ちょうど十数年前
まだ、勤め人だったとき、突然、頭に湧いてきた言葉が
「響き愛 照らし愛 輝き歌う人生を」でした。
私は、人間学として、様々な学びをすすめていく中で
人はどのように生きていけば幸福かということを深めていきましたが
その結果を
「暮らしに活かすやさしい人間学」としてそれを社会に提案しております。
ハンス・セリエ、ロジャーズ、池見酉次郎、玉城康四郎・・・様々な識者が、生命の法則、自然法則に従った生き方の必要性を述べていることを拙著「生命の詩」で明らかにしましたが、価値観や人類の知恵が崩壊している今日、それを社会の共有財産として構築していくことが最も大切なことだと思っています。
自然法則については、まだ、学びをすすめている途中ですが、生命科学、脳科学、自律神経生理学、健康科学、発達心理学、行動科学など人間科学について、一歩ずつ基礎を学んでいくしかありません。
48歳という年齢で、道半ば、まだ基礎を学習している自分がおり、果たして自分の人生は意味あることを残せるのだろうかという不安も湧いてきます。
つたないワープロ打ちの「対人関係論」のテキストが今後、どのように成長していくのか、それを楽しみに地道に歩いていくしかありません。
私は、響き愛、照らし愛とは、人生の目的であると理解しておりましたが、今朝、よく考えてみましたところ、目的であるというよりは、具体的な実践法であるとの気付きがありました。
自然性の回復、自然法則に従った生き方といっても、それは様々な捉え方があるでしょう。
しかし、私が思うところ、心と身体、自分と他者、自分と自然界の関わりを考えたときに、そこに出会いがあり、不調和があるとそれがストレスです。
しかし、そのストレスは解消されることを待っています。自分が関わりの中で不調和になると、そのことで自分を知ることができます。自分を知ると、自分を整えることができます。そして、自分を整えて他者と関わることで、不調和・ストレスが解消されて、調和、リラクセーションが出現します。
結局のところ、幸福体験とはこのことなのですから、様々なものとの「響き愛、照らし愛」がまさしく幸福であり、これは目的というよりは、上記のとおり、具体的な実践法であると気付いた次第です。
朝起きてから夜眠るまで、今月、今年・・・そうして、響き愛、照らし愛の人生を送ろうとすることこそ、大切な実践だと思うのです。
直感とは、時を越え、空間を越えています。
10年以上も前に、意味は良く分からなくとも、答えは出ていたのかと感慨深く思った次第です。
毎日がオーケストラの演奏であるとしたら、どうでしょうか。
不調和を恐れることはありません。それを調和にしていくことが「生きる」ということですから、そのことについてスキルを磨いていきましょう。
不快を快にしていくプロセスが動物の学習ですが、人間の場合、それを「不調和」を「調和」にしていく、ストレスをリラクセーションにしていく、それが「生涯学習」だと言い換えてもいいでしょう。
変化し続けること、種が芽になり、葉が茂り、花が咲き、実がなるように、変化しながら、より調和を大きくしながら、人生を大きくしていくこと。
私は、自分自身がそのように生き、その生き方を広げていきたいと願っています。