雨の飛沫が、車のフロント・ガラスに激しく当たり、前方の視界を遮っている。内陸部の秋の彩りを駆け抜け、夢にまで見た北海道最南端の函館の街が近づいている。
旭川からは、400キロを超える遠い旅だった。
車内に、FMラジオからのショパンの幻想即興曲」が流れてきた。
青春のショパン・・それを象徴する華麗さと激しさと、そして孤独なイメージをも孕んだ喚起力のある旋律だった。
前方に海に立つ島のような姿の函館山が、雨に煙った姿を現す。7年ぶりのその姿に思わず心が震える。ショパンの旋律に載せて、私の青春がフラッシュ・バックしてくる。
十代後半、上京した私は、新鮮な東京の生活を楽しんでいた。
しかし、一方では時が経過するにつれ、北海道という自分の生まれ育った島が懐かしくなる。すべてを捨て去った筈の故郷への反逆の想いが、次第に薄れてくる。
夜行で上野を立ち、長い列車の旅を終えると青森へ着く。東北の空気に触れながら4時間にわたる青函連絡船に乗り、津軽海峡を北へ向かう。
函館へ近づくと、デッキに立ち、前方に見える函館山の後姿を見る。この山の背後には両側に美しい曲線を描く函館の街、そして遥か彼方に私に生まれ育った町がある。
函館は、故郷への帰省の旅でどうしても通過しなければならない、玄関口だった。
青春の思い出の、象徴的なシルエットが、海に立つ函館山だった。
ショパンは、私にとってクラシック音楽への入口だった。そのショパンが、青春を回顧する如く、30年を経て逆に北海道の内陸から函館を訪れた私を迎えるバック・グラウンド・ミュージックとなっている。
新たな記憶を刻みつけるために出た旅。
ショパン「幻想即興曲」は函館の街に入っても、私の心を喚起するかのごとく、いまだ鳴り続けている。函館山上空は、夕暮れのかすかな光が差してきた。
<津軽海峡側からの函館山>

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