「アイルランド─エクザイルの精神」
スピリチュアリティ
90年代にヨーロッパ最大のブックフェアーで、おそらく近年では初めて「アイルランド」がテーマに選ばれたとき、初のアイルランド女性大統領はそのフェアーに寄せた公式のメッセージで、「エクザイル」というキーワードを強調した。その用語はたんなる「流浪」とか「放浪」という意味ではなく、アイルランド人の歴史が証明する「積極的自己追放」という訳語が当てられるものである。アイルランド人は中世の伝道者コルンバーヌスも、20世紀の文学者ジョイスも、そしてJ.F.ケネディやジョン・フォード監督に代表される多くのアメリカ移民たちも、「祖国」から離れる運命を引き受けつつ、世界の人々に思いがけない「力」を与えてきたと大統領は述べた。そして「漂う無数の群れ」のエクザイル精神は、彼女のなかでユダヤの人々の「ディアスポラ」に重ね合わされている。アイルランドにとっての「紅海」は「大西洋」であり、約束の地「カナン」は「アメリカ」だったという史実を含意している。君臨する強大な中心の圧力から逃れて結束する群れの物語は、つねに神秘的に「精神」を創造することで乗りこえられていくものだが、「エクザイル」というアイルランド的表象は、あの旧約聖書の物語のうえに書き加えられる物語でもあるということを示すメッセージだった。してみればアイルランドの「伝統音楽」は純粋にアイルランドの同一性を表現するかに見えて、そこには西洋文化の普遍的な「聖なる書物」に裏打ちされたヴィジョンにむしろ支えられつつ奏でられているといえるだろう。「表象」はつねに漂う。
鶴岡真弓「溺死者とエクザイル─アイルランドという表象の在処」『ユリイカ 詩と批評』2000年2月号、青土社、pp.80-81.
投稿者: makotoyamaya
トラックバック(0)