暑い夏だった。
友人のYと私は、横浜桜木町から野毛の商店街へ歩き、小さな「ちぐさ」というジャズ喫茶へ入った。当時、学生時代からの友人であるYと私はしばしば一緒に音楽を聴いていた。特にクラシックとジャズが中心だった。そんな時、まだ行っていなかった横浜の高名なジャズ喫茶「ちぐさ」へ一緒に行ってみようということになったのだ。
小さな店だった。トランペッター日野皓正や、渡辺貞夫、秋吉敏子ら後に世界的なミュージシァンになる人々が通ったという店である。吉田さんという80歳の店主がたくさんのレコードに囲まれてコーヒーを淹れている。
私は、アート・ペッパーの「サマータイム」(「モダン・アート」所収)をかけてもらおうと思っていた。たいして客のいない「ちぐさ」では、すぐにその曲がかかった。レコードの幅のある音色が心に突き刺さるようだった。
あの夏から、すでに12年がたつ。今年4月に「ちぐさ」で一緒に「サマー・タイム」を聞いたYが亡くなった。
報道によると「ちぐさ」は2007年1月で店を閉じる。あの時、店を守っていた吉田さんは、我々が訪れた翌年の1994年、81歳で亡くなりその後は妹さん(77歳)がやっていたが、周囲の状況などで閉店となるという。
友が去り、「ちぐさ」がなくなる。
雪降る外を眺めながら、今朝、私は久しぶりにアート・ペッパーの「サマータイム」を聞いた。サックスプレイヤーのアート・ペッパーは苦しい人生を送ったらしい。その音色は、普通の穏やかな人生からは決して生まれないものを持っている。
また、忍び泣くようなその音色は、Yの心情を表しているように思えてならなかった。
冬に記す夏の印象・・・大きな犠牲なしには生まれ得ない芸術の残酷と美を思う朝だった。しかし、その犠牲の中からも何か「光」のようなものを探したい。そして私はまたレコードに針を落とす。

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