2007/11/30

「国民基金」とは何であったのか(上)  ]その他
 ● 「国民基金」(女性のためのアジア平和国民基金)とは何であったのか(上)
 −−問題の本質を隠蔽

女性史研究者 鈴木裕子

 ● はじめに


 今年3月、「財団法人女性のためのアジア平和国民基金」(略称は、国民基金ないしアジア女性基金)が解散された。
 「国民基金」解散後、「基金」の中心を担っておられた人びとが、自らの正当性を主張するため、事実を歪め、被害者支援団体(とくに韓国の支援団体・挺身隊問題対策協議会)を誹諦中傷する類いの言説を流通させておられる。誠に遺憾なことである。
 「国民基金」は、日本軍「慰安婦」(性奴隷制)問題の本質を隠蔽させ、撹乱させる役割を果たすものであった。そのことに対し、「基金」関係者は反省するどころか、解散後に至ってもなお、しかもいまだに「慰安婦」問題が未解決の状態であるのにもかかわらず、自己正当化のために右のごとき不道徳的な行為に血道をあげている心理をわたくしは理解できない。
 そこで「国民基金」について改めて振り返るとともに、その犯罪性を検証し、真の解決に向けて、執筆する次第である。

 ● 「慰安婦」問題の本質

 日本軍「慰安婦」(性奴隷制)問題は、本来、戦時の女性に対する性暴力の極致であり、女性の人権侵害の最たるものである。当時日本植民地下にあった朝鮮・台湾はじめほとんどの被害者が拉致や詐欺的な手段により戦場や兵帖地などに連行され、「性奴隷」を強いられた。


 対中国侵略戦争がアジア太平洋へと戦線が拡大されるや、日本軍は侵略・占領した中国、東南アジア、西太平洋諸地域に住んでいた現地女性たちに対してもしばしば強姦をも伴った性暴力行為をおこない、一部の女性を「性奴隷」とした。
 そこには帝国日本が「明治」以来、培ってきたアジア蔑視が根底にある。
 日本はアジアの一員にもかかわらず、同じアジア人を「劣等民族」視し、「慰安婦」にさせた女性を時には「慰安土人」などとも呼んで、女性侮辱と他民族蔑視意識丸出しの差別意識を露骨に顕した。
 「慰安婦」問題の根底に「民族差別」の存在を指摘するのは当然であろう。
 さらに加えて、「慰安婦」制度は、当時、天皇が大元帥として統帥・編成権を有する天皇の軍隊、すなわち「皇軍」が計画・導入・展開した制度であって、いわば「慰安婦」とされた被害女性たちは、天皇の軍隊=国家による犯罪制度・政策の犠牲者・被害者なのである。

 ● 「国民基金」の発足−「悪夢」の登場

 1995年7月、発足した「国民基金」は、右に述べたような「慰安婦」犯罪の本質からようやく芽生えかけていた日本人の「戦争責任認識」の形成を阻害し、「国家犯罪」としてのこの問題の本質から目を逸らせ、金銭の授与で決着をつけようとする「国策」であった、といえる。
 「国民基金」の本質は、以上に述べた通りだが、呼びかけ人の顔ぶれや、この「国策」を、当時社会党委員長であった村山富市氏が、自民党から担がれて首相になり、案出させたことなどから、一般的には大変分かりにくい性格を帯びたのは否めない。
 しかし、村山氏が、自民・社会・さきがけ三党政権になったとき、社会党の党是・基本政策ともいうべき「非武装中立」をいとも簡単に放棄し、日米安保体制堅持・自衛隊容認へと自民党路線に大きく右回転し、その一方でそれまでの「国家賠償・個人賠償」政策から一転し、宮沢喜一政権の「補償に代わる措置」としての「民間基金」路線へと舵を切ったのである。
 わたくしは、社会党員ではなかったものの働く者を代表する日本社会党の一貫した支持者であったので、先の非武装中立とともに賠償政策の大転換は誠に残念かつ痛苦な思いにかられたことを今でも忘れることができない。
 この思いは、わたくしばかりでなく、野党時代は、いわば「盟友」ともいうべき社会党とともに運動を進めてきた日本の運動関係者、また同様に社会党の国家賠償政策に期待を寄せてきた被害当事者やさきの挺身隊問題対策協議会はじめ被害地域の支援団体関係者をも大層がっかりさせるものだった。
 「国民基金」は、まさにその発足とともに、わたくしたちにとってはまさに「悪夢」をみることとなったのである。

『週間新社会』(2007/11/20)


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