西郷隆盛と、シンガー・ソング・ライターの永井龍雲さん。
一見、何の関係もない二人が、永井さんの名曲「ルリカケス」で繋がっている。
永井さんの「ルリカケス」は何度聴いても、胸がほんわりと温かくなる。
人生の哀歓というのか、悲しいできごとを歌いながらも、明日につながる勇気のようなものが伝わってくる。
三番は、ちょっと凝った歌詞で始まる。
明日は旅立つ名瀬の夜 唄者奏でる島唄に
思い重なる愛加那の 悲しい別れの物語
というフレーズは、歌の舞台になっている奄美大島の人たちなら、すぐに何のことかわかる。だが、そうでない人には、ぴんとこない。
名瀬は奄美大島の港である。唄者(うたしゃ)とは、島唄の歌い手のことである。
本来、奄美大島での島(シマ)は集落を意味しており、それぞれの地域で歌われてきた伝統的な歌を意味している。
愛加那(あいかな)の「加那」とは、愛しい人の意味である。
この歌で唄われている人物は、龍愛子といい、実在した人物である。
龍愛子は天保8年(1837)年に奄美大島の名門の家、龍家の娘として生まれた。かの坂本龍馬より2歳年下になる。
龍馬と厚誼を結んだ一人に、薩摩藩の西郷吉之助(隆盛)がいる。
NHKの大河ドラマ「篤姫」にもとりあげられている西郷だが、
彼をとりたてた島津斉彬(なりあきら)が、安政5年(1858)に急死したあと、
「安政の大獄」に巻き込まれるかたちで失脚、
奄美大島に流され、龍郷(たつごう)で失意の日々を送る。
ここで出会ったのが、龍愛子こと愛加那である。
2人は愛しあい、2人の子をもうける。
やがて、西郷はいったん、鹿児島へ呼びもどされる。
(のちに沖永良部島へ遠島となる)
愛加那は、西郷と一緒に暮らすことを望みながらもかなわず、
明治35年(1902)、島の地で65年の生涯を終えたという。
(龍郷には、今も西郷と愛加那が暮らしたという家がある)
「ルリカケス」では、母親が島を去るとき(そして、初めて母親の故郷を訪れた龍雲さんが島を去るとき)の哀切な思いを、西郷との別れを嘆いた愛加那の気持ちに重ねて、唄っている。いわば、歴史の重みを織り込んだ、大きなテーマをもった歌といってもいいだろう。
三番の歌詞は次のように続く。
二度と逢えない切なさに 死ぬことばかり思ったけれど
こんな素敵な島の血を ありがとう母さん
ここでは、高校二年生で母親に死なれた龍雲さん自身の思いを、
愛加那の気持ちに重ねている。
ルリカケス ルリカケス
生きる勇気をありがとう
ルリカケスとは、この島で生まれ育った母親そのものであり、母親と同じように、脈々と島で生きてきた無数の女性たちに対する思いでもあるのだろう。その一人に愛加那も含まれる。
ルリカケス。改めて奥が深い歌だと思う。