私の長崎でのオフィスは目覚町にあります。
私自身の目覚めについて書き記しておきます。
「自己保存」という働きは本能ですから、自分の生活を守りたい、自分の家族を守りたい、自分の事業を守りたいという動機は自然なことではあります。
でも、それは衝動的、本能的なものですから、先を見通したものにはなりにくく、頑張っているとか、一生懸命だという姿には見えますが、何を頑張っているの?、何をしたいの?と問われると答えることができないのです。
最近では、個人でも人生上の目標や使命を持つことの大切さが言われていますし、会社では経営理念にはじまって、社会的使命に向けて動くことが言われています。
でも、それが実際には自己保存の衝動的な働きであったり、利益をあげるとか、損をしないといった「手段」に属することが(その利益で何かするかが大切)、目的になってしまい、理念や目的、使命は、ただ、表面的に飾りで言っているだけということもあるでしょう。
これもまた、無理のないことでしょう。
私は、自分の中に無限のエネルギーがあることを信じています。そして、自然法則に従って生きることで、人間は生き生きと、ワクワクした生活を手にすることができることも知っています。
しかし、これまで、具体的な目標に向かって没頭しているときにはエネルギーが沸いてくるのですが、それが終わると大変な疲れが襲ってきて、次のエネルギーをためてから、また動き出すという繰り返しでした。
なぜだろうと考えていました。
私もまた、自己保存の気持ちが入り込んで「頑張っていた」のであって、将来に向けて何をしたいのかという明確なビジョンがなかったので、刹那的な努力で疲れていたのだと気付きました。
それほど、人間には「何をしたいのか」というビジョンが大切なのです。
これまでは、私は「自分がどのようになりたいのか」と考えて努力をしてきました。そして、少しずつ「なりたい自分」に向けてすすめてきました。
でも、それは相手を意識しない独り相撲であったと思いました。
社会に向けて何をしたいのか。誰のために、何をしたいのか、それを明確にしないと、自分の中の無限のエネルギーは動き出さないのだと分かりました。
最近見た夢ですが、3夜で・・・
@先細りの崖道を進んでいたが、自転車を降りて、歩いて進んだ。さらに細くなって通れなくなることが分かったので、今のうちにと、隣の小山に飛び移った。そこの崖も高かったが、ダンボール箱が積みあげてあったので、そこに乗ると、それがつぶれることで安全に地上まで降りれた。
Aありえないほどの超急勾配の下り道を車が疾走している。僕は後ろの座席でしがみついている。運転士はスピードをあげて、前の車を抜いていく。
B海岸で知らない少女と一緒に波と戯れている。
@ABと夢を見ることで、ある種の開放感を得ました。
僕は、これから、社会に向けてなにをしたいのかを本当に明確にしないといけない。
もうかれば何でもいいということではなく、「何をつうじて社会貢献したいのか」
私は、現代社会で自然性を失っている人たちの自然性を回復させていきます。それが使命です。
自然性を回復した人を増やしてどうなるのか。自然性を取り戻した社会が出現することが目標です。
「教育とカウンセリングとアートを通じて、人間の自然性を回復させる手伝いをすることで、自然性あふれる社会をつくっていく」
それが私の使命だと心を固めました。
いきいき、ワクワクの人たちを増やしていくこと。
これに、役立つことであれば、何であれ、縁に従って取り組みます。きっとエネルギーは湧いてきます。これに役立たないことであれば、私は関わりません。
いきいき、ワクワクの人が増えないような取り組みはお金になったとしても、自分にとって意味のないことです。
そのように「腹」を決めました。