自分の持ち味ってあると思う。
ねずみ年のせいか(今年は年男)
僕は、蓄積主義ですね。こつこつと知識でも経験でもためていくタイプ。
なぜかお金はためられないのが不思議。
自分の将来を見通したとき、寿命がたくさんあるとすると、どれだけのことができるだろうとワクワクしてきます。
そして、その蓄積した力を、少しずつ、みんなが元気になれるように使っていけたら、どんなに幸せだろう。
今の自分を否定したくはないけど、これまでやってきたことは認めるけれど。
それでも、不足するものがたくさん見える。
でも、それが楽しみでもある。自分の進化を信じている自分がいる。
その第一歩として、「自分が豊かに生きること」が最も大切だと思う。
知識や技術の切り売りであれば、それがなくてもいいかもしれない。
仕事は仕事、自分は別さ・・とつぶやいてもいいだろう。
でも、人間の自然性を回復させる手伝いをして、自然性あふれる社会をつくろうというのだから、まず、自分がそのように生きないといけない。
もっと、いきいき、わくわく、魅力的に、はじけて、輝いて、生きていきたい。
好奇心にしたがって・・出会い、縁に従って
「暮らしに活かすやさしい人間学」を構築して、伝えていかなければならない。
「人生の質を高める学びを応援」していかなければならない。
目指すものがはっきりしており、それがやりたいことであれば、エネルギーは無限に湧いてくる。
自己保存ではなく、使命感と夢をもって進むこと。
自然性の回復とは、幸福のことである。
人間は自然性を回復したときに幸福、本当の幸福を感じることができる。
自然性の回復とは対話と調和のことである。
自分の身体との対話、大自然との対話、自分の奥底の心との対話、他者との対話、社会との対話、そうして対話の中で、響きあい、照らしあいの「調和」が出現する、
それが「自然性の回復」である。なぜなら、そのように自然も調和の中に発見できるからである。
そうすると、対話の中での調和がもたらす「幸福」のことが「自然性の回復」になる。
今年は「対人関係論」として、その学びをすすめ、伝えていく。
今後、やさしい人間学は、きっと進化していくと信じている。
こうして、学び、つくり、語り、満足して生きていきたいと心から思っている。