藤脇邦夫 著「
出版幻想論」太田出版刊を購入。
1994年の本なので、現在の視点では合わない点もあります。今のAmazonロングテール指向とか。
手にとってぱらっと目を通して、晩年に村上春樹氏の原稿を売り飛ばして問題になった安原顯氏の対談があったから買ったんですけど…いやぁ、安原氏よりも「
サザエさんの秘密」を出したデータハウス代表取締鵜野義嗣氏の対談があったのは吃驚しました。
飛鳥新社の出した「
磯野家の謎」から始まった「謎本ブーム」の、まぁ仕掛け人の一人が鵜野氏といってもよさそうなんですが、この対談での鵜野氏の口からは、著作権についての配慮は一切ありません。いい意味で出版界の風雲児というか冒険者としての活躍をしていだんだなと思わせる言葉なんですけど、「謎本ブーム」のころ採り上げられたマンガ家達は許可していたわけではなく、裁判の手間とかとれそうな慰謝料の額とかモロモロ考えて泣き寝入りしていたんですが、鵜野氏は著作権を侵害していたなんて意識は(この対談では)欠片も持っていないようです。
(わー)と思いながら読んでいたんですが、まぁ別に私がどうこう出来る立場ではないわけで。
それでも考えてみたんですが、「謎本?あぁ、まぁもう終わったブームだし」って感じで、日本人の著作権というか権利意識って「終わったことには執着しない」てのがありそうですね。
もちろん民法か?時効てのがありますから法律的にはいつか“終了”があるわけですが、心情的に侵害されても「終わったことをごちゃごちゃ言う奴はみっともない」みたいに議論の場にあげられることなく却下されるんじゃないかとか。
そういう侵害者有利の状況を変えていく気運てのが、無いよね。今も。
それは要するに、権利者擁護という意味での「著作権」てのは、幻想にすぎないわけで。(マンガ家の権利を出版者が侵害したとき、小説家や演奏家が何も発言しなかったら、著作権は個別撃破されるわけでして)
まぁこの本自体は出版業界の没落がクラシック音楽業界の没落と原因を同じくしている点が多々見受けられるようですので、面白いのですが。
あと、今のCD業界は違っているのかも知れませんが、町のレコード屋さん・CDショップって問屋に商品を返品できるんですよね。以前はMDソフトとか8cmのシングルCDがありましたけど、今はもうありません。
今はワゴンセールが普通にありますんで返品不可なのかもしれませんが、
出版社のヒエラルヒーが編集者>営業という現実が町の本屋さんの“売れる本が欲しい”という現実を正しく理解していないんじゃないか、という議論を起こすわけですが、楽団で演奏者>営業という階級があるのなら、演奏者は町のCDショップなんて知らね!という疑惑もありそうです。
「売れる曲、売れる演奏のCD出して欲しい?クラシック舐めんな!」とか。
指揮者(音楽監督)>演奏者>音楽ホール>CDショップ、かな?
作曲家と出版社って、どっちが偉いんだ?楽譜コレクターが買えなくて泣いていたら、誰に文句を言ったらいいのか。(爆)

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