全日本吹奏楽連盟70年史到着。
やはり座談会や昔話のような読み物は無いなぁ、記録がほとんどだなぁと思いながらパラパラページをめくってみますと…
戦前の全日本吹奏楽コンクールの所を読んでましたら、
昭和15年の第1回で、
主催:大日本吹奏楽連盟・朝日新聞
後援:陸軍省・海軍省・文部省・厚生省は、まぁ理解出来ます。
陸軍軍楽隊・海軍軍楽隊・教育音楽・厚生音楽ですわな。
翌16年の第2回は主催は変わらないのですが
後援:文部省・厚生省・情報局・大政翼賛会になります。
さらに17年の第3回は主催変わらず
後援:文部省・厚生省・情報局・大政翼賛会・大日本産業報国会・鉄道省となります。
大日本産業報国会はともかく、鉄道省?全国から移動してくる団体に配慮してか?単に政治的な付き合いか?
んで興味深いのが、第4回全日本吹奏楽コンクールは戦中戦後の混乱を経て昭和31年に行われるのですが、
主催:全日本吹奏楽連盟・朝日新聞なのはともかく、
後援:労働省・日本放送協会なんですね。
つーことは、戦後の復興を目指していた時代、労働省が厚生思想で吹奏楽に関わっていたのでしょうか。(ちなみに日本放送協会はこの先後援をしたりしなかったりと点々なんですが、後援したときの録音なんて持ってませんかね)
んでこの労働省の後援は結構続き、昭和47年の第20回まで後援し続けているようです。高度経済成長で厚生音楽思想は省として必要なくなったのかなぁ。この前年、昭和46年の第19回から文化庁が加わりまして、この46年から現在まで文化庁が後援し続けております。
あと面白いのが、全国大会は毎年日本各地を廻っているんですが、ときにはその土地の県や市が後援しているのは解るんですが、その地域の教育委員会が入っていることもあるんですね。
第5回会場が東京・両国国技館で東京都教育委員会、
第6回会場が名古屋市公会堂で名古屋市教育委員会、
第7回会場が八幡市民会館で八幡市教育委員会、
第9回会場が東京・台東体育館で東京都教育委員会、
第10回会場が北海道室蘭市の富士製鉄体育館で、北海道教育委員会・北海道青少年問題協議会、室蘭教育委員会、
第15回会場が東京佼成年金会館で東京都教育委員会、
第18回会場が東京・渋谷公会堂で渋谷区教育委員会、
第19回会場が大阪・フェスティバルホールで大阪府教育委員会・大阪市教育委員会、
(+労働省・文化庁・日本放送協会)
以下略。
(あ、第20回は会場が東京・普門館で後援が労働省・文化庁・日本放送協会の三つだけです)
労働省が第20回まで噛んでいたのを考えると、ここまで噛んだ教育委員会って、部活動というより更正…というと語弊があるか、躾とか規律が主だったのかしらん?
吹奏楽についてのサイトで、吹奏楽コンクールの課題曲データベースを掲載しているところはたくさんあるけど、労働省や教育委員会がどんな主旨・真意で名を連ねていたのか知っているところ、ないかしらん。(ちなみに行政の公共ホールは教育委員会の許可が無いと使用出来ないようです。尾崎豊の復帰コンサートは許可されなかったため東京ドームで行われたそうです。道徳!)
吹奏楽の演奏の場を用意してくれていた中には、いわゆる“演奏の向上”とは異なる主旨を持っていたところがあるような感じがするんだけどね〜。
ちなみに第1回の項目に
大会役員:(会長)子爵
岡部長景
(副会長)
村山長挙・
小森七郎
とあるんですけど、Wikiって凄いですね。後の文部大臣、朝日新聞社社長、NHK会長ですか!あと興味ある人はどうぞ。
審査委員
乗杉嘉壽、大沼哲、内藤清五、春日嘉藤治、堀内敬三、
林亘、
福喜多鎮雄、神納照美、赤坂幸造、山口常光
赤坂幸造氏だけ解らんなぁ。

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