2009/11/24

盲腸  健康関連

 盲腸には何の機能も役割もなく、不要な臓器である。

 これが僕の子供の頃の常識でした。ですから虫垂炎(いわゆる病名、俗称としての盲腸)になると、簡単に手術をして取り除いていたものです。
 そして乱暴な事に、他の手術をして開腹した際に、ついでに何も悪くない盲腸を切除してしまうという行為までもがまかり通っていました。予め切り取ってしまえば、虫垂炎になる心配がないから良いだろうという考えからです。

 僕は子供心に、これを疑問に思っていました。医学的に機能が見つからない事と、実際に機能が存在しない事とでは、全く別の話なのではないだろうか? 本当に何の役割も機能もないのだろうか?
 そして近年になって、盲腸は免疫機能に大きく関わってきているのではないかと言われています。

 現代医療は、長年の研究の蓄積によって、確かに多くの人体についての情報を得ているのかもしれません。けれどその慢心の構造は、明らかです。機能が見当たらなければ、論理的な考え方では、

・機能が実際に何もない
・機能はあるが、現段階では発見できない

 この2つの可能性があるはずです。これは小学生にも判る理屈で、子供の頃の僕が特別に優れた洞察力を持っていたわけではありません。こんな簡単な理屈から逸脱してしまうのは、慢心があってこそです。

 見えない事と、存在しない事とは違う。現代医療は多くの物を見え過ぎているために、こんな常識も通用しなくなっているのではないでしょうか。

 

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2009/11/22

ある手品の本  書評

 昔に読んだ、手品の本の話です。今回のブログは、とても気軽な内容です。

 カードマジックの中で、お客さんに一枚、カードを選んでもらう段取りがあります。都合の良いカードを引かせるのか、それともどのカードを選んでも良いトリックにするのか、手品としてはどちらかだと思います。
 その手品の本では、引いてもらいたいカードを真ん中にして、取り易いように出っ張らせておくというテクニックが紹介されていました。そしてその種類のカードトリック全てが、このテクニックを自信満々に前提にしたものでした。

 三歳児くらいまでだったら、何とか通用しそうです。



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2009/11/20

腹式呼吸の誤り  健康関連

 複式呼吸というと、お腹に空気を入れると思っていませんか? この勘違いをしている人は、意外に多いものです。それに対して、胸に空気を入れるのが胸式呼吸だと理解しています。

 空気が入るのは、胸式でも複式でも、同じく左右の肺です。胸式か複式かは、肺の収縮のさせ方の違いです。複式呼吸は横隔膜を上下に動かします。下に横隔膜が下がり、肺の容積が拡大されます。その時に内臓が押し出され、お腹が出る形になります。

 この何て事のない勘違いは、実は有害かもしれません。複式呼吸をする時に、お腹に空気を入れようとして、頑張る動きをしてしまうからです。それは勿論間違いなので、不合理なものです。不合理なイメージは、身体の動きに無理やロスを生じさせます。
 勘違いしていた人は、試しにこの正しい知識を得た今、複式呼吸をしてみてください。いつもより楽だったら、そこに無理やロスがあったという事です。



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2009/11/16

夫婦の絆  日常

 よく結婚して同じ相手と一緒に居続けて、飽きるんじゃないか? というような事は、言われます。けれど結婚相手は、暇つぶしの道具ではありません。生きた人間です。

 もし飽きるというなら、きっとそれは、刺激を求めているのでしょう。月日と共に変化はするけれど、同じ人間ですから、大よその思考パターンや行動パターンは、把握しているものでしょう。そしてその想定から外れる事は、滅多にないのかもしれません。結果として刺激はなくなり、飽きるという感覚になるのかもしれません。

 恋愛は脳に分泌される麻薬、その刺激を楽しむものと思い込んでしまっている人は大勢います。同じ相手に、この恋愛感情という名前の脳内麻薬は分泌され続けません。

 親や兄弟に飽きる人はいません。家族だからです。結婚相手に飽きるという感情を持つのは、恋愛の延長で結婚相手を見ているからです。恋愛と結婚は別ではありませんが、全く同じものでもありません。恋愛感情という激しくも薄い衝動から、色々な事を乗り越えながら、夫婦愛へと移行していく。

 結婚前から理解していたつもりの内容ですが、結婚2年目にして、この事が実感できてきました。



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2009/11/13

論理は飛躍するものです  主張

 論理的思考というと、素晴らしい高度なもののように感じられます。けれど論理的思考自体には、実は何も中身がありません。それが素晴らしくあるためには、正確な情報と倫理が必要です。

 例えば男女差別を改善しようと、思考をします。そこで男女差別だけが無くなれば良いという考え方、言い方を変えると、文化などその他の価値を一切考えないと、男女で分ける事全般を否定すれば良いという結論に至ります。
 小学校で「君付け」を廃止して「さん付け」で統一するのは、意味のない対策ですが、男女を分ける事を否定すれば良いという考え方には合致します。つまり論理的思考の中では、間違いではありません。そこにインプットされて扱われているデータに誤りがあるのですが、論理的思考はそれを必ずしも判定してくれません。
 それ位であれば、まだ害はなくて済みます。けれど「男らしさ、女らしさ」への全面否定になってしまえば、最早有害です。男は男らしく、女は女らしくという文化を破壊します。この文化は、時には不合理に働いて、個々人の個性や意志を抑圧するものであるかもしれません。しかし男女には元々、精神性に違いがあり、男(女)らしさが、より良く成長し成熟していくためのモデルになっている側面も強くあります。そのモデルを取り上げてしまう事が、果たして人間にとって幸福か否かは、意見が分かれるでしょう。けれど理に適った代替案もなく(個性が自由に発揮できる社会! 位のものでは、社会の中で満足に機能しません)、ただ取り上げてしまえば、宙に浮いて放り出される人達が大勢出てきます。
 この場合の正解は、男らしさ、女らしさの文化と価値は尊重し、かといってそこからはずれる個性を抑圧しない社会ではないでしょうか。何も世の中は、二者択一で片方を悪者と決めつけ、攻撃しなければならないと法律で決まっている訳ではありません。数学が得意な子は褒めるけれど、国語が得意な子は褒めないのは、偏っています。両方の子を褒めてあげれば良いのですし、その子にとっての不得意教科をもって、存在を否定するのは無意味です。

 これが僕にとっての正しいデータと倫理に基く、論理的思考なのですが、如何でしょうか。勿論、他の方の主観から見れば、データに誤りがあるように評価されたり、倫理的におかしいと感じられるかもしれません。
 けれどここで言いたい内容は、論理というものは、

・間違ったデータ
・倫理からの逸脱

 によって、いくらでも飛躍して極端になれる。間違えられるという事です。

 


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