NHK−FMに毎朝6時からの「バロックの森」という番組がある。私は朝の寝床の中でタイマーをかけたラジオから流れるこの番組を、毎朝飽きることもなくもう10年以上も聞き続けている。
土日は、担当のアナウンサーが松田輝男さんという人で、そのソフトな語り口調を特に楽しみにしている。彼は、流れる音楽がバロックという気品あふれた古典ではあっても、気負いもなく、優しい人柄のにじみ出たお話をする。番組の最後を
「きょうもいいことがありますように」
という言葉で締めくくる人である。
今朝のことだった。正確ではないが、松田輝男アナウンサーのことばを再現するとこうなる。
「それでは、今日の最後はバッハのヴァイオリン・ソナタBWV1018をお届けして終わりに致します。リクエストは東京都のSさんです。Sさんのお話では、このようなことが書いてありました
−以前、この番組でこの曲を聴いて素晴らしいと思ったのですが、メモをとったのをなくし、結局長いこと聞く機会を失いました。最近、この曲のタイトルがわかりましたので是非お聴かせ下さい−
Sさん、私もこんなことがよくあるんです。つい最近もTVのBSの「ブックレビュー」を見ていて読みたい本があり、メモをしたのですが、そのメモをなくしてしまいました。
でも、私はこう思うんです。
−ものを忘れることができる歳になったんだ−
それでは、バッハBWV1018を、お聴き下さい」
松田輝男アナウンサーが何歳かを私は知らない。しかし、自分の言葉で語ることのできる音楽担当のアナウンサーの落ち着いた雰囲気の番組を私はますます好きになった。
ともすれば、人は老いること、病を得ることを否定的になりがちである。私とて同様である。そんな自分を励ます言葉をいただいた師走の朝、私はバッハのヴァイオリンソナタ第5番BWV1018を心さわやかに十分に楽しんだ。

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