凄くデフォルメしてしまうと、その国が一度崩壊して、立ち直る、というのは、基本的に
政治家と役人の人事が入れ替わる
と言うことだと思って良いと思われます。
血なまぐさく、派手に、ドンパチやるのが革命で、軍隊が出てきて、参謀総長が自ら首相に就任するか、参謀総長が自分の傀儡を首相に据えてリモコンするのがクーデタです。
(日本の場合、226事件にせよ、敗戦間際のクーデタ未遂にせよ、参謀総長が動いたのではなく、若手や一部過激分子が勝手に動き、途中から成り行きで参謀総長を動かそうという、かなり計画性に乏しい殆ど博打と言うか、無謀と言うか、純真と言うか、無垢と言うか、ただの馬鹿というか、どうしようもないものだった。
軍人は上官の命令を聞くのです。軍隊で一番偉い人、それも陸軍参謀総長、または統合参謀総長しかクーデタは起こせません。)
アメリカの凄いところ、というのは、4年に一度「スクラップ」のチャンスがある、と言うところだと思う。
それから、中国が群雄割拠・内戦、というのは今の時代は随分非現実的だと思います。
ワイ軍、湘軍の時代じゃああるまいし、それに、あの頃は巡撫といって、一省又はその一部の「軍政」、つまり、軍事と民事を担う地域最高司令官が居た。
節度使みたいなもんかな。
これが皇帝に直属していた。
だから、トップの皇帝が居なくなると、自然に各地が群雄割拠せざるを得なかった。
現在はどうでしょうね。
現在の省長、自治区長も北京政府が任命し、中央から派遣しますから、制度的には中央で政治的混乱が起きたら、各省が独立、なんてことはありえます。
中国軍では陸軍の地位が高く、各軍管区のトップは、中国全体の海・空軍のトップと同レベルで、軍管区内では、海・空軍の司令員は陸軍のトップの軍管区司令員に服従することになっていたと思う。
(だから、中越戦争の時も、働いたのは南方の軍管区だけで、全国で総動員が掛かったわけではなかった。中国が全面戦争になったら、軍がどう動くかは中国人でも予測が出来ないらしい。今はどう変わったのか知らないが。古くは日清戦争で、南方の軍閥が観戦よろしく軍艦を派遣したら帝国海軍に沈められてしまい、起こったボスは北洋軍閥に賠償を求めたんだそうな。)
軍管区のトップは軍事委員会の隷下にあって、その主席が一番偉いってことになる。つまり、軍の統帥権を持っている。(讃ネ燭六爐未泙巴羆V鎧ョ儖Q饉臉覆虜造楼飮C靴討い燭修Δ福@帽餡伴臉覆オ海療^禪△鮖C辰討い襪錣韻任呂覆い里諭」
国家主席になったらトップ、なのではなく、その上で中央軍事委員会の主席を兼ね、かつ委員会の中で主導権を握らないと本当の意味で「実権掌握」とはならないんだそうな。
この軍事委員会というのは、要するに昔から続く地方軍閥のボス達の集まりみたいなもんなんだそうな。
「共産党なんか嫌いだ。軍事委員会なんてやめっべ」
となったら、また群雄割拠になるのかな?
当時とは環境がかなり違うので、そのまま昔と同じことが繰り返されるとも思えないけど。
ちなみに、辛亥革命は武漢で蜂起が起きて、皇帝が北洋軍閥のボスの袁世凱に討伐を命じたわけ。
袁世凱は蜂起軍(革命軍)を適当にどやしつける程度にしか攻撃せず、ぼーっとしてわざと様子を伺った。
革命軍は皇帝の退位を求め、皇帝(ガキの溥儀だよ)は袁世凱に何とかしてくれ、と泣きつく。
両者をギリギリまで競わせて、結局皇帝が退位に同意する。
革命軍は孫文を向かえて南京で総統に選出するが、袁世凱がどやしつけた。
最後に漁夫の利宜しく袁世凱が「総統」に就任して美味しいところを持っていった。
で、調子こいて皇帝になろうとしたら今度は自分に対して各地で蜂起が続出、あれよあれよと尿毒症で死んでしまった。
後を襲ったのが、袁世凱の子分で、皇帝戴冠に反対した段祺瑞。
コイツは、自分が総統になるのではなく、黎元洪を傀儡にしてリモコン操作しようとしたら、生意気にも勘違いして反逆こいた。
(ナセルに反逆こいたサダトみたいだ)
北洋軍閥も安徽系と直隷系に分裂なんかしちゃって、面倒くさい事になった。
日本は段祺瑞を支持するために西原借款とかいって、大金を貸し付け(たけど、勿論ほぼ全額焦げ付いた)相変わらず馬鹿やっていた。

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