前にも同じタイトルで書いた(のちに削除。注・このブログではしゅっちゅう削除がある)が、「いくらなんでも降りすぎですよ」と天に向かって言いたくなるような、「八月の雨の日」(長渕剛の歌にも同じ曲名がある)が続いている。
昨日の日曜日、同級生の母親(親類)の葬儀が執り行われた。高台にある墓地での納骨のあいだも、強い雨がやむことはなかった。ご法事を終えて帰宅すると、“酔い疲れ”でもないだろうが眠気をおぼえ、少し横になった……。つもりだったが、目が覚めて居間にもどると、すでに北京オリンピックの閉会式が終わっていた。
ぼんやりとBSの「シンドラーのリスト」を途中から見る。そうそう、ラストシーンはこのような終わり方だった、と思いながら、公開された当時(1994年2月、アメリカではその前年)に受けた衝撃を思い返した。
映画の終わりには、実際に「シンドラーのリスト」により、ホロコーストを生き延びたユダヤ人が、シンドラーの墓石の上に石を置くシーンがあったが、その人たちのその後の人生を思った。
民放に切り替えると、今年いっぱいで活動を休止するサザンオールスターズの「サザン真夏の大感謝祭」が流れている。結局、フィナーレとなる曲を聴いただけだった。会場を埋めた人々が雨に打たれている。ああ、ここでも雨だったのか。
夏の終わりといえば、たしかに雨がつきものだが、これだけ雨の多い夏は珍しいように思われる。夏の終わりは、祭りのあとのさびしさを思わせる。こんなとき、拓郎の懐かしい歌をちょっぴり口ずさんでみたくなる。