この歌のイメージの微かな美しさは、一体どこからくるのか。映像的な霧に閉ざされた女性への想いと、音楽的な楽章という旋律のイメージが見事に重なるためである。
私は、この歌を読み、書にしながらこの楽章に一番ふさわしい旋律は何かと考えた。その時、霧の彼方から静かに浮かび上がってきたのは、モーツアルトの
−ピアノ協奏曲第23番第2楽章−
だった。
このアダージョを、この20年ほど繰り返し繰り返し私は聞いてきた。ピアノと木管の生み出す暗いとも言える微妙なハーモニー。この旋律しか、この歌のイメージを誘うものはないと思った。
以前、神奈川県で名盤倶楽部という音楽鑑賞会を主宰していた。ある時、モーツアルトを特集し、モーツアルトらしい、明るく伸びやかな曲の中に、「協奏交響曲−第二楽章」を入れた。それを聞いていると、ある女性がこういった。
「モーツアルトってこんなに暗かった?」
確かに、ふだん彼女が聞いてイメージしているモーツアルトとは違っているだろう。しかし、この曲も、ピアノ協奏曲第23番第二楽章に繋がるこの歌のイメージにふさわしい旋律がある。
私にとって、文学も音楽も明るい必要はない。自分の心のイメージを何処までも喚起する深さがあれはそれでいい。モーツアルトの音楽には、光と闇の両方が存在する。

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