「吹奏楽の可能性を」って言ったってなぁ。
単純に考えても「誰もやってないこと」をやるのか、「誰もが失敗したこと」を成功させるのかのどっちかだろうに、「自分の出来ることをやる」で止まってるのは、最終的には嘘を言ってるんだろうに。
他の職能集団はどんな歴史を辿っているのかってのを見てみると、「死ぬ気で(やれることを)やる」ってのと、「死ぬ気で現状を知る」ってのとの狭間で苦しんでたりするんだけど。
文化という言葉を無闇やたらに残していくものと定義してしまうと、現実社会で歪(“ひずみ”とか“いびつ”)の代名詞になってしまう。