The Liviang Acoustic Live!! 2012ライブ情報 ライブ情報
■ 5/27 (sun)
The Liviang Acoustic Live!! 50th Anniversary
HARD TO FIND(ハード・トゥ・ファインド) ライヴ

1988年に札幌で結成されたHARD TO FINDは、幻想的で美しい音色をもつ中世ヨーロッパの楽器「ハンマーダルシマー」とアイルランドの伝統楽器を使用するユニークなアンサンブルで北海道のインストゥメンタル・シーンをリードしてきました。アイルランド、東欧、北欧諸国の音楽を中心とした幅広い地域の伝統音楽に造詣を持ち、それを東洋的情感で昇華した優れたサウンドをお楽しみください。
【出演】HARD TO FIND
[メンバー]小松崎健(ハンマーダルシマー)、 小松崎操 (フィドル)、 星直樹 (ギター、ブズーキ)、
扇柳トール(ボウラン、ホイッスル、フォークフルート)
OPEN 17:30 START 18:30
【料金】予約2,000円・当日2,500円(ドリンク付き)
■ 6/30 (sat)
The Liviang Acoustic Live!! 51th
フジ・フロイラインOG会のゆかいな仲間たち ライヴ

フジ・フロイラインは、1966年創部の歴史ある藤女子大学のマンドリン・クラブです。そのフジ・フロイラインのOG会の仲間たちで結成されたマンドリン、マンドラ、マンドセロ、ギター、コントラバスの美しいアンサンブルをお楽しみください。
【出演】Fuji Fräulein OG Pleasant friends
OPEN 17:30 START 18:30
【料金】予約2,000円・当日2,500円(ドリンク付き)
_____________________________________________________________________________________________________
【場所】Liviang(りびあん)札幌市南区北ノ沢4丁目1-51
【ご予約・お問い合わせ】 mobile phone/ 080-1897-7304
E-mail/ liviang@infoseek.jp
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The Liviang Acoustic Live!! 50th Anniversary
HARD TO FIND(ハード・トゥ・ファインド) ライヴ

1988年に札幌で結成されたHARD TO FINDは、幻想的で美しい音色をもつ中世ヨーロッパの楽器「ハンマーダルシマー」とアイルランドの伝統楽器を使用するユニークなアンサンブルで北海道のインストゥメンタル・シーンをリードしてきました。アイルランド、東欧、北欧諸国の音楽を中心とした幅広い地域の伝統音楽に造詣を持ち、それを東洋的情感で昇華した優れたサウンドをお楽しみください。
【出演】HARD TO FIND
[メンバー]小松崎健(ハンマーダルシマー)、 小松崎操 (フィドル)、 星直樹 (ギター、ブズーキ)、
扇柳トール(ボウラン、ホイッスル、フォークフルート)
OPEN 17:30 START 18:30
【料金】予約2,000円・当日2,500円(ドリンク付き)
■ 6/30 (sat)
The Liviang Acoustic Live!! 51th
フジ・フロイラインOG会のゆかいな仲間たち ライヴ

フジ・フロイラインは、1966年創部の歴史ある藤女子大学のマンドリン・クラブです。そのフジ・フロイラインのOG会の仲間たちで結成されたマンドリン、マンドラ、マンドセロ、ギター、コントラバスの美しいアンサンブルをお楽しみください。
【出演】Fuji Fräulein OG Pleasant friends
OPEN 17:30 START 18:30
【料金】予約2,000円・当日2,500円(ドリンク付き)
_____________________________________________________________________________________________________
【場所】Liviang(りびあん)札幌市南区北ノ沢4丁目1-51
【ご予約・お問い合わせ】 mobile phone/ 080-1897-7304
E-mail/ liviang@infoseek.jp
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2012/5/26
デジャヴ ライブ情報
あの夜、僕はデジャヴを見てた。
まだ20代の頃だったと思います。飲み会か何かの帰り道、タクシーの窓から遠くに見えてきた中ノ沢辺りの街明かりをぼんやり眺めていると、山の麓にライヴハウスなんかがあって、生の音楽を目一杯楽しんでいる人たちの光景が浮かんできました。
「そんな所があったら楽しいだろ〜な」と疲れていたその頃の僕の心を慰めたのです。
そんな事を最近思いだしました。
ハード・トゥ・ファインドを偶然発見した時、この素晴らしい音楽のためのライヴをいつか必ず企画しようと思ったのを懐かしく思い出します。その思いは、僕の胸の中でひっそりと長く温められていたのでした。だから7年前、初めてのLiviang(りびあん)ライヴにビエントで出演下さった川又洋治さんが、「是非紹介したいバンドがあります」と言ってハード・トゥ・ファインドの名を口にされた時、僕は何かの力に導かれているのだと信じ込んでしまいました。
音楽の神様が「やりなさい」と囁いたのです。
このライヴを楽しみに毎回足を運んでくださる方々がいます。お一人またお一人、少しずつこのライヴを大切に思って下さる方々が増え、素晴らしく楽しい雰囲気のライヴに僕等のライヴは育ってきました。僕の信じた奇跡が本当の奇跡を生んだのです。
だから50回も続けて来られたのです。
50回の記念に最も相応しいバンドとして僕はハード・トゥ・ファインドを選びました。それは、2005年12月8日。彼らの音楽に涙が流れたあの感動が、忘れる事のない原点として思いだされるからなのです。
山の麓で人知れず行われる小さな音楽会の奇跡。喜び。
きっと素晴らしい夜になるでしょう。
■ 5/27 (sun)
The Liviang Acoustic Live!! 50th Anniversary
HARD TO FIND(ハード・トゥ・ファインド) ライヴ

1988年に札幌で結成されたHARD TO FINDは、幻想的で美しい音色をもつ中世ヨーロッパの楽器「ハンマーダルシマー」とアイルランドの伝統楽器を使用するユニークなアンサンブルで北海道のインストゥメンタル・シーンをリードしてきました。アイルランド、東欧、北欧諸国の音楽を中心とした幅広い地域の伝統音楽に造詣を持ち、それを東洋的情感で昇華した優れたサウンドをお楽しみください。
【出演】HARD TO FIND
[メンバー]小松崎健(ハンマーダルシマー)、 小松崎操 (フィドル)、 星直樹 (ギター、ブズーキ)、
扇柳トール(ボウラン、ホイッスル、フォークフルート)
OPEN 17:30 START 18:30
【料金】予約2,000円・当日2,500円(ドリンク付き)
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まだ20代の頃だったと思います。飲み会か何かの帰り道、タクシーの窓から遠くに見えてきた中ノ沢辺りの街明かりをぼんやり眺めていると、山の麓にライヴハウスなんかがあって、生の音楽を目一杯楽しんでいる人たちの光景が浮かんできました。
「そんな所があったら楽しいだろ〜な」と疲れていたその頃の僕の心を慰めたのです。
そんな事を最近思いだしました。
ハード・トゥ・ファインドを偶然発見した時、この素晴らしい音楽のためのライヴをいつか必ず企画しようと思ったのを懐かしく思い出します。その思いは、僕の胸の中でひっそりと長く温められていたのでした。だから7年前、初めてのLiviang(りびあん)ライヴにビエントで出演下さった川又洋治さんが、「是非紹介したいバンドがあります」と言ってハード・トゥ・ファインドの名を口にされた時、僕は何かの力に導かれているのだと信じ込んでしまいました。
音楽の神様が「やりなさい」と囁いたのです。
このライヴを楽しみに毎回足を運んでくださる方々がいます。お一人またお一人、少しずつこのライヴを大切に思って下さる方々が増え、素晴らしく楽しい雰囲気のライヴに僕等のライヴは育ってきました。僕の信じた奇跡が本当の奇跡を生んだのです。
だから50回も続けて来られたのです。
50回の記念に最も相応しいバンドとして僕はハード・トゥ・ファインドを選びました。それは、2005年12月8日。彼らの音楽に涙が流れたあの感動が、忘れる事のない原点として思いだされるからなのです。
山の麓で人知れず行われる小さな音楽会の奇跡。喜び。
きっと素晴らしい夜になるでしょう。
■ 5/27 (sun)
The Liviang Acoustic Live!! 50th Anniversary
HARD TO FIND(ハード・トゥ・ファインド) ライヴ

1988年に札幌で結成されたHARD TO FINDは、幻想的で美しい音色をもつ中世ヨーロッパの楽器「ハンマーダルシマー」とアイルランドの伝統楽器を使用するユニークなアンサンブルで北海道のインストゥメンタル・シーンをリードしてきました。アイルランド、東欧、北欧諸国の音楽を中心とした幅広い地域の伝統音楽に造詣を持ち、それを東洋的情感で昇華した優れたサウンドをお楽しみください。
【出演】HARD TO FIND
[メンバー]小松崎健(ハンマーダルシマー)、 小松崎操 (フィドル)、 星直樹 (ギター、ブズーキ)、
扇柳トール(ボウラン、ホイッスル、フォークフルート)
OPEN 17:30 START 18:30
【料金】予約2,000円・当日2,500円(ドリンク付き)
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2012/5/20
コンプリケイション・シェイクダウン Peoples Music
もともと20代の頃の僕にとって佐野元春は関心のある対象ではありませんでした。個性が際立っていると思わなかったし、ブルース・スプリングスティーンかなんかがやってる音楽をただ上手くパクっただけと思っていたからです。
それでも周りの友人には、熱心なファンが多く居て、その影響で生のライヴを見る機会がありました。それから彼の音楽に強くひかれるようになったのです。
真駒内アイスアリーナでやったライヴだったと思います。見たのはアリーナの一番後ろの席です。というより直ぐに総立ちとなり席など無くなってしまいました。縦ノリだとか横ノリだとか、まだそんな言葉も流行る前の事だったと思います。観客が思い思いにビートに合わせてカラダを揺らし、感じたままを言葉にし、そして歌を口ずさんでいる。僕はもうビートの魔術に酔いしれて居ました。日本人のアーティストで初めて体験できた真のダンサンブルなライヴだったのでした。
このライヴの直前に佐野元春は1年間のニューヨーク滞在から帰りアルバム『VISITORS』を発表していました。それまでの彼のサウンドとは明らかに違うものでした。最先端のファンキーでヒップポップなサウンドと文学的な表現、ニューヨークの生活の中で得られたインスピレーションが音楽に凝縮され、それまでにどんな日本人アーティストも越えられなかった新たなビート・ミュージックの世界に辿りついていたのでした。
冒頭の曲『コンプリケーション・ブレイクダウン』は、ただただ衝撃的でしたが、今思い巡らしてみると、ただアップ・トゥ・デイトを目指した音楽なのではなく、ニューヨークの街とそこで生まれた音楽へのリスペクトや、そもそもダンス・ミュージックの歴史的価値に対するリスペクトから生まれたものだと感じられます。
つかの間の自由を
ビートにまかせて
転がり続けな
センチメンタルな
ギャツビー気取って
じょうずにシェイク・ダウン
すべての使い古されたブーツ
窓から投げ捨て
新しいマッチに
灯をともして
アップタウンからダウンタウン
次にはゴー
次にはストップ
傷つき続けな
ユウウツな気分に
かきたてられても
じょうずにシェイク・ダウン
ライトを浴びている
ジャジー・ジェイ
今夜はゴージャス
真夜中のシーツにくるまりながら
みんな ひとりぼっち
愛をこめて
コミュニケーション・ブレイクダウン
I'll keep walkin' on this complication Shake down
(このとりとめもない状況を歩き続けていこう)
クールなふりして
ルーズに恋して
毎日 ドルチェ・ビタ
去年はマリエンバッドで
君とパントマイム・パントマイム
アップ・トゥ・デイトなファッション
サービスのためのフィクション
ドラッグにあふれたTV
そして陽気なSuicide(自殺)
マンボ・チャチャ・ボレロ・ルンバ
タンゴ・サンバ・ディスコ
悲しみの果てに優しくなるほど
優雅な気分じゃない
誰かがどこかで
本当のシナリオを
陰にかくしている
オレには危険のシルシが見える
君とのコミュニケーション
愛をこめて
コミュニケーション・ブレイクダウン
I'll keep walkin' on this complication Shake down
(このとりとめもない状況を歩き続けていこう)
愛をこめて
コミュニケーション・ブレイクダウン
I'll keep walkin' on this complication Shake down
(このとりとめもない状況を歩き続けていこう)
フィジカル(肉体)なダンス
メンタル(精神)なダンス
システム(体制)の中のディスコテイク
フィジカル(肉体)なダンス
メンタル(精神)なダンス
システム(体制)の中のディスコテイク
システム(体制)の中のディスコテイク
つかの間の自由を
ビートにまかせて
転がり続けな
センチメンタルな
ギャツビー気取って
じょうずにシェイク・ダウン
誰もがどこかに
イタミにあふれた
BOMBをかくしている
オレには危険のシルシが見える
君とのコミュニケーション
愛をこめて
コミュニケーション・ブレイクダウン
I'll keep walkin' on this complication Shake down
(このとりとめもない状況を歩き続けていこう)
愛をこめて
コミュニケーション・ブレイクダウン
I'll keep walkin' on this complication Shake down
(このとりとめもない状況を歩き続けていこう)
混沌の中から生まれてきた音楽。
ニューヨークの音楽に思いが巡ります。
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それでも周りの友人には、熱心なファンが多く居て、その影響で生のライヴを見る機会がありました。それから彼の音楽に強くひかれるようになったのです。
真駒内アイスアリーナでやったライヴだったと思います。見たのはアリーナの一番後ろの席です。というより直ぐに総立ちとなり席など無くなってしまいました。縦ノリだとか横ノリだとか、まだそんな言葉も流行る前の事だったと思います。観客が思い思いにビートに合わせてカラダを揺らし、感じたままを言葉にし、そして歌を口ずさんでいる。僕はもうビートの魔術に酔いしれて居ました。日本人のアーティストで初めて体験できた真のダンサンブルなライヴだったのでした。
このライヴの直前に佐野元春は1年間のニューヨーク滞在から帰りアルバム『VISITORS』を発表していました。それまでの彼のサウンドとは明らかに違うものでした。最先端のファンキーでヒップポップなサウンドと文学的な表現、ニューヨークの生活の中で得られたインスピレーションが音楽に凝縮され、それまでにどんな日本人アーティストも越えられなかった新たなビート・ミュージックの世界に辿りついていたのでした。
冒頭の曲『コンプリケーション・ブレイクダウン』は、ただただ衝撃的でしたが、今思い巡らしてみると、ただアップ・トゥ・デイトを目指した音楽なのではなく、ニューヨークの街とそこで生まれた音楽へのリスペクトや、そもそもダンス・ミュージックの歴史的価値に対するリスペクトから生まれたものだと感じられます。
つかの間の自由を
ビートにまかせて
転がり続けな
センチメンタルな
ギャツビー気取って
じょうずにシェイク・ダウン
すべての使い古されたブーツ
窓から投げ捨て
新しいマッチに
灯をともして
アップタウンからダウンタウン
次にはゴー
次にはストップ
傷つき続けな
ユウウツな気分に
かきたてられても
じょうずにシェイク・ダウン
ライトを浴びている
ジャジー・ジェイ
今夜はゴージャス
真夜中のシーツにくるまりながら
みんな ひとりぼっち
愛をこめて
コミュニケーション・ブレイクダウン
I'll keep walkin' on this complication Shake down
(このとりとめもない状況を歩き続けていこう)
クールなふりして
ルーズに恋して
毎日 ドルチェ・ビタ
去年はマリエンバッドで
君とパントマイム・パントマイム
アップ・トゥ・デイトなファッション
サービスのためのフィクション
ドラッグにあふれたTV
そして陽気なSuicide(自殺)
マンボ・チャチャ・ボレロ・ルンバ
タンゴ・サンバ・ディスコ
悲しみの果てに優しくなるほど
優雅な気分じゃない
誰かがどこかで
本当のシナリオを
陰にかくしている
オレには危険のシルシが見える
君とのコミュニケーション
愛をこめて
コミュニケーション・ブレイクダウン
I'll keep walkin' on this complication Shake down
(このとりとめもない状況を歩き続けていこう)
愛をこめて
コミュニケーション・ブレイクダウン
I'll keep walkin' on this complication Shake down
(このとりとめもない状況を歩き続けていこう)
フィジカル(肉体)なダンス
メンタル(精神)なダンス
システム(体制)の中のディスコテイク
フィジカル(肉体)なダンス
メンタル(精神)なダンス
システム(体制)の中のディスコテイク
システム(体制)の中のディスコテイク
つかの間の自由を
ビートにまかせて
転がり続けな
センチメンタルな
ギャツビー気取って
じょうずにシェイク・ダウン
誰もがどこかに
イタミにあふれた
BOMBをかくしている
オレには危険のシルシが見える
君とのコミュニケーション
愛をこめて
コミュニケーション・ブレイクダウン
I'll keep walkin' on this complication Shake down
(このとりとめもない状況を歩き続けていこう)
愛をこめて
コミュニケーション・ブレイクダウン
I'll keep walkin' on this complication Shake down
(このとりとめもない状況を歩き続けていこう)
混沌の中から生まれてきた音楽。
ニューヨークの音楽に思いが巡ります。
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2012/5/13
この胸にSOMEDAY Diary
午前3時、目が覚めて眠れなくなってしまったので昨日の事でも書くことにしました。
昨日の朝は、目が覚めるととても寒くて
ストーブに火を点けるとまた布団の中にもぐりこみました。
なんの用事も無い日だから、ぬくぬく布団の中で過ごすのも良いかと、寝転んでCATVのチャンネルをいじっていたら、佐野元春30周年記念ライヴの番組をみつけました。
おおぅ。ステージ上の振る舞い。そして間合い。しとやかで気品があり、そのうえにエナジーをみなぎらせているロッカーとして稀有な存在です。アメリカン・ロックのエッセンスがギッシリ詰まっている音楽なのに、どこかコンチネンタルなムードが漂っている。かっこい〜。全盛期の頃のCDまた聴きたくなりました。
これぞ充実の朝です。
一気にこれで気分もカムシャイニング。起き上がるとお気に入りのカーヴィーダンスでまずはカラダをシェイクダウン。妻にも一声、レッツ・トゥギャザー。
(街の唄が聞こえてきて♪)そのままの勢いで、1時間半かけて街までウォーキング。目指すはCDショップです!
「やっと着いた〜」ところで妻からの着信音。「お母さん送って街まで来たけど乗って帰るかい?直ぐ帰らないといけないけれど」ムムム・・・、「あっ分かった〜乗って帰るわ」
結局CDショップはまた今度(この胸に SOMEDAY♪)。
そんな平凡な一日だったわけです。
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昨日の朝は、目が覚めるととても寒くて
ストーブに火を点けるとまた布団の中にもぐりこみました。
なんの用事も無い日だから、ぬくぬく布団の中で過ごすのも良いかと、寝転んでCATVのチャンネルをいじっていたら、佐野元春30周年記念ライヴの番組をみつけました。
おおぅ。ステージ上の振る舞い。そして間合い。しとやかで気品があり、そのうえにエナジーをみなぎらせているロッカーとして稀有な存在です。アメリカン・ロックのエッセンスがギッシリ詰まっている音楽なのに、どこかコンチネンタルなムードが漂っている。かっこい〜。全盛期の頃のCDまた聴きたくなりました。
これぞ充実の朝です。
一気にこれで気分もカムシャイニング。起き上がるとお気に入りのカーヴィーダンスでまずはカラダをシェイクダウン。妻にも一声、レッツ・トゥギャザー。
(街の唄が聞こえてきて♪)そのままの勢いで、1時間半かけて街までウォーキング。目指すはCDショップです!
「やっと着いた〜」ところで妻からの着信音。「お母さん送って街まで来たけど乗って帰るかい?直ぐ帰らないといけないけれど」ムムム・・・、「あっ分かった〜乗って帰るわ」
結局CDショップはまた今度(この胸に SOMEDAY♪)。
そんな平凡な一日だったわけです。
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2012/4/22
アンデスの風が吹く Diary
The Liviang Acoustic Live!!は次のライブで50回を数えます。
はじめてライヴを行ったのが、2005年の9月でしたから、もうあれからもう7年が経つわけです。はやいものです。
その第一回目は南米フォルクローレのコンサート。出演者はビエントでした。
そのビエントが久しぶりに再結成され、次の日曜日に演奏会が行われるということで、今日はその練習場としてLiviang(りびあん)をお貸ししました。
楽しくて、とっても懐かしい雰囲気。下の階で仕事をしていた僕の耳にアンデスのメロディが心地よく響いていました。
7年前、ビエント・ライヴのプログラムに寄せた文章です。

『りびあんにアンデスの風が吹く』
ビエントのリーダーで、ケーナ、サンポーニャの奏者である川又洋治さんと出会うことができたのは、友人であり、「りびあんカッフェ」をこよなく愛して下さっているMさんが、川又さんの奥様の郁子さんをわが庵に連れてきたくれたことが始まりでした。
郁子さんが店内に置かれている小物などを見て楽しんでいた時、突然「あっ、これと同じ物がウチにもあるのよ!なんで・・・」とちょっと驚いた様子をされました。それは、妻が恩師から手作りのオカリナと一緒に頂き、大切にしている豆のマラカスでした。そのマラカスは、オカリナ奏者で、自身でオカリナの製作もされている白井さんという方が作られたものでした。
白井さんは、南米を旅した際、興味を持った豆のマラカスの材料となる豆を持ち帰り、交流のあった沖縄の小さな島の島民と協力し、その豆の栽培を始めたのだそうです。それは、あまり裕福ではなかった島民の暮らしが、マラカスを売ることで少しでも潤えばという思いがあったからなのだそうです。
そのマラカスの話題から、郁子さんのご主人が札幌を拠点に、フォルクローレの演奏活動を行っていること、ケーナやサンポーニャという楽器を自らが制作されていること、演奏楽器として様々な南アメリカの民族楽器を所持されていること、その中に白井氏の制作したマラカスとオカリナがあることをお聞きしたのでした。
何日かして川又さんご夫婦が店に遊びに来てくれました。川又さんは、豆のマラカスを見つけると「ほんとだ」と奥様からすでにその話を聞いていた様子でした。大きな皮のカバンをドカッとテーブルの上に置きふたを開くと、その中から店にあるのと同じ豆のマラカスが出てきました。そして、少年の宝箱のようなカバンの中からは、不思議な楽器が次から次へと出てきたのです。トコトコ、ポコポコ、シャラーンシャラーン、チャカチャカチャラーンと一つ一つ手に取っては、その不思議な楽器について楽しく解説をしてくれました。山羊の爪がたくさん束になった鈴のような楽器、今や伝説となったハカランダの木で作られたアルマジロのような楽器、一つ一つの音色に引きつけられ夢中で聞き入っていると、その傍らの席でひっそり本を読んでいたはずの女性のお客様も興味を持って聞き入っていました。 「あっ、もしよかったら、こちらの席で一緒に楽器触らせてもらいましょうよ」と私が声をかけると、その女性は「あ、いえ、その、とても懐かしい音色が聞こえてきたもので・・・南米の音楽ですよね。父が好きで、南米を旅行しては、レコードを買って帰ってきて、子供の頃からいつも聞かされていた音楽なんです。」と話してくれました。偶然とはいえ不思議な巡り合わせです。私は「川又さん、この方のために一曲演奏してもらえないでしょうか」とお願いしてみました。川又さんは、「あまりひとりで演奏する事ってないんですが」と言いながらも気持ちよく「それじゃあ」とケーナを宝箱から取り出し立ち上がりました。
演奏が始まるその直前、ガラガラーンと入口の戸が開く音がしました。親戚のあきちゃんでした。「あきちゃん、早くここへ座って、川又さんが今、ケーナ吹いてくれるんだよ」と突然の言葉に「はぁ〜?」と何のことかだか理解できていない観客もひとり増え、この店で初めての一曲だけのコンサートが開かれました。
「今度また、もう少し多くのお客様の前で演奏してもらうことできませんか?」と、たたみ掛けた私のお願いに「いいですよ、できますよ」とさわやかな笑顔で、川又さんは応えてくれました。そして、今日のこのコンサートが、企画されることとなったのでした。
あの日、旅先の偶然立ち寄ったこの店で、父親との思い出をなつかしみ、そして楽しそうにひとときを過ごされて行かれたあの方のように、本日、お越し頂いたお客様皆様にとっても、懐かしい思いが甦るような、あたたかく楽しいコンサートになりますようにと心から願っています。
2005.9.11
この思いを・・忘れてはいけないと思い起こした今日の日だったのでした。
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はじめてライヴを行ったのが、2005年の9月でしたから、もうあれからもう7年が経つわけです。はやいものです。
その第一回目は南米フォルクローレのコンサート。出演者はビエントでした。
そのビエントが久しぶりに再結成され、次の日曜日に演奏会が行われるということで、今日はその練習場としてLiviang(りびあん)をお貸ししました。
楽しくて、とっても懐かしい雰囲気。下の階で仕事をしていた僕の耳にアンデスのメロディが心地よく響いていました。
7年前、ビエント・ライヴのプログラムに寄せた文章です。

『りびあんにアンデスの風が吹く』
ビエントのリーダーで、ケーナ、サンポーニャの奏者である川又洋治さんと出会うことができたのは、友人であり、「りびあんカッフェ」をこよなく愛して下さっているMさんが、川又さんの奥様の郁子さんをわが庵に連れてきたくれたことが始まりでした。
郁子さんが店内に置かれている小物などを見て楽しんでいた時、突然「あっ、これと同じ物がウチにもあるのよ!なんで・・・」とちょっと驚いた様子をされました。それは、妻が恩師から手作りのオカリナと一緒に頂き、大切にしている豆のマラカスでした。そのマラカスは、オカリナ奏者で、自身でオカリナの製作もされている白井さんという方が作られたものでした。
白井さんは、南米を旅した際、興味を持った豆のマラカスの材料となる豆を持ち帰り、交流のあった沖縄の小さな島の島民と協力し、その豆の栽培を始めたのだそうです。それは、あまり裕福ではなかった島民の暮らしが、マラカスを売ることで少しでも潤えばという思いがあったからなのだそうです。
そのマラカスの話題から、郁子さんのご主人が札幌を拠点に、フォルクローレの演奏活動を行っていること、ケーナやサンポーニャという楽器を自らが制作されていること、演奏楽器として様々な南アメリカの民族楽器を所持されていること、その中に白井氏の制作したマラカスとオカリナがあることをお聞きしたのでした。
何日かして川又さんご夫婦が店に遊びに来てくれました。川又さんは、豆のマラカスを見つけると「ほんとだ」と奥様からすでにその話を聞いていた様子でした。大きな皮のカバンをドカッとテーブルの上に置きふたを開くと、その中から店にあるのと同じ豆のマラカスが出てきました。そして、少年の宝箱のようなカバンの中からは、不思議な楽器が次から次へと出てきたのです。トコトコ、ポコポコ、シャラーンシャラーン、チャカチャカチャラーンと一つ一つ手に取っては、その不思議な楽器について楽しく解説をしてくれました。山羊の爪がたくさん束になった鈴のような楽器、今や伝説となったハカランダの木で作られたアルマジロのような楽器、一つ一つの音色に引きつけられ夢中で聞き入っていると、その傍らの席でひっそり本を読んでいたはずの女性のお客様も興味を持って聞き入っていました。 「あっ、もしよかったら、こちらの席で一緒に楽器触らせてもらいましょうよ」と私が声をかけると、その女性は「あ、いえ、その、とても懐かしい音色が聞こえてきたもので・・・南米の音楽ですよね。父が好きで、南米を旅行しては、レコードを買って帰ってきて、子供の頃からいつも聞かされていた音楽なんです。」と話してくれました。偶然とはいえ不思議な巡り合わせです。私は「川又さん、この方のために一曲演奏してもらえないでしょうか」とお願いしてみました。川又さんは、「あまりひとりで演奏する事ってないんですが」と言いながらも気持ちよく「それじゃあ」とケーナを宝箱から取り出し立ち上がりました。
演奏が始まるその直前、ガラガラーンと入口の戸が開く音がしました。親戚のあきちゃんでした。「あきちゃん、早くここへ座って、川又さんが今、ケーナ吹いてくれるんだよ」と突然の言葉に「はぁ〜?」と何のことかだか理解できていない観客もひとり増え、この店で初めての一曲だけのコンサートが開かれました。
「今度また、もう少し多くのお客様の前で演奏してもらうことできませんか?」と、たたみ掛けた私のお願いに「いいですよ、できますよ」とさわやかな笑顔で、川又さんは応えてくれました。そして、今日のこのコンサートが、企画されることとなったのでした。
あの日、旅先の偶然立ち寄ったこの店で、父親との思い出をなつかしみ、そして楽しそうにひとときを過ごされて行かれたあの方のように、本日、お越し頂いたお客様皆様にとっても、懐かしい思いが甦るような、あたたかく楽しいコンサートになりますようにと心から願っています。
2005.9.11
この思いを・・忘れてはいけないと思い起こした今日の日だったのでした。
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2012/4/15
アーティスト Diary
本年度のアカデミー賞で作品賞、監督賞、主演男優賞などを受賞した話題の映画『アーティスト』を見ました。

この映画は、サイレントからトーキーへと移行しようとしている1920年代のハリウッドを舞台にしていますが、その時代をモノクロ映像とサイレントの手法で描き出しています。
こうした回顧的手法で描かれる作品から、あるいはパロディを伴った超趣味的でアヴァンギャルドなイメージを連想していました。現時代の技術で、たとえばこの時代を映像としてリアルに表現しようとするのならば、CGや3Dの技術を使い刺激的で娯楽性の高い作品を作ることが出来ます。何故、遥か昔に切り捨てられた映画表現を今の時代に蘇らせ、何故それが評価されたのか、ちょっと疑問を持っていたのでした。しかし、そんな難しく考えることではなかったのです。
落ちぶれてゆく過去の大スターと、スターへの階段を駆け上がってゆく新人女優の恋の行方と人生の苦悩を描いたとっても大ざっぱで単純なストーリー。それを演技者の技能とカメラワークと簡単なアンテルティットル(映像と映像の間に挿入される字幕)、そして音楽(+効果音)による最小限に簡素化された心理描写と状況説明だけで、明快で、しかも感動的な世界が作り上げられているのです。
この映画は、描かれている時代の空気と映画づくりに対する美学を見事に描き出していました。タイムトリップしたような感覚を味わえると言うと安っぽい表現かもしれませんが、演出効果のトリックがとても良く効いていて、劇中劇を見ているような、あるいは更に劇中劇のなかの劇を見ているような錯覚をおぼえることで、リアルな時代感覚を味わい映画の中の世界に引きずり込まれてゆくのです。結局、分かっていてもいとも簡単に涙が流れ、胸のすく結末に心が開放されてしまうのです。
この作品でモノクロ映像とサイレントによる手法を選んだのは、映画の始まりに関わった人達の映画に対する美学をもリアルに伝えたかったからなのだと理解できるのです。
ところで、『アーティスト』はサイレント映画を復活させたのではなく、トーキー映画の最初(原点)の興奮をリアルに描き出したのだとも感じました。
トーキー映画の第一作とされているのは、ヴォードビリアン出身のユダヤ系シンガー、アル・ジョルソンが主人公を務めた『ジャズ・シンガー』です。この映画の「お楽しみは、これからだ!」と言う或る場面のアル・ジョルソンの台詞からトーキー映画の幕は切って落とされたというのですが…….
さて、何故そう感じたのか、映画を観てくださいね。
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この映画は、サイレントからトーキーへと移行しようとしている1920年代のハリウッドを舞台にしていますが、その時代をモノクロ映像とサイレントの手法で描き出しています。
こうした回顧的手法で描かれる作品から、あるいはパロディを伴った超趣味的でアヴァンギャルドなイメージを連想していました。現時代の技術で、たとえばこの時代を映像としてリアルに表現しようとするのならば、CGや3Dの技術を使い刺激的で娯楽性の高い作品を作ることが出来ます。何故、遥か昔に切り捨てられた映画表現を今の時代に蘇らせ、何故それが評価されたのか、ちょっと疑問を持っていたのでした。しかし、そんな難しく考えることではなかったのです。
落ちぶれてゆく過去の大スターと、スターへの階段を駆け上がってゆく新人女優の恋の行方と人生の苦悩を描いたとっても大ざっぱで単純なストーリー。それを演技者の技能とカメラワークと簡単なアンテルティットル(映像と映像の間に挿入される字幕)、そして音楽(+効果音)による最小限に簡素化された心理描写と状況説明だけで、明快で、しかも感動的な世界が作り上げられているのです。
この映画は、描かれている時代の空気と映画づくりに対する美学を見事に描き出していました。タイムトリップしたような感覚を味わえると言うと安っぽい表現かもしれませんが、演出効果のトリックがとても良く効いていて、劇中劇を見ているような、あるいは更に劇中劇のなかの劇を見ているような錯覚をおぼえることで、リアルな時代感覚を味わい映画の中の世界に引きずり込まれてゆくのです。結局、分かっていてもいとも簡単に涙が流れ、胸のすく結末に心が開放されてしまうのです。
この作品でモノクロ映像とサイレントによる手法を選んだのは、映画の始まりに関わった人達の映画に対する美学をもリアルに伝えたかったからなのだと理解できるのです。
ところで、『アーティスト』はサイレント映画を復活させたのではなく、トーキー映画の最初(原点)の興奮をリアルに描き出したのだとも感じました。
トーキー映画の第一作とされているのは、ヴォードビリアン出身のユダヤ系シンガー、アル・ジョルソンが主人公を務めた『ジャズ・シンガー』です。この映画の「お楽しみは、これからだ!」と言う或る場面のアル・ジョルソンの台詞からトーキー映画の幕は切って落とされたというのですが…….
さて、何故そう感じたのか、映画を観てくださいね。
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2012/3/4
今年のライブに向けて Diary
暫くほったらかしにしてしまったこのブログですが、そうした間にも、今年のライブに向けて、ちゃんと計画は進めていたのでした。
今年のオープニング・ライブは5月27日(日)に決定。僕にとってこだわりのある50回目のライブとあって、今回は絶対にハード・トゥ・ファインドに出演頂こうと願っていました。それは、彼らの音楽に出会ったことが大きな衝撃としてあり、そのことからLiviang(りびあん)のライヴはスタートしたからなのです。
過去2回ハード・トゥ・ファインドのライブを実現することが出来ました。そしてメンバー4人のそれぞれの活動に大きく支えられたことで、りびあんライブは回を重ねて来ることが出来たのでした。久々に彼らの音楽を聴いたなら、きっと胸が熱くなることでしょう。
そして6月。1966年創部の歴史ある藤女子大学マンドリン・クラブOGたちによるマンドリン・アンサンブルのライブをお届けします。りびあんライブの原点としてある、新しさや流行にとらわれることはせず、地域に存在する様々な音楽であったり、伝統的なスタイルをもった音楽を紹介したいという思いに、彼女たちは答えてくれたのです。
マンドリン・オーケストラがニッポンの大衆音楽のルーツとしてあることを感じ、楽しんで頂きたいと思っています。
そして更に7月。ついさっきの事です。遠く宮古島から五十一さんが電話をくれたました。その会話の途中、電話の相手が五十一さんと分かった妻が僕の携帯を取り上げ「五十一さん今どこに居るの〜、うんうん、宮古島〜、あれ〜い〜な〜、はいはい、大丈夫、なんくるないさぁアハハハハー(電話の向こうとこちらとで大笑い)」と、これで決まり。今年の夏も五十一節を聴くことが出来そうです。
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今年のオープニング・ライブは5月27日(日)に決定。僕にとってこだわりのある50回目のライブとあって、今回は絶対にハード・トゥ・ファインドに出演頂こうと願っていました。それは、彼らの音楽に出会ったことが大きな衝撃としてあり、そのことからLiviang(りびあん)のライヴはスタートしたからなのです。
過去2回ハード・トゥ・ファインドのライブを実現することが出来ました。そしてメンバー4人のそれぞれの活動に大きく支えられたことで、りびあんライブは回を重ねて来ることが出来たのでした。久々に彼らの音楽を聴いたなら、きっと胸が熱くなることでしょう。
そして6月。1966年創部の歴史ある藤女子大学マンドリン・クラブOGたちによるマンドリン・アンサンブルのライブをお届けします。りびあんライブの原点としてある、新しさや流行にとらわれることはせず、地域に存在する様々な音楽であったり、伝統的なスタイルをもった音楽を紹介したいという思いに、彼女たちは答えてくれたのです。
マンドリン・オーケストラがニッポンの大衆音楽のルーツとしてあることを感じ、楽しんで頂きたいと思っています。
そして更に7月。ついさっきの事です。遠く宮古島から五十一さんが電話をくれたました。その会話の途中、電話の相手が五十一さんと分かった妻が僕の携帯を取り上げ「五十一さん今どこに居るの〜、うんうん、宮古島〜、あれ〜い〜な〜、はいはい、大丈夫、なんくるないさぁアハハハハー(電話の向こうとこちらとで大笑い)」と、これで決まり。今年の夏も五十一節を聴くことが出来そうです。
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