日弁連が死刑廃止のため、外圧利用に走っていたようです。
AFPより転電です。
引用元:AFP
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日弁連、死刑執行増加を国連人権委に直訴
【5月9日 AFP】日本弁護士連合会(日弁連、Japan Federation of Bar Associations)は8日、日本で死刑執行数が増加していることについて、国際世論とかけ離れていると政府を批判するとともに、執行一時停止(モラトリアム)を求めた。
国内では過去1年ですでに13人の死刑が執行されている。5月から国連人権理事会(UN Human Rights Council)が日本の人権状況について普遍的審査(Universal Periodic Review)を行っており、日弁連は同理事会に宛てた提言の中で、死刑が以前にも増して広く適用されていることや適切な手続的保障の欠如に対し懸念を表明した。
日弁連代表団の1人は記者団に対し、日本政府は、死刑廃止に向かう世界の動きに逆らっている、と述べている。(c)AFP
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正直なところ、国連は第三諸国が数を頼んで理想論を振り回すだけの機関になりつつあり、「国連は世界平和のための絶対的権威」などでは当然ありません。
しかし、日弁連はその権威を頼んで、外圧に利用しようとしているところが、非常に卑怯だと思います。堂々と国内で被害者救済とセットで論じることができれば、死刑廃止のための議論を盛り上げることができるかもしれませんが、これはやり方がはっきりと汚いと思います。
よほど18歳の青年に死刑が出たことが悔しかったとみえますが、なぜあの事件が死刑になったのか、まるで考えていない。
死刑になる犯罪は、死刑になるべくしてなったとしかいいようがないものがほとんどです。そうした事情を考えることもなく、被害者遺族のことを考えることもなく、単に死刑に反対したいだけにしか見えません。
安田弁護士一派のあの卑劣な論の展開は、裁判長をして失当とまで言わせました。死刑反対のためなら、何でもやる!というのが日本の死刑反対論者です。
しかも、「日本政府は、死刑廃止に向かう世界の動きに逆らっている」という言い方が失笑ものです。
主な理由が「世界の潮流に逆らっている!」というものであれば、死刑賛成が世界の多数であったならば、「死刑賛成」に回るのでしょうか?
あまりに自分の論理のないものいいでしょう。
逆にいうと、死刑廃止論が盛り上がらないのは、そうした日和見主義的で、人を納得させうるだけのものがないからです。
例えば、世界のほとんどの国は、核武装を目指しています。
核武装をすることが、核を持っている相手国からの唯一の抑止力であり、国際的な発言力を相当に増強させる利得があるからです。
そうした「世界の動き」に対しては、日弁連はなぜか強硬に反対する。
憲法の改正も、世界的には、現実にあうようにしょっちゅう改定するのが普通ですが、そこにも反対しています。
要するに、都合のいいときだけ「世界の動きに逆らっている」などと発言しているにすぎないわけです。
その上で外圧を利用しようとしているのは、卑怯であり、笑止です。
日弁連といえば、ひと昔前は権威の象徴的な扱いでしたが、実体はこんなものなのです。
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