夕方仕事してると、うちの受付が「○○さんから電話ですよ。」と。親友の奥さんである。とうとう来るべきときがきたのかと思いつつ、私は手を震えながら受話器をとった。電話口ににでると、「主人が今朝3時に亡くなりました。」と。
彼とは10代からの付き合いで、肝臓を最近患っていて10日前に、仕事場に奥さんから親友が長く生きられないことをつげられたのである。話を聞いてみると、助かる道は、生体肝移植しかないこと、身内に同じ血液型がいないこと、なかなかドナーがいなく長くて1週間の命であること、
次の日私は仕事を抜け出して、宮崎の友人と二人で大学病院にお見舞いにいった。
家族のかたの話によると、本人はまだ病状のことを知らないようで平日仕事をしてるわれわれが見舞いに来るのはおかしいと、思われはしないかと私だけ病室に通された。親友は酸素マスクと点滴の最中で話すこともかなりきつそうだった。二人きりの病室の会話はほんの10分くらいだったが、家族の思いとはうらはらに本人は自分の病状をすべて知っていた。彼も医療の携わる人間だから無理もない。
最後に私が「不安があるかも知れんけど。頑張り」というと、返ってきた言葉は
「不安などない、ただ無念だ」
後ろ髪を引かれるおもいで病室をあとにした。彼の私への最後の言葉。彼には子供が3人いる。人一倍家族思いの強い彼は家族にこれからいろんなことをしてやれないこと、また仕事人間である彼は仕事の遣り残しなど、意味してたのだろうか?

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