2月2日午後11時からのBS2「フォークの達人」は、永井龍雲さんの沖縄ライブだった。20代のとき、岩手県民会館で開かれた永井さんのコンサートを聴きに行ったことがある。ひところ、車の中では、ずいぶんと永井さんのテープを聴いたものである。でも、カラオケにはたいがい数曲しかなく、「誰、それ?」と、たびたび訊かれた。
あのとき聴いた「道標(しるべ)ない旅」や「悲しい時代に」などの曲がぜんぜん古びていないどころか、むしろ、今の時代にこそ多くの人に聴いてほしいと思った。
デビューした当時、松山千春、長渕剛とともに「三羽がらす」と呼ばれたこともあったという。(番組のなかで、初めて知った)
「道標ない旅」のヒットのあと、しばらく低迷時期が続いた。ふたたび脚光を浴びたのは、平成元年(1989)、五木ひろしに提供した「暖簾」(のれん)である。永井さんは賞とはあまり縁がないが、この歌では第22回日本作詞大賞の優秀作品賞を受賞している。
永井さんは1957年11月4日生まれという。50代になったが、青春時代の、いい意味での繊細さを失うことなく、若いときとかわらず、丁寧に、ときにはおおらかに歌いあげる。歌の一曲、一曲が胸にしみいる。
永井さんは今、沖縄で暮らしている。沖縄の風が吹き込んだような歌もいい。(「沖縄物語」というアルバムもある)
最後に歌った「ルリカケス」を聴いていたら、自然と涙があふれてきた。永井さんは高校二年生のとき、お母さんを亡くしている。そのことで、母親に対する格別の感情がある。永井さんのお母さんは、奄美大島の瀬戸内町に生まれた。(元ちとせも同町出身)
奄美大島には、世界でこの島だけに生息するというルリカケス(国指定の天然記念物)がいる。
このルリカケスに亡き母親への思いを重ね、母親の生まれた故郷を「こんなにすてきなところに生まれてよかったね」といった内容で、語るように切々と歌いあげる。
去年の紅白では、すぎもとまさとの歌う「吾亦紅」(われもこう)が反響を呼び、現在もヒットを続けている。歌は母親への不義理を詫びる内容らしい。ぜひ、永井さんの「ルリカケス」も、もっと多くの人に聴いてほしいと思った。
永井さんの歌手として、人間としての歩みを思うとき、「メジャーとは何か」ということを深く考えさせられる。