、その本来の特色であった豊かな共同体意識を徐々に鈍磨させ、怠惰で独善的な気風を膨張させてきたのでもあった。
東大阪市との約束でもあるので、遅ればせながら、体調の回復を見計らいつつ「河内学」の構築をはじめている。
ただ、それは手放しの河内褒め、仲間内での偏狭な「お国自慢」になることはない。
といって、かつての豪放磊落で豊穣な河内を回顧するだけのものにもならないはずだ。
いずれにせよ、300年前の大和川付替えが、河内にとっての一大転換期であったことだけは、間違いない。