2008/1/17
「国旗・国歌に関する荻村伊智朗さんの論考」
X日の丸・君が代関連ニュース
転送 ◎ 国旗・国歌に関する荻村伊智朗さんの論考
「被処分者の会」 星野です。 「被処分者の会」の仲間からの転送です。読み応えのある本ですが、すでに絶版のようです。
「スポーツが世界をつなぐ」 荻村伊智朗 著 (岩波ジュニア新書226)※18〜22ページより
● 国旗・国歌を使わなかった卓球連盟
オリンピック種目になったらすべてがいいかというと、そうでもありません。スポーツのほんとうの性質は、やはり文化活動の一つである、つまり政治の道具ではないということがあります。
卓球は、1926年の国際卓球連盟創立以来、
一、国旗・国歌を使わない。
二、加盟は国単位ではなく、協会単位である。
選手一人一人が基本で、その一人一人が集まってつくった協会が、ある地域の卓球活動を統括しているということであって、その地域は国と国とにまたがっていてもいいし、あるいは国のなかでいくつにも分割されていてもかまわない。
三、選手はアマチュアとかプロフェッショナルの区別をしない。
一人のバイオリニストとかバレリーナとか画家と同じである。上手になればお金が入るのは自然な成りゆきである。
こういう憲章のもとにやってきました。
ところで、国旗・国歌をもしげんみつに使っていたならば、1971年のピンポン外交はできなかったかもしれません。このときはIOCに承認されて中国を代表している国内オリンピック委員会は、台湾でした。中華人民共和国は承認されていませんでした。また、日本政府は中華人民共和国とは国交がなく、台湾・中華民国と国交がありました。だから71年の名古屋の世界選手権大会で、もし中華人民共和国が優勝して、国旗を掲揚したら、外交上の問題が生じるおそれがあったのです。
ところが、国旗・国歌は使わないということであったので、その点は問題ありません。だから、当時の中国首相である周恩来としても、そのことを念頭においたうえで、名古屋に参加するという決断ができたのです。そして大会後、アメリカの選手団は名古屋から香港をへて、直接中華人民共和国に入り、卓球交流をすることができました。これが翌年二月のニクソン訪中、米中国交回復へとつながっていったのです。
● 憲章改正
ところが、1988年のソウル・オリンピックに登場させたいがために、国際卓球連盟は、当時のIOC憲章にあわせて、1977年イギリスのバーミンガムでおこなわれた総会で、「アマチュアとプロの区別を導入する」「国旗と国歌を使う」という憲章改正をおこないました。こうして50年間つづけてきた憲章の重要な条項をオリンピック参加のために放棄することになりました。
ところが、ソウル・オリンピックの一年前に、アマチュアとプロの区別を廃止したのです。そのために卓球はその点だけはもとにもどって、オリンピックの参加資格をオープンにしました。オリンピックも世界選手権もふだんの交流も、連盟の規則をまもればまったくオープンであるというもとの性質にもどったのですが、国旗・国歌はいよいよ使うことになりました。
政治上の標識である国旗とか国歌というものがないほうが、人と人を結びつけやすいということはたしかに歴史上の事実としてありました。もちろん、逆に国旗・国歌があれば、国家とか政府の応援は経済的にも強くなるし、国民感情を刺激するという利点もあります。だから一長一短あるのですが、本来のグローバルでヒューマンな国際卓球連盟の性格はちょっとなくなったといえます。
たとえば、オリンピック大会には、イギリスはUK(ユナイティッド・キングダム)という一つのチームとして参加します。ところが卓球のばあいには、イングランド、スコットランド、アイルランド、ウェールズ、オートバイレースで有名なマン島、ジャージー諸島、ガーンジー諸島という七つの卓球協会が独立チームとして参加します。それぞれ総会では人口数十万の島でも、10億人の中華人民共和国と同じ一票を行使して議決に加わるのです。
それが本来の国際卓球連盟です。そのような性格でやってきたところが、オリンピック大会に入るために、国旗・国歌という国単位、ナショナリズムの概念を導入したわけです。
オリンピック大会のような大きなものを維持するためには、どうしてもまだ各国政府と緊密に関係をもっていかなければなりませんし、各国のナショナリズムを有効に活用して、大会の経済基盤とか、アクセスとか、いろいろなものを確保しなければなりません。そのために国旗・国歌の導入もやむをえないことはよくわかりますが、これが理想的なかたちだとは、卓球連盟の役員たちは考えていません。
絵の展覧会でもたぶん国旗は飾らないでしょう。音楽コンクールでも、もしバイオリン・コンクールで日本人が優勝したとしても、国旗を掲げ、国歌を演奏するということは考えられません。そのように、ほんとうに芸術として独立した時代がスポーツにもいまにくるかもしれませんが、いまのところは華やかなオリンピック運動に参加するために貴重な犠牲をはらったということを、卓球関係者の一部は考えています。しかし、大部分の人たちはこれでいいのだと思っています。
(おぎむらいちろう/国際卓球連盟会長在任中に病没/1993年7月20日刊行)
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