NHK大河ドラマ「篤姫」の次回(8月12日)は「薩長同盟」。
それまで敵対関係にあった薩摩と長州の両藩を握手させた立役者といえば、土佐藩を脱藩していた坂本龍馬である。
龍馬は薩長同盟を成立させたあと、伏見の寺田屋に長府藩士の三吉慎蔵と投宿していたところを、伏見奉行所の捕方に襲われた。龍馬はピストル(スミス&ウェッソン社のモデル2・通称アーミー・モデル)で応戦し、慎蔵とともにかろうじて脱出する。
寺田屋には、龍馬と仮祝言を挙げていたお龍がお春の名で住み込んで働いていた。
二人はその後、京都の薩摩藩邸において、西郷隆盛の媒酌(中岡慎太郎とも)で正式に結婚し、鹿児島へのハネムーンに向かう(詳しくは拙著『龍馬のピストル』で)。ちなみに「篤姫」では、龍馬を玉木宏さん、お龍を市川実日子(みかこ)さんが演じている。
寺田屋は、二つの「寺田屋事件」の場所になった船宿である。最初は文久2年4月23日(1862年5月29日)、薩摩藩の過激な尊王攘夷派の藩士が、同じ薩摩藩士によって粛清された事件、2度目は慶応2年1月23日(1866年3月8日:ただし当時は不定時法なので、現代の時間に照らすと24日未明)、龍馬が襲撃された事件である。
現在も、京都府伏見区にある寺田屋は観光名所になっている。これまでは旅館内で流れる案内テープなどで当時の建物と説明されていたことから、実際に龍馬が投宿したときと同じものと思い込む観光客が多かった。
だが、当時の寺田屋は慶応4年(1868)年1月、幕府軍と、薩長中心の新政府軍とのあいだでくりひろげられた鳥羽伏見の戦で類焼している。現在の建物は後年、旧船宿の西隣に建てられたものである。ただし、焼け残った古い建物の一部を使って復元したのか、それともすべてを新築したのか、といった点などで意見が分かれる。
京都市は9月25日、寺田屋について「鳥羽伏見の戦のあとに、再建されたもの」と発表し、市の観光案内ホームページに注釈をつけるなどの措置をとると発表した。
一部の研究者や幕末ファンのあいだでは常識であり、修正を求める意見があったというのに、今ごろになって発表するとは、なんとも能天気というか、やはりお役所仕事だな、というのが率直な感想である。
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