2009/11/22
こんなこともあろうかと 激藁
探査機「はやぶさ」、奇跡の復活…予定通り帰還へ
http://www.yomiuri.co.jp/space/news/20091119-OYT1T01282.htm
奇跡の復活――。4台あるエンジンのうち3台が停止し、小惑星イトカワから地球への帰還が危ぶまれていた日本の探査機「はやぶさ」について、宇宙航空研究開発機構は19日、故障していた2台のエンジンを組み合わせて、1台分のエンジンの推進力を得ることに成功したと発表した。
------
本来ならリアクションホイール3個で姿勢制御
⇒ ホイール1個壊れたのでホイール残り2個と化学スラスタで制御 (ここまでは普通の「こんなこともあろうかと」、な範囲)
⇒ ホイールさらに1個壊れた!化学スラスタ全損!燃料全部漏れた!漏れた燃料が機体内で凍ってる!!通信途絶!!!バッテリも壊れて太陽電池パネルは常に太陽を向けなきゃなんない!!!
⇒ 姿勢が狂っても、ほっとけば持ち直すように設計してたんだよね。こんなこともあろうかと。1年以内に60%の確率で通信回復するはず。ほうら3ヶ月で繋がったぜ!
⇒ とりあえずイオンエンジンの中和器から生キセノン吹かして姿勢制御。こんなこともあろうと中和器の向きを微妙にずらしてたんだよね。
⇒ 機体内をヒーターで暖めてベーキング。爆発しないようにゆっくりとね。気化した燃料はそのうち機体外に逃げるだろう。
⇒ 生キセノン吹かしつづけてると地球帰還用の燃料が足らなくね?あ、風車の原理で太陽光圧を利用して回転させて安定させればよくね?こんなこともあろうかと、回転軸が機体の中心を貫くように設計してたんだよ。
⇒ 地球帰還用のカプセルに採取した試料を入れるにはバッテリーの電力が必要だなぁ。でも極低温で短絡故障してるから充電すると爆発しそうだなぁ。あ、古川電工のおっちゃんが補充電回路で充電する裏技教えてくれた。ラッキー。
⇒ よし、地球帰還航行開始っと。イオンエンジンは3基生きてるからオッケー。ホイールは残り1個だから今のうちに何かいい手を考えておこうっと。
⇒ 地球帰還第一期軌道変換完了。半年お休みして、第二期軌道変換開始。イオンエンジンBはどうやら寿命らしい。お疲れさん。残り2基。
⇒ おや、メモリエラー(SEU)か。良くある良くある。とりあえずセーフホールドモードで指示待ちっと。地球から診断してもらってイオンエンジンも再起動出来たので巡航再開。
⇒ 「はやぶさ」イオンエンジン1基に異常」 っっっっきゃーーーっ!残りエンジン1基じゃ推進力足らないっ!
↓
⇒早期に故障したエンジン2基の正常部分を繋ぎ合わせ推進力復活!万一に備えてエンジン間の電気回路を繋いでおいたんだよね ←New!!
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http://www.yomiuri.co.jp/space/news/20091119-OYT1T01282.htm
奇跡の復活――。4台あるエンジンのうち3台が停止し、小惑星イトカワから地球への帰還が危ぶまれていた日本の探査機「はやぶさ」について、宇宙航空研究開発機構は19日、故障していた2台のエンジンを組み合わせて、1台分のエンジンの推進力を得ることに成功したと発表した。
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本来ならリアクションホイール3個で姿勢制御
⇒ ホイール1個壊れたのでホイール残り2個と化学スラスタで制御 (ここまでは普通の「こんなこともあろうかと」、な範囲)
⇒ ホイールさらに1個壊れた!化学スラスタ全損!燃料全部漏れた!漏れた燃料が機体内で凍ってる!!通信途絶!!!バッテリも壊れて太陽電池パネルは常に太陽を向けなきゃなんない!!!
⇒ 姿勢が狂っても、ほっとけば持ち直すように設計してたんだよね。こんなこともあろうかと。1年以内に60%の確率で通信回復するはず。ほうら3ヶ月で繋がったぜ!
⇒ とりあえずイオンエンジンの中和器から生キセノン吹かして姿勢制御。こんなこともあろうと中和器の向きを微妙にずらしてたんだよね。
⇒ 機体内をヒーターで暖めてベーキング。爆発しないようにゆっくりとね。気化した燃料はそのうち機体外に逃げるだろう。
⇒ 生キセノン吹かしつづけてると地球帰還用の燃料が足らなくね?あ、風車の原理で太陽光圧を利用して回転させて安定させればよくね?こんなこともあろうかと、回転軸が機体の中心を貫くように設計してたんだよ。
⇒ 地球帰還用のカプセルに採取した試料を入れるにはバッテリーの電力が必要だなぁ。でも極低温で短絡故障してるから充電すると爆発しそうだなぁ。あ、古川電工のおっちゃんが補充電回路で充電する裏技教えてくれた。ラッキー。
⇒ よし、地球帰還航行開始っと。イオンエンジンは3基生きてるからオッケー。ホイールは残り1個だから今のうちに何かいい手を考えておこうっと。
⇒ 地球帰還第一期軌道変換完了。半年お休みして、第二期軌道変換開始。イオンエンジンBはどうやら寿命らしい。お疲れさん。残り2基。
⇒ おや、メモリエラー(SEU)か。良くある良くある。とりあえずセーフホールドモードで指示待ちっと。地球から診断してもらってイオンエンジンも再起動出来たので巡航再開。
⇒ 「はやぶさ」イオンエンジン1基に異常」 っっっっきゃーーーっ!残りエンジン1基じゃ推進力足らないっ!
↓
⇒早期に故障したエンジン2基の正常部分を繋ぎ合わせ推進力復活!万一に備えてエンジン間の電気回路を繋いでおいたんだよね ←New!!
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2009/11/21
柳沢慎吾の一連の流れ 激藁
柳沢慎吾が笑っていいともに出る時の一連の流れ
登場でタモリには目もくれず「どーもー!」と満面の笑顔で客席に近づいて挨拶する
→「ありがとー!ありがとー!」と前列の客一人一人と笑顔で握手する
→ある客のところで急に「バウッ!」とキレて手を引っ込めて睨む
→また笑顔に戻って「どーもどーもターさんお久しぶりですぅ〜」とタモリと握手する
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登場でタモリには目もくれず「どーもー!」と満面の笑顔で客席に近づいて挨拶する
→「ありがとー!ありがとー!」と前列の客一人一人と笑顔で握手する
→ある客のところで急に「バウッ!」とキレて手を引っ込めて睨む
→また笑顔に戻って「どーもどーもターさんお久しぶりですぅ〜」とタモリと握手する
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2009/11/21
今日はラピュタの放送がありました 激藁
【バルスの目安】
“バルス”は本編開始から1時間55分5秒後に宣言されます。
またムスカの“3分待ってやる”発言から65秒後の宣言でもあります。
40秒規制がありますので、ムスカの発言から40秒経過してからのレスは自重しましょう。
最悪の場合、バルスに間に合わなくなります。
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“バルス”は本編開始から1時間55分5秒後に宣言されます。
またムスカの“3分待ってやる”発言から65秒後の宣言でもあります。
40秒規制がありますので、ムスカの発言から40秒経過してからのレスは自重しましょう。
最悪の場合、バルスに間に合わなくなります。
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2009/11/21
自分の人生なんだから イイ!!(・∀・)話
自分の人生なんだからやりたい事に猛進すりゃいいじゃねーか。
皆と一緒じゃないと駄目とでも思ってるのか?
メディアが煽るキラキラしたモノをいい年こいて追いかけてるだけじゃねーのか?
とりあえず↓でも聞いて「生きる」ってのを自分の頭で考えろ。
YouTube - アンパンマンマーチ♪(フルバージョン)
http://www.youtube.com/watch?v=BUGh-7Y5kZA&feature=related
作詞:やなせたかし/作曲:三木たかし/編曲:大谷和夫/
歌:ドリーミング
そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ胸の傷がいたんでも
なんのために生まれて
なにをして生きるのか
こたえられないなんて
そんなのは いやだ!
今を生きる ことで
熱い こころ 燃える
だから 君は いくんだ
ほほえんで
そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ 胸の傷がいたんでも
ああ アンパンマン
やさしい 君は
行け!みんなの夢 まもるため
なにが君の しあわせ
なにをして よろこぶ
わからないまま おわる
そんなのは いやだ!
忘れないで 夢を
こぼさないで 涙
だから 君は とぶんだ
どこまでも
そうだ おそれないで
みんなのために
愛と 勇気だけが ともだちさ
ああ アンパンマン
やさしい 君は
行け!みんなの夢 まもるため
時は はやく すぎる
光る星は 消える
だから 君は いくんだ
ほほえんで
そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ どんな 敵が あいてでも
ああ アンパンマン
やさしい 君は
行け!みんなの夢 まもるため
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皆と一緒じゃないと駄目とでも思ってるのか?
メディアが煽るキラキラしたモノをいい年こいて追いかけてるだけじゃねーのか?
とりあえず↓でも聞いて「生きる」ってのを自分の頭で考えろ。
YouTube - アンパンマンマーチ♪(フルバージョン)
http://www.youtube.com/watch?v=BUGh-7Y5kZA&feature=related
作詞:やなせたかし/作曲:三木たかし/編曲:大谷和夫/
歌:ドリーミング
そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ胸の傷がいたんでも
なんのために生まれて
なにをして生きるのか
こたえられないなんて
そんなのは いやだ!
今を生きる ことで
熱い こころ 燃える
だから 君は いくんだ
ほほえんで
そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ 胸の傷がいたんでも
ああ アンパンマン
やさしい 君は
行け!みんなの夢 まもるため
なにが君の しあわせ
なにをして よろこぶ
わからないまま おわる
そんなのは いやだ!
忘れないで 夢を
こぼさないで 涙
だから 君は とぶんだ
どこまでも
そうだ おそれないで
みんなのために
愛と 勇気だけが ともだちさ
ああ アンパンマン
やさしい 君は
行け!みんなの夢 まもるため
時は はやく すぎる
光る星は 消える
だから 君は いくんだ
ほほえんで
そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ どんな 敵が あいてでも
ああ アンパンマン
やさしい 君は
行け!みんなの夢 まもるため
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2009/11/21
からあげ大好き イイ!!(・∀・)話
幼稚園の頃お絵描きの時間に先生が
「大好きなものを描いてね」といういやに抽象的なテーマをだした。
みんなは、「おかあさん」とか「愛犬」とか「お花」を描いていたが、
私は画用紙一杯に茶色の丸を何個も何個も描いた。
先生の「これ、なあに?」の問いに
「とりのからあげ!」と元気に答えた私。
教室内は大爆笑、「だって、好きなものって言ったやん」と子供心が傷ついた。
その絵を、返却され家に持って帰る事になり
「お母さんも笑うかなあ、」と心配になったが、お迎えに来た母に
「好きなもの、から揚げ描いたら先生も皆も笑ってん…」
ここまで話すのが精一杯で大泣きしてしまった。
母は満面の笑みを湛え「そっかあ!」とその足ですぐスーパーに行き、
鶏肉をいっぱい買って来てその日の夜と、次の日のお弁当にから揚げを入れてくれた。
年子の弟がいたので、「お姉ちゃん」というプレッシャーがあったのと、
食が細かったので、「これが好き」とか「これ食べたい」とかあまり言わない子供だったので
母はすごくうれしかったみたい。
父も「この子は酒飲みになるぞお」とうれしそうにから揚げをたべていた。
期待を裏切らず酒飲みになり、あてはいつもから揚げ、
身長も171センチと大きく元気に育った。
「から揚げの絵」は、いまも大切に実家に保管してある。
おかあさん、ありがとう。
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「大好きなものを描いてね」といういやに抽象的なテーマをだした。
みんなは、「おかあさん」とか「愛犬」とか「お花」を描いていたが、
私は画用紙一杯に茶色の丸を何個も何個も描いた。
先生の「これ、なあに?」の問いに
「とりのからあげ!」と元気に答えた私。
教室内は大爆笑、「だって、好きなものって言ったやん」と子供心が傷ついた。
その絵を、返却され家に持って帰る事になり
「お母さんも笑うかなあ、」と心配になったが、お迎えに来た母に
「好きなもの、から揚げ描いたら先生も皆も笑ってん…」
ここまで話すのが精一杯で大泣きしてしまった。
母は満面の笑みを湛え「そっかあ!」とその足ですぐスーパーに行き、
鶏肉をいっぱい買って来てその日の夜と、次の日のお弁当にから揚げを入れてくれた。
年子の弟がいたので、「お姉ちゃん」というプレッシャーがあったのと、
食が細かったので、「これが好き」とか「これ食べたい」とかあまり言わない子供だったので
母はすごくうれしかったみたい。
父も「この子は酒飲みになるぞお」とうれしそうにから揚げをたべていた。
期待を裏切らず酒飲みになり、あてはいつもから揚げ、
身長も171センチと大きく元気に育った。
「から揚げの絵」は、いまも大切に実家に保管してある。
おかあさん、ありがとう。
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2009/11/19
立っててもスワローズ 激藁
最初は国鉄コンドルズにしようとしたが、鉄道会社がコンドル(混んどる)とは如何なものかと議論され、みんなで仲良くスワローズ(座ろう)ということでスワローズに決まったというのはガセな
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2009/11/19
郵政カブは最強のモンスター イイ!!(・∀・)話
郵便屋だが、郵政カブ最強。まさにモンスター。
仕事の最中にバイクごとはねられて、体中複雑骨折。
数ヶ月入院することになった。
医者から警察からも「生きているのが奇跡」とまで言われる大事故。
当然カブも同じく色んな箇所がひん曲がっていて、
見舞いと事後処理に来た上司は「おそらく廃車だろう」ということ。
数年間仕事の伴だったのでとても残念で、
事故で郵便物を一通も紛失しなかったことと事故の責任比率がゼロだったことと
事故の相手が大変誠実だったことが数少ない慰めだった。
数ヶ月の入院とリハビリの後、職場復帰。
しばらくの期間室内の作業に従事し、ついにバイクに乗る日が来た。
「あのカブはもうこの世にはないんだろうなあ」と思いながら、
バイクのキーを交付を受けた。
キーに着いている札のナンバーは以前のまま。
まさか…。
あのカブがそこに待っていたのだ。
しかも事故の日から5000km以上走行距離を増やして。
聞けば、エンジンとフレームが何とか無事で、あらゆる部品を交換して修理したらしい。
そちらの方が安くつくということだ。
しかも職場復帰はわずか事故の一週間後。
乗る側は死にかけたのに、バイクはケロリとすぐに仕事に戻っていたのだ。
「何やってたんだい。おせえよ。」と言われているようで、涙が出てきた。
もし街で郵政カブを見かけたら、乗ってる奴はどうでもいいから、
立派なバイクなんだなあ、と思ってくれたら幸いである。
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仕事の最中にバイクごとはねられて、体中複雑骨折。
数ヶ月入院することになった。
医者から警察からも「生きているのが奇跡」とまで言われる大事故。
当然カブも同じく色んな箇所がひん曲がっていて、
見舞いと事後処理に来た上司は「おそらく廃車だろう」ということ。
数年間仕事の伴だったのでとても残念で、
事故で郵便物を一通も紛失しなかったことと事故の責任比率がゼロだったことと
事故の相手が大変誠実だったことが数少ない慰めだった。
数ヶ月の入院とリハビリの後、職場復帰。
しばらくの期間室内の作業に従事し、ついにバイクに乗る日が来た。
「あのカブはもうこの世にはないんだろうなあ」と思いながら、
バイクのキーを交付を受けた。
キーに着いている札のナンバーは以前のまま。
まさか…。
あのカブがそこに待っていたのだ。
しかも事故の日から5000km以上走行距離を増やして。
聞けば、エンジンとフレームが何とか無事で、あらゆる部品を交換して修理したらしい。
そちらの方が安くつくということだ。
しかも職場復帰はわずか事故の一週間後。
乗る側は死にかけたのに、バイクはケロリとすぐに仕事に戻っていたのだ。
「何やってたんだい。おせえよ。」と言われているようで、涙が出てきた。
もし街で郵政カブを見かけたら、乗ってる奴はどうでもいいから、
立派なバイクなんだなあ、と思ってくれたら幸いである。
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2009/11/18
沖縄に行きたい イイ!!(・∀・)話
「沖縄に行かない?」
いきなり母が電話で聞いてきた。
当時、大学三年生で就活で大変な頃だった。
「忙しいから駄目」と言ったのだが母はなかなか諦めない。
「どうしても駄目?」「今大事な時期だから。就職決まったらね」
「そう・・・」母は残念そうに電話を切った。
急になんだろうと思ったが気にしないでおいた。
それから半年後に母が死んだ。癌だった。
医者からは余命半年と言われてたらしい。
医者や親戚には息子が今大事な時期で、心配するから連絡しないでくれと念を押していたらしい。
父母俺と三人家族で中学の頃、父が交通事故で死に、パートをして大学まで行かせてくれた母。
沖縄に行きたいというのは今まで俺のためだけに生きてきた母の最初で最後のワガママだった。
叔母から母が病院で最後まで持っていた小学生の頃の自分の絵日記を渡された。
パラパラとめくると写真が挟んであるページがあった。
絵日記には
「今日は沖縄に遊びにきた。海がきれいで雲がきれいですごく楽しい。
ずっと遊んでいたら旅館に帰ってから全身がやけてむちゃくちゃ痛かった。」
・・・というような事が書いてあった。すっかり忘れていた記憶を思い出す事が出来た。
自分は大きくなったらお金を貯めて父母を沖縄に連れていってあげる。
というようなことをこの旅行の後、言ったと思う。
母はそれをずっと覚えていたのだ。
そして挟んである写真には自分を真ん中に砂浜での三人が楽しそうに映っていた。
自分は母が電話をしてきた時、どうして母の唯一のワガママを聞いてやれなかったのか。
もう恩返しする事が出来ない・・・
涙がぶわっと溢れてきて止められなかった。
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いきなり母が電話で聞いてきた。
当時、大学三年生で就活で大変な頃だった。
「忙しいから駄目」と言ったのだが母はなかなか諦めない。
「どうしても駄目?」「今大事な時期だから。就職決まったらね」
「そう・・・」母は残念そうに電話を切った。
急になんだろうと思ったが気にしないでおいた。
それから半年後に母が死んだ。癌だった。
医者からは余命半年と言われてたらしい。
医者や親戚には息子が今大事な時期で、心配するから連絡しないでくれと念を押していたらしい。
父母俺と三人家族で中学の頃、父が交通事故で死に、パートをして大学まで行かせてくれた母。
沖縄に行きたいというのは今まで俺のためだけに生きてきた母の最初で最後のワガママだった。
叔母から母が病院で最後まで持っていた小学生の頃の自分の絵日記を渡された。
パラパラとめくると写真が挟んであるページがあった。
絵日記には
「今日は沖縄に遊びにきた。海がきれいで雲がきれいですごく楽しい。
ずっと遊んでいたら旅館に帰ってから全身がやけてむちゃくちゃ痛かった。」
・・・というような事が書いてあった。すっかり忘れていた記憶を思い出す事が出来た。
自分は大きくなったらお金を貯めて父母を沖縄に連れていってあげる。
というようなことをこの旅行の後、言ったと思う。
母はそれをずっと覚えていたのだ。
そして挟んである写真には自分を真ん中に砂浜での三人が楽しそうに映っていた。
自分は母が電話をしてきた時、どうして母の唯一のワガママを聞いてやれなかったのか。
もう恩返しする事が出来ない・・・
涙がぶわっと溢れてきて止められなかった。
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2009/11/18
旅行帰りは一日休み 日記 - つれづれ
11月17日(火)
北京から帰ってきた次の日。
鳥頭さんは普通に出勤していると思うのだが、、、
俺は朝9時に起きたものの、なんかだるくて、布団の中からネット鑑賞。
そして飯を食べると、ATMで北京で現地通貨を利用した分を銀行に返しに行く。
しかし、初日に利用した分しか請求されなかった。
残りの分はいつ請求されるのやら。
日歩を払うのもイヤなので、早めに確定したいところだ。
あとはさらどんを迎えに行った。
それ以外は、部屋でゲーム。
スターオーシャン4が大変はかどりました。
そのあと、営業さんと案件話と中国の話をメールで。
36歳会社員と、最近の仕事の話とお父様の心臓病の話。
深夜1時過ぎに鳥頭さんから電話があったり、と。
そんな感じでグダグダで過ごした。
しかしま、悪い感じではない。
まあ、こういう日が会ってもいいよね。
ね、ね?
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北京から帰ってきた次の日。
鳥頭さんは普通に出勤していると思うのだが、、、
俺は朝9時に起きたものの、なんかだるくて、布団の中からネット鑑賞。
そして飯を食べると、ATMで北京で現地通貨を利用した分を銀行に返しに行く。
しかし、初日に利用した分しか請求されなかった。
残りの分はいつ請求されるのやら。
日歩を払うのもイヤなので、早めに確定したいところだ。
あとはさらどんを迎えに行った。
それ以外は、部屋でゲーム。
スターオーシャン4が大変はかどりました。
そのあと、営業さんと案件話と中国の話をメールで。
36歳会社員と、最近の仕事の話とお父様の心臓病の話。
深夜1時過ぎに鳥頭さんから電話があったり、と。
そんな感じでグダグダで過ごした。
しかしま、悪い感じではない。
まあ、こういう日が会ってもいいよね。
ね、ね?
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2009/11/17
北京からの帰りは追い風 旅行記
11月16日(月)
そして最終日。
この日は朝起きて、荷物をまとめて北京から東京に帰るだけ。
もうすぐ起きるかな、と寝ていたところ、、、
その朝、電話が鳴った。
特にモーニングコールを設定してはいない。
なんだよ、またマッサージの勧誘かよ、と思いつつ、電話に出てみると、
「おはようございます、起きましたか?」
と、流ちょうな日本語。
「お母さん」だった。
慌ててかしこまり、
「あ、はい。起きました。大丈夫です」
「それじゃ、気をつけて帰ってね。また北京にいらしてください」
「はい、是非。本当にありがとうございました」
というような会話をする。
最後の最後まで心配して電話してきてくれたんだね。
営業の人が
「中国の人は身内や近しい人には、それはそれは親切だよ。素朴にね」
と言っていたのだが、本当だった。
テレビでやっている事件やら、ネットにいる人種だけでは判断できないね。
やっぱり、実際に会ってみないと本当に分からない。
俺が、本だけを信用しないで、実際に世界のすべてを見てみたい、と思った理由にそれがある。
なんだけど、それはそれで別の話。
とりあえず、いまは朝に弱い鳥頭さんを起こして、俺の荷造りを完了させて、空港に向かわねば。
鳥頭さんのお土産を一部引き受けて、鳥頭さんに携帯用バッグを貸してしまったので、リュックに収まるように荷物の整理をするのは非常に大変。
でも、その鳥頭さんの荷物は「お母さん」に頼まれた日本にいる息子さんとその下宿先のおじさんへの荷物だから、俺にも異存は全くない。
そりゃ、海外で荷物を頼まれるのは危険なことなんだけど、明らかに酒とか煙草だし、あと、下宿先のおじさんのリクエストのお漬け物だとか、なんとなく皆さんのお人柄が分かる荷物だよね。
何とか詰め込んで、ホテルをチェックアウト。
そしてタクシーで空港へ。
月曜の朝なので、少しだけ渋滞だったけど、二時間半前には空港に到着。
チェックインカウンターは空いていたし、昨日のうちにオンラインチェックインは済ませていたし。
空港の汉堡王(バーガーキング)で最後の食事を済ませ、ボーイング777に搭乗。
飛行時間はなんと2時間15分。
帰りは追い風なので、早いんだね。
そして日本に到着して、
「暑いね−、日本」
などと言いつつ京成線に乗り、勝田台で鳥頭さんとお別れ。
家に着くと、ちょうど母親が学童にさらどんを迎えに行っている時間で留守。
家に上がり込むと、庭から、
「電気ついてるよ、あ、○○(俺の名前)おじちゃん、帰ってきてるんだよ!」
という声のあとに、大きな声で
「ただいま!」
そして廊下を走ってこっちにやってくるさらどん。
「おじちゃん、お帰り!」
荷物の整理を手伝いさせつつ、ケンカをさせないために、
「おみやげはたっくんが帰ってきてから二人で選ぶんだよ」
ということで、たっくんが帰ってきた後、二人にパンダのぬいぐるみとパンダのリュックとパンダのクッションの中から一つだけ選ばせた。
さらどんはクッション、たっくんはぬいぐるみを選んだ。
「もう一つはどうするの」
さてどうしようか。
めぐめぐのところのゆうきくんか、こじゅうと殿のところのりっくんか、あるいははすっぱのところのたくとくんか。
(まあ、会った順番だよな。あとは他のお土産でお茶を濁す、と)
そして皆さんに共通に見せるビデオを編集をしようと、パソコンで再生してみると、、、
(目が回る、、、)
初めての旅の動画は、ぐらぐら揺れるは、景観を撮ろうと回っている動画ばかりで、非常に三半規管に良くない感じの映像に仕上がっていたのでした。
………、さて、どうしたものか、、、
0
そして最終日。
この日は朝起きて、荷物をまとめて北京から東京に帰るだけ。
もうすぐ起きるかな、と寝ていたところ、、、
その朝、電話が鳴った。
特にモーニングコールを設定してはいない。
なんだよ、またマッサージの勧誘かよ、と思いつつ、電話に出てみると、
「おはようございます、起きましたか?」
と、流ちょうな日本語。
「お母さん」だった。
慌ててかしこまり、
「あ、はい。起きました。大丈夫です」
「それじゃ、気をつけて帰ってね。また北京にいらしてください」
「はい、是非。本当にありがとうございました」
というような会話をする。
最後の最後まで心配して電話してきてくれたんだね。
営業の人が
「中国の人は身内や近しい人には、それはそれは親切だよ。素朴にね」
と言っていたのだが、本当だった。
テレビでやっている事件やら、ネットにいる人種だけでは判断できないね。
やっぱり、実際に会ってみないと本当に分からない。
俺が、本だけを信用しないで、実際に世界のすべてを見てみたい、と思った理由にそれがある。
なんだけど、それはそれで別の話。
とりあえず、いまは朝に弱い鳥頭さんを起こして、俺の荷造りを完了させて、空港に向かわねば。
鳥頭さんのお土産を一部引き受けて、鳥頭さんに携帯用バッグを貸してしまったので、リュックに収まるように荷物の整理をするのは非常に大変。
でも、その鳥頭さんの荷物は「お母さん」に頼まれた日本にいる息子さんとその下宿先のおじさんへの荷物だから、俺にも異存は全くない。
そりゃ、海外で荷物を頼まれるのは危険なことなんだけど、明らかに酒とか煙草だし、あと、下宿先のおじさんのリクエストのお漬け物だとか、なんとなく皆さんのお人柄が分かる荷物だよね。
何とか詰め込んで、ホテルをチェックアウト。
そしてタクシーで空港へ。
月曜の朝なので、少しだけ渋滞だったけど、二時間半前には空港に到着。
チェックインカウンターは空いていたし、昨日のうちにオンラインチェックインは済ませていたし。
空港の汉堡王(バーガーキング)で最後の食事を済ませ、ボーイング777に搭乗。
飛行時間はなんと2時間15分。
帰りは追い風なので、早いんだね。
そして日本に到着して、
「暑いね−、日本」
などと言いつつ京成線に乗り、勝田台で鳥頭さんとお別れ。
家に着くと、ちょうど母親が学童にさらどんを迎えに行っている時間で留守。
家に上がり込むと、庭から、
「電気ついてるよ、あ、○○(俺の名前)おじちゃん、帰ってきてるんだよ!」
という声のあとに、大きな声で
「ただいま!」
そして廊下を走ってこっちにやってくるさらどん。
「おじちゃん、お帰り!」
荷物の整理を手伝いさせつつ、ケンカをさせないために、
「おみやげはたっくんが帰ってきてから二人で選ぶんだよ」
ということで、たっくんが帰ってきた後、二人にパンダのぬいぐるみとパンダのリュックとパンダのクッションの中から一つだけ選ばせた。
さらどんはクッション、たっくんはぬいぐるみを選んだ。
「もう一つはどうするの」
さてどうしようか。
めぐめぐのところのゆうきくんか、こじゅうと殿のところのりっくんか、あるいははすっぱのところのたくとくんか。
(まあ、会った順番だよな。あとは他のお土産でお茶を濁す、と)
そして皆さんに共通に見せるビデオを編集をしようと、パソコンで再生してみると、、、
(目が回る、、、)
初めての旅の動画は、ぐらぐら揺れるは、景観を撮ろうと回っている動画ばかりで、非常に三半規管に良くない感じの映像に仕上がっていたのでした。
………、さて、どうしたものか、、、
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2009/11/16
広くて大きくて美しくて美味しい、そして寒いぞ北京 旅行記
11月15日(日)
本日は、天安門から故宮博物院(紫禁城)を観光しようと思っていたのだが、、、
鳥頭さんの友達の留学生の昔日本人向けの観光ガイドをしていたというお母さんが、なんと付き添っていただける、ということになった。
いや、お世話になりっぱなしで申し訳なくて、遠慮しようとしたのだけれど、いいからいいから、という感じで、今日もまたお世話になってしまうわけであります。
入場料を払い、入り口の午門をくぐると、まず目に広がる外朝の広さ。

↑天安門の奥、太和門
その広さと、東西南北をはっきりと感じさせる確固とした造りは、確かに、その昔、世界の中心であったことを確信させる、圧倒的な人造物だった。
そしてその後、太和門をくぐり、太和殿。
こちらの玉座の前は人が押し合いへし合い。
中国の方は遠慮がなく、普通に前に入ってきたりするので、なんとか前に進んで玉座の様子を写したりしたのだけれど、暗い上に押されてぶれた写真になってしまったので、未掲載。
残念。
そして、そのまま北に向かい、いろいろすぎて、保和殿。
こちらは官吏採用試験である文科挙の最終試験である殿試が行われたという場所。
そちらでの、玉座。

↑和仁正中
その試験の模様は、『蒼穹の昴』(浅田次郎)に詳しいかも。
そしてその後、後宮へ。
いろいろと細かい部屋があり、宝物殿、その他京劇の舞台等があった。
その中で、歴史的な悲劇の舞台、珍妃の井戸を見つけ、思わず手を合わせた。

↑光緒帝の寵姫、珍妃はここに投げ込まれ、殺された
しかし、今はあまり井戸の体を為していなかった。
埋めちゃったのかな。
そして、故宮博物院をお母さんのご案内で、歴史の事情やら解説やらで見所を網羅し、北側の神武門から退出した。
今日の北京の最低気温はマイナス3度。
最高気温は0度。
紫禁城の内部は、広い場所が多く、吹きっさらしはひどく寒かった。
でも、昨日の万里の長城を経験したら、たいていの寒さはそうでもない。
しかし、体が冷えていたのは間違いないわけで、デパートに行って食事を食べよう、ということになった。

↑北京の真新しいデパートの内部の様子。
こちらのデパートは、清潔感、明るさ、品揃えともに、日本にそれに引けを取らない。
6階がフードコートとなっていたので、そちらでミールクーポンを買って、香港小吃のお店で、鳥頭さんは焼きそば、自分はピータン粥を。

↑ピータン粥は15元でした
そしてお昼を満喫し、別のデパート、北京市百貨大楼に行って、地下一階のお茶屋さんへ。
お母さんの行きつけのお店らしく、
「買わなくてもいいのよ。休憩するだけでもいいの」
ということで、それほど買う気はなかったのだけど、、、
試飲させていただいたお茶。なかなかに美味しい。
ジャスミンティーなんだけど、丸く固められた茶葉を透明の急須に入れ、お湯を注ぐとそれが花のように開いていく様子がいかにも楽しく、かわいらしい。
これはこじゅうと殿やらめぐめぐやら、女性へのお土産に良いと思った。
値段を聞いてみると、1箱40元。
安い。
前にお袋が中国を旅行したときには、100元を下回るお茶なんてなかったと聞いた。
それをお母さんに聞いてみると、
「ガイドの人に手数料を払わないといけないから、どうしても、ね」
そして、
「ここはそのままの値段で売ってくれるし、老舗だから私もいつも利用しているの」
とのことだった。
なので、いくつか買ってしまった。
良い買い物が出来たなあ、と心から思った。
そしていったんホテルに帰り、荷物を置いてから世界遺産、天壇公園へ。
相変わらず寒く、風も冷たかったのだけれど、空は気持ちの良い抜けるような青空。
そしてそこにそびえる、皇帝が天を祭った祭壇、祈年殿。

↑天は円形、値は方形…
青をふんだんに使った円形の建物の造形が、なかなかに感動的。
紫禁城は圧倒的、という感じだったけど、こちらの光景は、空の青さもあいまって、心にしみいる感じだった。
あと、余談ですけど、こちらの天壇公園、祈年殿と皇穹宇のなかに一人ずつ係員のお姉さんがいたのだけれど、そのお姉さんが両方ともすごい美人でした。
写真を撮れなかったのが、今回の旅、最大の痛恨事です。
そして広い広い天壇公園を縦断完了し、寒い中でなかなか捕まらないタクシーを捕まえて、お父さんと合流して、北京での最後の晩餐。
それはもちろん、

↑北京ダックだ!
俺だけ56度のきっついお酒をエホエホ言いながら、召し上がりつつ、小麦粉を焼いて作ったタコスみたいな皮にネギやらといっしょに包んで、むしゃぶりつく。
美味い。
その他の料理もすべて美味しい。
いいなあ北京。
たぶん、お母さんのおかげなんだけど、食べるものみんなが美味しいよ。
そして嫌いなものがないように、俺を育ててくれた血の繋がっている実の母親にも感謝。
俺が世界を旅する理由は、こういった食の喜びが嬉しいからなんだよ。
ちなみにあとは、世界のすべてを見たいというのと、いろんな国の人たちと話してみたい、ということね。
お母さんによると、北京ダックは山東料理、とのこと。
んで、山東料理が北京料理の元になったということのようだ。
あと、北京ダックと言えば「皮を食べる料理」と思っていたんだけど、それは誤解みたいのようだ。
けっこう肉厚で、肉の部分も美味しい。
あと、その骨を使ったスープも美味しかった。
いろんな部位を使うんだね。
そして料理が終わると、お母さん、お父さんとお別れ。
申し訳ないくらい、本当にお世話になってしまった。
これはちゃんとお礼をしないといけないなあ、と心から思ってしまったりしているわけです。
そしてそのあと、鳥頭さんと外国人が集まるという三里屯のバーでちょっとだけ飲み、北京最後の夜を
「あんた(お前)のここがダメだ」
という口論で、ダメダメにしてしまうお互いにダメな旅の友なのでした。
0
本日は、天安門から故宮博物院(紫禁城)を観光しようと思っていたのだが、、、
鳥頭さんの友達の留学生の昔日本人向けの観光ガイドをしていたというお母さんが、なんと付き添っていただける、ということになった。
いや、お世話になりっぱなしで申し訳なくて、遠慮しようとしたのだけれど、いいからいいから、という感じで、今日もまたお世話になってしまうわけであります。
入場料を払い、入り口の午門をくぐると、まず目に広がる外朝の広さ。

↑天安門の奥、太和門
その広さと、東西南北をはっきりと感じさせる確固とした造りは、確かに、その昔、世界の中心であったことを確信させる、圧倒的な人造物だった。
そしてその後、太和門をくぐり、太和殿。
こちらの玉座の前は人が押し合いへし合い。
中国の方は遠慮がなく、普通に前に入ってきたりするので、なんとか前に進んで玉座の様子を写したりしたのだけれど、暗い上に押されてぶれた写真になってしまったので、未掲載。
残念。
そして、そのまま北に向かい、いろいろすぎて、保和殿。
こちらは官吏採用試験である文科挙の最終試験である殿試が行われたという場所。
そちらでの、玉座。

↑和仁正中
その試験の模様は、『蒼穹の昴』(浅田次郎)に詳しいかも。
そしてその後、後宮へ。
いろいろと細かい部屋があり、宝物殿、その他京劇の舞台等があった。
その中で、歴史的な悲劇の舞台、珍妃の井戸を見つけ、思わず手を合わせた。

↑光緒帝の寵姫、珍妃はここに投げ込まれ、殺された
しかし、今はあまり井戸の体を為していなかった。
埋めちゃったのかな。
そして、故宮博物院をお母さんのご案内で、歴史の事情やら解説やらで見所を網羅し、北側の神武門から退出した。
今日の北京の最低気温はマイナス3度。
最高気温は0度。
紫禁城の内部は、広い場所が多く、吹きっさらしはひどく寒かった。
でも、昨日の万里の長城を経験したら、たいていの寒さはそうでもない。
しかし、体が冷えていたのは間違いないわけで、デパートに行って食事を食べよう、ということになった。

↑北京の真新しいデパートの内部の様子。
こちらのデパートは、清潔感、明るさ、品揃えともに、日本にそれに引けを取らない。
6階がフードコートとなっていたので、そちらでミールクーポンを買って、香港小吃のお店で、鳥頭さんは焼きそば、自分はピータン粥を。

↑ピータン粥は15元でした
そしてお昼を満喫し、別のデパート、北京市百貨大楼に行って、地下一階のお茶屋さんへ。
お母さんの行きつけのお店らしく、
「買わなくてもいいのよ。休憩するだけでもいいの」
ということで、それほど買う気はなかったのだけど、、、
試飲させていただいたお茶。なかなかに美味しい。
ジャスミンティーなんだけど、丸く固められた茶葉を透明の急須に入れ、お湯を注ぐとそれが花のように開いていく様子がいかにも楽しく、かわいらしい。
これはこじゅうと殿やらめぐめぐやら、女性へのお土産に良いと思った。
値段を聞いてみると、1箱40元。
安い。
前にお袋が中国を旅行したときには、100元を下回るお茶なんてなかったと聞いた。
それをお母さんに聞いてみると、
「ガイドの人に手数料を払わないといけないから、どうしても、ね」
そして、
「ここはそのままの値段で売ってくれるし、老舗だから私もいつも利用しているの」
とのことだった。
なので、いくつか買ってしまった。
良い買い物が出来たなあ、と心から思った。
そしていったんホテルに帰り、荷物を置いてから世界遺産、天壇公園へ。
相変わらず寒く、風も冷たかったのだけれど、空は気持ちの良い抜けるような青空。
そしてそこにそびえる、皇帝が天を祭った祭壇、祈年殿。

↑天は円形、値は方形…
青をふんだんに使った円形の建物の造形が、なかなかに感動的。
紫禁城は圧倒的、という感じだったけど、こちらの光景は、空の青さもあいまって、心にしみいる感じだった。
あと、余談ですけど、こちらの天壇公園、祈年殿と皇穹宇のなかに一人ずつ係員のお姉さんがいたのだけれど、そのお姉さんが両方ともすごい美人でした。
写真を撮れなかったのが、今回の旅、最大の痛恨事です。
そして広い広い天壇公園を縦断完了し、寒い中でなかなか捕まらないタクシーを捕まえて、お父さんと合流して、北京での最後の晩餐。
それはもちろん、

↑北京ダックだ!
俺だけ56度のきっついお酒をエホエホ言いながら、召し上がりつつ、小麦粉を焼いて作ったタコスみたいな皮にネギやらといっしょに包んで、むしゃぶりつく。
美味い。
その他の料理もすべて美味しい。
いいなあ北京。
たぶん、お母さんのおかげなんだけど、食べるものみんなが美味しいよ。
そして嫌いなものがないように、俺を育ててくれた血の繋がっている実の母親にも感謝。
俺が世界を旅する理由は、こういった食の喜びが嬉しいからなんだよ。
ちなみにあとは、世界のすべてを見たいというのと、いろんな国の人たちと話してみたい、ということね。
お母さんによると、北京ダックは山東料理、とのこと。
んで、山東料理が北京料理の元になったということのようだ。
あと、北京ダックと言えば「皮を食べる料理」と思っていたんだけど、それは誤解みたいのようだ。
けっこう肉厚で、肉の部分も美味しい。
あと、その骨を使ったスープも美味しかった。
いろんな部位を使うんだね。
そして料理が終わると、お母さん、お父さんとお別れ。
申し訳ないくらい、本当にお世話になってしまった。
これはちゃんとお礼をしないといけないなあ、と心から思ってしまったりしているわけです。
そしてそのあと、鳥頭さんと外国人が集まるという三里屯のバーでちょっとだけ飲み、北京最後の夜を
「あんた(お前)のここがダメだ」
という口論で、ダメダメにしてしまうお互いにダメな旅の友なのでした。
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2009/11/15
長城へ履いていく靴は選べ 旅行記
11月14日(土)
昨日の夜、腹に差し込むような痛みがあり、トイレに行ってみると、お腹が下っていた。
正露丸を飲んでとりあえず収まったのだが、なにが悪かったのやら、、、
やや不安を抱えながら、いざ、北京の街へ!
まずはホテルからほど近い、天安門前の様子を見てみる。

↑朝の天安門前
こちらは中国中から来た観光客でごった返していた。
そしてタクシーでバスターミナルへ。
バスターミナルから路線バスに乗り込み、万里の長城がある八達嶺へ。
バスターミナルでは、
「そのバスでは長城へは行かないよ」
などというタクシー斡旋業者がいたりするので注意。
途中、たくさんの人が乗り込んできたり降りていったりする路線バスの料金は12元。
1時間20分ほどで着く。
北京のこの日の最低気温は-7度。
でも、市内では寒いけどそれほどでもないかなあ、などと思っていたのだが、、、
八達嶺、寒い。
くそ寒い。
ヒートテックのタイツと靴の間のすき間が寒い。
風が強い。
耳が切れるように痛い。
コートのフードを厳重にかぶりつつ、
(毛糸の帽子、持ってくれば良かった)
と、軽く後悔。
しかし、最初、フードのないコートを持って行こうかと思案していたりするので、それを選択するよりは良かったと、一昨日の自分を褒めてみたりする。
ちなみに毛糸の帽子はそこらにたくさんいる行商のおじさんが売ってくれそうな雰囲気です。
二つで千円と言ってました。
40元の入場料を払い、緩やかな女坂を登るか、急峻な男坂を登るかの選択となる。
(オレはようやくのぼりはじめたばかりだからな。このはてしなく遠い男坂をよ…)
と、心の中でつぶやきながら、男坂を選ぶ。
いや本当は、急峻な坂道とはいえ、普段からマッスルトレーナーで歩き慣れている俺なら楽勝だ、と思ったからなのだが。
最初は楽勝だった。
振り向き、女坂を登る人たちの軟弱さをプギャーと笑っていたりしていた。

↑女坂を登る人々
しかし、急峻はともかくとして、、、
(この雪が凍った急坂を革靴で登るのは、男というより馬鹿なのではないだろうか)
という事態に陥った。

↑こちらが男坂遠景
寒い。
そして、とてつもなく強力な風。
内部の通路からは低い長城の城壁。
何回か体ごと持って行かれそうになった。
しかも足下はツルッツル。
(普通に死んでもおかしくないなあ)
という状況であった。。。
※誇張なし
途中、手すりのない雪坂のところですっころび、下までずるずると落ちていきそうになった。
そのとき、城壁に片手をおいた中国人のお兄さんが手をさしのべてくれたのだ!
でも、その城壁においた片手がいかにも危なっかしいし、手を繋いだ瞬間、二人揃ってずるずると落ちていくという二重遭難の危険を感じたため、
「謝謝」
とだけ言って踏ん張り、自力で立て直すことに何とか成功した。
そして登り切り、上で長城の大きさを改めて確認。
一つ一つが大きい石組みが、これだけ積み重なったものが、これだけの規模で作られたという事実に、改めて驚いた。つーか、あり得ないと思った。
すげえなあ、人力って。
そして風が強いので、ちょっと休憩してから降りはじめるのだが、登りよりも下りの方が危険なのは言うまでもないわけで、何回もすっ転んだ。

↑手すりがあっても転ぶよこんなの
そしてそのあと、ちょっとだけ女坂を登ってから、長城を退出。
ここまでくる電車が出来たというので、1日6本だけらしいから、見に行ってみて、ちょうど良かったら乗って帰ろう、ということで行ってみたら、ちょうど電車が来るところだった。
急いで切符を買って乗り込む。
日本の新幹線の車両を使っているという車両は、とても席が広く快適だった。
そしてすごく空いていた。
まだみんな、あんまり知らないのかもね。
ただ、坂道ではすごい徐行運転するので、新幹線の割にはすごく遅く、1時間20分ほどで北京北駅についた。
料金は17元。
そのあと、タクシーで、景山公園へ。
こちらは故宮の真北にある小高い丘になっているので、故宮の全貌をながめることが出来るとのこと。
そんなちょっとした山のような丘を、さっき長城を登ったばかりでかなり足が疲れているのだが、とりあえず何とか登り切る。

↑景山公園頂上の万春亭からみた故宮
なるほど、なかなかの絶景だ。
しかし、三国無双のように、この城を一人で破るのはちょっとつらいなあ、と思った。

↑これが下から見た万春亭の楼閣
そして、本日は鳥頭さんの友達の中国人留学生のご両親と孔乙己酒楼で会う。
お母様は、その昔日本人向けのガイドを為されていた方なので、日本語はぺらぺらだ。
今回も、困ったときは鳥頭さんがこのお母様に電話して、運転手さんやらいろいろな人と会話していただいたりして助けてもらっていたりするのだ。
そしてお世話になっているのにも関わらず、ごちそうになってしまった。

↑孔乙己酒楼の東坡肉(トンローポー)
この東坡肉、本当にこの脂身がぷるぷるととろけるようで、食感がすごく楽しく美味しかった。
美味しんぼにおける山岡の
「こんなの東坡肉じゃない。ただの豚の角煮だ!」
というセリフに、
(豚の角煮も美味しいのになあ)
と思っていたのだけれど、これ食べて納得した。
全然別物だ。
すげー美味い。
そして紹興酒、これもすごい美味しかった。
いや、やっぱり現地の知り合いがいるっていうのはすごくいいね。
なにも知らない状態でここに来ていたとしても、こんな美味しさに出会うことが出来たかどうか。
やっぱり人の縁って、ときどき面倒だけれども、大事なものなんだなあ、と思った。
鳥頭さんはもちろん、ご両親へのお土産を買っていったし、日本にいる息子さんへのお土産とそのホームステイ先のおじさんへの配送物も請け負っていたりと、一応ギブアンドテイクなんだけど、明らかにもらえるメリットの方が大きすぎてちょっと申し訳ないなあ、とも思ったのでした。
1
昨日の夜、腹に差し込むような痛みがあり、トイレに行ってみると、お腹が下っていた。
正露丸を飲んでとりあえず収まったのだが、なにが悪かったのやら、、、
やや不安を抱えながら、いざ、北京の街へ!
まずはホテルからほど近い、天安門前の様子を見てみる。

↑朝の天安門前
こちらは中国中から来た観光客でごった返していた。
そしてタクシーでバスターミナルへ。
バスターミナルから路線バスに乗り込み、万里の長城がある八達嶺へ。
バスターミナルでは、
「そのバスでは長城へは行かないよ」
などというタクシー斡旋業者がいたりするので注意。
途中、たくさんの人が乗り込んできたり降りていったりする路線バスの料金は12元。
1時間20分ほどで着く。
北京のこの日の最低気温は-7度。
でも、市内では寒いけどそれほどでもないかなあ、などと思っていたのだが、、、
八達嶺、寒い。
くそ寒い。
ヒートテックのタイツと靴の間のすき間が寒い。
風が強い。
耳が切れるように痛い。
コートのフードを厳重にかぶりつつ、
(毛糸の帽子、持ってくれば良かった)
と、軽く後悔。
しかし、最初、フードのないコートを持って行こうかと思案していたりするので、それを選択するよりは良かったと、一昨日の自分を褒めてみたりする。
ちなみに毛糸の帽子はそこらにたくさんいる行商のおじさんが売ってくれそうな雰囲気です。
二つで千円と言ってました。
40元の入場料を払い、緩やかな女坂を登るか、急峻な男坂を登るかの選択となる。
(オレはようやくのぼりはじめたばかりだからな。このはてしなく遠い男坂をよ…)
と、心の中でつぶやきながら、男坂を選ぶ。
いや本当は、急峻な坂道とはいえ、普段からマッスルトレーナーで歩き慣れている俺なら楽勝だ、と思ったからなのだが。
最初は楽勝だった。
振り向き、女坂を登る人たちの軟弱さをプギャーと笑っていたりしていた。

↑女坂を登る人々
しかし、急峻はともかくとして、、、
(この雪が凍った急坂を革靴で登るのは、男というより馬鹿なのではないだろうか)
という事態に陥った。

↑こちらが男坂遠景
寒い。
そして、とてつもなく強力な風。
内部の通路からは低い長城の城壁。
何回か体ごと持って行かれそうになった。
しかも足下はツルッツル。
(普通に死んでもおかしくないなあ)
という状況であった。。。
※誇張なし
途中、手すりのない雪坂のところですっころび、下までずるずると落ちていきそうになった。
そのとき、城壁に片手をおいた中国人のお兄さんが手をさしのべてくれたのだ!
でも、その城壁においた片手がいかにも危なっかしいし、手を繋いだ瞬間、二人揃ってずるずると落ちていくという二重遭難の危険を感じたため、
「謝謝」
とだけ言って踏ん張り、自力で立て直すことに何とか成功した。
そして登り切り、上で長城の大きさを改めて確認。
一つ一つが大きい石組みが、これだけ積み重なったものが、これだけの規模で作られたという事実に、改めて驚いた。つーか、あり得ないと思った。
すげえなあ、人力って。
そして風が強いので、ちょっと休憩してから降りはじめるのだが、登りよりも下りの方が危険なのは言うまでもないわけで、何回もすっ転んだ。

↑手すりがあっても転ぶよこんなの
そしてそのあと、ちょっとだけ女坂を登ってから、長城を退出。
ここまでくる電車が出来たというので、1日6本だけらしいから、見に行ってみて、ちょうど良かったら乗って帰ろう、ということで行ってみたら、ちょうど電車が来るところだった。
急いで切符を買って乗り込む。
日本の新幹線の車両を使っているという車両は、とても席が広く快適だった。
そしてすごく空いていた。
まだみんな、あんまり知らないのかもね。
ただ、坂道ではすごい徐行運転するので、新幹線の割にはすごく遅く、1時間20分ほどで北京北駅についた。
料金は17元。
そのあと、タクシーで、景山公園へ。
こちらは故宮の真北にある小高い丘になっているので、故宮の全貌をながめることが出来るとのこと。
そんなちょっとした山のような丘を、さっき長城を登ったばかりでかなり足が疲れているのだが、とりあえず何とか登り切る。

↑景山公園頂上の万春亭からみた故宮
なるほど、なかなかの絶景だ。
しかし、三国無双のように、この城を一人で破るのはちょっとつらいなあ、と思った。

↑これが下から見た万春亭の楼閣
そして、本日は鳥頭さんの友達の中国人留学生のご両親と孔乙己酒楼で会う。
お母様は、その昔日本人向けのガイドを為されていた方なので、日本語はぺらぺらだ。
今回も、困ったときは鳥頭さんがこのお母様に電話して、運転手さんやらいろいろな人と会話していただいたりして助けてもらっていたりするのだ。
そしてお世話になっているのにも関わらず、ごちそうになってしまった。

↑孔乙己酒楼の東坡肉(トンローポー)
この東坡肉、本当にこの脂身がぷるぷるととろけるようで、食感がすごく楽しく美味しかった。
美味しんぼにおける山岡の
「こんなの東坡肉じゃない。ただの豚の角煮だ!」
というセリフに、
(豚の角煮も美味しいのになあ)
と思っていたのだけれど、これ食べて納得した。
全然別物だ。
すげー美味い。
そして紹興酒、これもすごい美味しかった。
いや、やっぱり現地の知り合いがいるっていうのはすごくいいね。
なにも知らない状態でここに来ていたとしても、こんな美味しさに出会うことが出来たかどうか。
やっぱり人の縁って、ときどき面倒だけれども、大事なものなんだなあ、と思った。
鳥頭さんはもちろん、ご両親へのお土産を買っていったし、日本にいる息子さんへのお土産とそのホームステイ先のおじさんへの配送物も請け負っていたりと、一応ギブアンドテイクなんだけど、明らかにもらえるメリットの方が大きすぎてちょっと申し訳ないなあ、とも思ったのでした。
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2009/11/14
北京に到着 旅行記
11月13日(金)
本日は19時発のユナイテッドの飛行機で北京へ。
待ち合わせは16時半に第1ターミナル。
格安チケットで北京への航空券を購入し、昨日、ウェブでチェックインしたのだが、その際に本来なら席の指定が出来そうなものなのだが、出来なかった。
格安だから出来ないのか、すでに埋まってしまったのか。
なので、一応早めに来てみたわけなのだが、、、
ユナイテッドのカウンターに行っても、やはり航空券はくれたのだが、
「席番号入りのチケットは搭乗口での発行になります」
とのこと。
北京に行けることは間違いないのだろうが、鳥頭さんと二人分のチケットのなのに、離ればなれになるのかも知れない。
………、いやそれはそれでよいか。
ビール飲んで時間つぶし、搭乗口へ。
そこでちょっと並んで、ようやくチケットをもらえた。
とりあえず並んだ席だった。
希望も聞かれずに通路側になったけど。
でも、乗ってみたら、エコノミーの割には広い席だった。
しかもビジネスクラスのすぐ後ろという前の方。
見ると、エコノミープラス、となっている。
どうやらエコノミーの方が満席となり、そこそこいい席に回された模様。
ラッキー。
んで、適当にそこそこ快適に、3時間ちょっとのフライトを終えて、北京に到着。
第3ターミナルは新しくて綺麗だった。

↑新しくて広い第3ターミナル
入国審査は厳しいと言うこともなく、特に質問もされることもなく、普通に終わる。
そして地下鉄で東直門へ。
駅から出て、タクシーを拾ってホテルへ行こうと思っていたのだが。。。
こちらの駅の出口でタクシーは待っていた。
ホテルの名前で尋ねてみると、
「OK、OK、two hundred」
とかふっかけてきた。
200元は日本円で3000円くらい。
この金額はあり得ない。
なので、
「メーター!」
と言うも、
「メーターなら250くらいだ」
などと言う。
なので、その場を去って別の場所でタクシーを拾おうとすると、
「メーターOK!」
と言ってきたタクシーがいたのでそれに乗り込む。
乗り込むなり、
「two hundred、メーター、two hundred fifty」
などと言い出した。
そこで嫌な予感がして、俺は降りようと思ったのだが、鳥頭さんが
「メーター」
と指さし、メーターで始動した。
するとメーターがみるみる上がる。
明らかに、観光ガイドの初乗り3キロ10元、以降5分か1キロごとに2元、とはほど遠い上がり方だ。
んで、その旨を鳥頭さんに、おかしいと伝え、
「STOP」
と車を止めさせ、降りた。
そこで、流しのタクシーを拾ってホテルまで行ったら24元で済んだ。
北京おっかない。
「いや、あそこは観光客がいるところだから特別ですよ。俺も初めてですもん、あんなぼったくりタクシー」
そういうもんかね。
ホテルについて、すでに現地時間で0時を回っていたけど、ご飯を食べに、外に出てみる。

↑誰もいない王府井
日本で言えば、銀座のような繁華街らしいのだが、ほぼ人がいない。
あと、寒い。
寒いから、こっちの人は夜には出歩かないのかも知れない。
でも、かろうじてレストランは何店舗かあったので、安そうなチェーン店系のレストランに入り、ラーメン一杯とビール一本ずつ頼む。
二人で合計40元。

↑あっさり味で、そこそこに美味しかった排骨麺(15元)
そのあと、コンビニでビールなどを買ったりして、ATMで下ろしたばかりのお札を崩し、部屋に帰ってくる。

↑コンビニで買い物
街並みはぱっと見、日本に似ているんだけど、車は右側通行だし、やっぱりいろいろと違うものだね。
あと、治安もそれほど悪くはなさそうだし、最初のタクシー以外、人々のモラルも高そうな気がする。
とりあえず、明日からの観光を楽しみにしておこうと思いました。
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本日は19時発のユナイテッドの飛行機で北京へ。
待ち合わせは16時半に第1ターミナル。
格安チケットで北京への航空券を購入し、昨日、ウェブでチェックインしたのだが、その際に本来なら席の指定が出来そうなものなのだが、出来なかった。
格安だから出来ないのか、すでに埋まってしまったのか。
なので、一応早めに来てみたわけなのだが、、、
ユナイテッドのカウンターに行っても、やはり航空券はくれたのだが、
「席番号入りのチケットは搭乗口での発行になります」
とのこと。
北京に行けることは間違いないのだろうが、鳥頭さんと二人分のチケットのなのに、離ればなれになるのかも知れない。
………、いやそれはそれでよいか。
ビール飲んで時間つぶし、搭乗口へ。
そこでちょっと並んで、ようやくチケットをもらえた。
とりあえず並んだ席だった。
希望も聞かれずに通路側になったけど。
でも、乗ってみたら、エコノミーの割には広い席だった。
しかもビジネスクラスのすぐ後ろという前の方。
見ると、エコノミープラス、となっている。
どうやらエコノミーの方が満席となり、そこそこいい席に回された模様。
ラッキー。
んで、適当にそこそこ快適に、3時間ちょっとのフライトを終えて、北京に到着。
第3ターミナルは新しくて綺麗だった。

↑新しくて広い第3ターミナル
入国審査は厳しいと言うこともなく、特に質問もされることもなく、普通に終わる。
そして地下鉄で東直門へ。
駅から出て、タクシーを拾ってホテルへ行こうと思っていたのだが。。。
こちらの駅の出口でタクシーは待っていた。
ホテルの名前で尋ねてみると、
「OK、OK、two hundred」
とかふっかけてきた。
200元は日本円で3000円くらい。
この金額はあり得ない。
なので、
「メーター!」
と言うも、
「メーターなら250くらいだ」
などと言う。
なので、その場を去って別の場所でタクシーを拾おうとすると、
「メーターOK!」
と言ってきたタクシーがいたのでそれに乗り込む。
乗り込むなり、
「two hundred、メーター、two hundred fifty」
などと言い出した。
そこで嫌な予感がして、俺は降りようと思ったのだが、鳥頭さんが
「メーター」
と指さし、メーターで始動した。
するとメーターがみるみる上がる。
明らかに、観光ガイドの初乗り3キロ10元、以降5分か1キロごとに2元、とはほど遠い上がり方だ。
んで、その旨を鳥頭さんに、おかしいと伝え、
「STOP」
と車を止めさせ、降りた。
そこで、流しのタクシーを拾ってホテルまで行ったら24元で済んだ。
北京おっかない。
「いや、あそこは観光客がいるところだから特別ですよ。俺も初めてですもん、あんなぼったくりタクシー」
そういうもんかね。
ホテルについて、すでに現地時間で0時を回っていたけど、ご飯を食べに、外に出てみる。

↑誰もいない王府井
日本で言えば、銀座のような繁華街らしいのだが、ほぼ人がいない。
あと、寒い。
寒いから、こっちの人は夜には出歩かないのかも知れない。
でも、かろうじてレストランは何店舗かあったので、安そうなチェーン店系のレストランに入り、ラーメン一杯とビール一本ずつ頼む。
二人で合計40元。

↑あっさり味で、そこそこに美味しかった排骨麺(15元)
そのあと、コンビニでビールなどを買ったりして、ATMで下ろしたばかりのお札を崩し、部屋に帰ってくる。

↑コンビニで買い物
街並みはぱっと見、日本に似ているんだけど、車は右側通行だし、やっぱりいろいろと違うものだね。
あと、治安もそれほど悪くはなさそうだし、最初のタクシー以外、人々のモラルも高そうな気がする。
とりあえず、明日からの観光を楽しみにしておこうと思いました。
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2009/11/13
北京へ3泊4日の予定 日記 - つれづれ
11月12日(木)
さて、今月は無職なのだが、俺様はフリーランスのシステムエンジニアなので、その間は研究活動に余念がない。
なので、今月は研究月、ということにしておく。
というわけで、今月はお金を稼ぎに行くことなく、家にいるのだけれど、意外と研究テーマを持っていると、時間が過ぎるのは早いもので、暇をもてあましたりすることは全然ない。
つか、俺が一日にいくら稼ぐかの分を、毎日垂れ流していると考えると、あまり無駄に日を過ごす気にはならなくなるわけで。
そんなこんなで、なんだか日記を全然更新できていませんでした。
でも、基本的に家にいて研究したり、さらどんを送迎したり、たまにゲームしたりビデオ見たりなので、それほどたいしたことはしていません。
しかし、明日から中国は北京に行って参ります。
鳥頭さんが、近所の中国人留学生と親しい関係でたまに北京に行っているので、今回はそれにお相伴させていただく形です。
日程は3泊4日。
でも、前後の二日は移動日だし北京が近いとは言え、格安チケットでは良い感じの時間帯の飛行機は取れないワケなので、実質二日間ですね。
とりあえず、中華料理と万里の長城が楽しみです。
北京はすでに雪が降っているとのこと。
しかしユニクロに行って、準備は万端。
ヒートテックできっと大丈夫。
今回は姉のビデオも借りていきますので、動画もyoutube使って公開してみようかな、と。
ただ、パソコンのスペックの関係でエンコードに時間がかかるので、途中で投げ出すかも知れません。
写真は今まで通り、リアルタイムでアップする予定。
というわけで、月曜日までは旅行モードになりますので、皆様ご了承くださいませ。
では、行ってきます。
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さて、今月は無職なのだが、俺様はフリーランスのシステムエンジニアなので、その間は研究活動に余念がない。
なので、今月は研究月、ということにしておく。
というわけで、今月はお金を稼ぎに行くことなく、家にいるのだけれど、意外と研究テーマを持っていると、時間が過ぎるのは早いもので、暇をもてあましたりすることは全然ない。
つか、俺が一日にいくら稼ぐかの分を、毎日垂れ流していると考えると、あまり無駄に日を過ごす気にはならなくなるわけで。
そんなこんなで、なんだか日記を全然更新できていませんでした。
でも、基本的に家にいて研究したり、さらどんを送迎したり、たまにゲームしたりビデオ見たりなので、それほどたいしたことはしていません。
しかし、明日から中国は北京に行って参ります。
鳥頭さんが、近所の中国人留学生と親しい関係でたまに北京に行っているので、今回はそれにお相伴させていただく形です。
日程は3泊4日。
でも、前後の二日は移動日だし北京が近いとは言え、格安チケットでは良い感じの時間帯の飛行機は取れないワケなので、実質二日間ですね。
とりあえず、中華料理と万里の長城が楽しみです。
北京はすでに雪が降っているとのこと。
しかしユニクロに行って、準備は万端。
ヒートテックできっと大丈夫。
今回は姉のビデオも借りていきますので、動画もyoutube使って公開してみようかな、と。
ただ、パソコンのスペックの関係でエンコードに時間がかかるので、途中で投げ出すかも知れません。
写真は今まで通り、リアルタイムでアップする予定。
というわけで、月曜日までは旅行モードになりますので、皆様ご了承くださいませ。
では、行ってきます。
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2009/11/12
田舎の宿泊施設の勧善懲悪 激藁
田舎の宿泊施設のオーナーです。
数年前、地元の田舎ヤクザが宴会でうちの広間を使うことになりました他の宿泊客の迷惑になると思い、何とか遠慮してもらおうと試みましたがダメでした。
なんとヤクザのバックに役人がいたのです。
口止めに多額の金を渡されそうになりましたが断りました。
宴会当日、予想していた通りヤクザ達は暴れまくりました。
他の女性宿泊客やうちの仲居に絡んだりやりたい放題。
そこへ騒ぎのクレームをつけにきた宿泊客のお爺さんと2人の男性。
これでは騒ぎがさらに大きくなると思い困惑していると男性2人がヤクザをフルボッコ。
ヤクザの1人がお爺さんに殴りかかりましたがお爺さんもなかなかの達人のようでヤクザフルボッコ。
役人はビビって隅で小さくなってました。
そして頃合いをみて男性の1人が懐からピルケースを取り出してヤクザと役人に見えるように突き出したのです。
ヤクザと役人はプギャーと驚いて跪きました。
私も驚きました。
宿帳では越後のちりめん問屋の一行ということになっていたはずなのにまさかあのお方が来られようとは。
これで一件落着となりました。
あのときは本当にスーッとしました。
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数年前、地元の田舎ヤクザが宴会でうちの広間を使うことになりました他の宿泊客の迷惑になると思い、何とか遠慮してもらおうと試みましたがダメでした。
なんとヤクザのバックに役人がいたのです。
口止めに多額の金を渡されそうになりましたが断りました。
宴会当日、予想していた通りヤクザ達は暴れまくりました。
他の女性宿泊客やうちの仲居に絡んだりやりたい放題。
そこへ騒ぎのクレームをつけにきた宿泊客のお爺さんと2人の男性。
これでは騒ぎがさらに大きくなると思い困惑していると男性2人がヤクザをフルボッコ。
ヤクザの1人がお爺さんに殴りかかりましたがお爺さんもなかなかの達人のようでヤクザフルボッコ。
役人はビビって隅で小さくなってました。
そして頃合いをみて男性の1人が懐からピルケースを取り出してヤクザと役人に見えるように突き出したのです。
ヤクザと役人はプギャーと驚いて跪きました。
私も驚きました。
宿帳では越後のちりめん問屋の一行ということになっていたはずなのにまさかあのお方が来られようとは。
これで一件落着となりました。
あのときは本当にスーッとしました。
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