以前コメントをいただいた、雨野寂さんのブログの「
仕事」というエントリーを読んで、私も思うところがありましたので、エントリーをします。
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働くことの第一目標が金銭や名誉でなければ、働くことは生きることに一致する。「善く生きる」ことは、他人を幸せにする。幸せになった人は、感謝し、尊敬し、そのお礼として何かをお返しする。富と名声は目標や目的であってはならず、「善く生きた」帰結なのである。だから勉強も善く生きるための体力づくりなのだ。
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働くこと=生きること とは言えないのではないかと思います。
働くのは確かに、生きるために必要な金銭などを得るためでありますから、そういう点では、働くのは手段であります。
一方生きることも、何のために生きるのかを考えたときに、その「何のために」をするためには、生きていなければ出来ないことですから、生きるのは、その目的を果たすための手段ということになります。
ではなぜ生きるのかという、質問に対して「善く生きる」というのは、答えになっているのかと考えてみると。
何のために生きるの?
「お金を貯めるため」
「名誉を得るため」
「善く生きるため」
どれも、生き方の一つであって、目的に対する答えにはなっていないのではないかと思います。
では、善く生きて何をするの?と問われたらどう応えたらよいでしょうか?
もちろん、世のため人のために生きることはいいことですが、本当の幸せになるために生きているのが人間です。
他人に感謝されるのが好きだという人は、やはり名誉を愛しているのではないかと思います。
生きる目的は、名誉ではないとするならば、人に感謝されるためではないと言うことになります。
本当の幸福は、地位や名誉ではなく、人間に生まれてよかったと喜べる幸せではないでしょうか。
まだまだ書きたいところですが、今日はこれまで、有り難くも最後まで読まれた方は、コメントなどいただければ幸いです。

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